――LOG/PROJ-2025-NM-28
――件名:花火/神社前広場~河川敷/逆回転挿入・群衆欠落
――撮影:C1=直哉(iPhone/縦・配信継続)、C2=茜(ミラーレス/横・望遠寄り)、C3=良太(アクションカム/胸元・EIS ON)、C4=防犯カメラ(広角俯瞰・連番)
――音声:各端末内蔵+ICレコーダー×1(机上から胸ポケットに移設)
――編集メモ:ラフv1.4/逆回転セグメントの周期=約180±12秒/空席塊の軌跡トラッキング導入
20:15:02 OPEN—打ち上がり一発目
夜空に白菊が咲く。風は弱く、煙は上へ逃げる。
C2はISOを落としてシャッターを稼ぐ。火の尾が綺麗に残る。
C1の配信視聴者数「681」。コメントが滝のように流れ、ハートが花弁の代わりに画面を埋める。
C3は胸元で歓声の圧を拾い、ICレコーダーは低域に潰されて一瞬だけ無音の帯を作る。
直哉「来た来た来た!」
海斗「最高!」
茜「露出、足りない……一段上げる」
結衣「空、綺麗」
真帆「音、胸に入る」
編集テロップ(白小):〈逆回転セグメント#0:未検出〉
20:16:28 REVERSE#1—逆回転の最初の綻び
C1の配信が一瞬波打つ。
次の1.7秒、花火が空に吸い込まれるように戻る。
人々の笑顔は口角から頬へ収束し、拍手が開く前の形へ巻き戻る。
C2の記録にはその逆回転は存在しない。
C3は胸元で薄い眩暈を拾う(映像由来・生体反応?)。
C4は正常。
編集テロップ(赤):〈逆回転#1:C1のみ/1.7s〉
〈@匿名:いま戻った〉
〈@匿名:編集?〉
〈@mizu_37:どこの花火?〉
〈@匿名:呼ぶな〉
20:17:03 “最高!”の裏側
C1が自撮りから背面へ切り替える。
海斗がカメラに向かって全力で叫ぶ。
海斗「最高!」
C2も望遠で同じ場面を押さえる。
C2画面の背後、人の肩越しに知らない顔が何度も映り込む。
シャッター角の違いで口の動きが声に追いつかない。声が先に来る。
C1では別の知らない顔が同じ位置に現れては消える。
C3の胸元、海斗の背に誰かの指が軽く置かれる。灰褐色。爪が浅い。
ICレコーダーが拾う囁き。
声(重ね)「……帰れ……渡すな……」
編集テロップ:〈この声は現場マイク非収録。ファイル内部にのみ存在〉
20:17:59 WALKING VOID—歩く空席
広場の中央、人影がまとめて薄くなる。
C2のパンが止まり、フォーカスが迷う。
空席のような濃い影が固まりで生じ、四角いテーブルほどの大きさで歩く。
C1には映らない。
C3には袖が触れる。袖の先に誰もいない。
C4は俯瞰で、その空席塊が時計回りに遷移するのを追う。
編集テロップ(白小):〈空席塊:速度 0.8m/s/人流と逆〉
茜「いま、抜けた?」
真帆「隙間が歩くの、見えた」
結衣「撮れてる?」
直哉「見えないけど、あるってことだね」
海斗「あるものは、映るだろ」
ICレコーダーに遅れた拍手。半拍遅れて同じ波形が重なる。
20:18:40 REVERSE#2—尾が先に
スターマイン。尾が長く、光の筋が重なる。
C1の1.3秒が逆回転し、尾が先に走る。
C2は正常。
C3は胸の鼓動が一拍逆相で打つ。
C4は風に乗った煙だけが逆へ戻る。
編集テロップ(赤):〈逆回転#2:C1+C4に局所的混入〉
〈@匿名:戻すな〉
〈@匿名:帰れ〉
〈@匿名:渡すな〉
20:19:12 橋へ移動/視線の分割
河川敷に近い橋の上を目指し、人波が押す。
C2は手ブレ補正ONでロールを抑え、C3は胸元の揺れで石段を記憶する。
C4俯瞰で、背中が列の最後に付き、拍を持たず付かず離れず。
C1の配信、コメント欄に古い書式の時刻が流れる。
〈@匿名:20:19(昭和四十九年 表記)〉
編集メモ:コメントログには存在せず/画面録画にのみ痕跡。
結衣「橋、混んでる」
茜「ここで止めよう」
海斗「上で撮りたい」
真帆「下からでも咲く」
直哉「どこからでも、映る」
20:19:58 “最高!”の二重影
人波がほどけ、海斗がもう一度C1へ向かって叫ぶ。
海斗「最高!(二回目)」
C2の背後に、先ほどと同じ位置に同じ顔。
しかし口のかたちは違う。
声は同じ。
C3の胸元、同じ手が同じ場所に触れる。
ICレコーダーは最初の「最高!」の残響を二度目に重ねる。
編集テロップ:〈反復と重複:自動的コピーではない/微差の積層〉
20:20:22 MASK-TRAIL—お面の行列
河川敷方向の人流に逆らって、白無地のお面だけがこちらへ歩いてくる。
C2が望遠で追うと、それは人の顔に貼り付いているのではなく、顔の前を一定距離で先導している。
額の縁に黒い粉。
C1には映らない。
C4には人だけ。
C3は胸元で粉を吸い込み、匂いがないことだけを記録する。
茜「被ってないのに、被られてる」
真帆「顔が追いかけられてる」
結衣「私も似合うかな」
直哉「似合うと残るよ」
海斗「残れば勝ち」
〈@匿名:渡すな〉
〈@匿名:名を書くな〉
20:21:11 VOID-STEP—空白の一歩
C2のフレーム中央、空白が段差を踏む。
何もない空間が一段だけ低いところを上がる。
踏む音は遅れて来る。石段の乾いた音。
C3は胸元で肩が引かれる感覚を記録(ビデオ内加速度から推定)。
C4は俯瞰で、空白の輪郭が紙灯籠の列を避けるのを捉える。
編集テロップ:〈空白=在る/接地〉
20:21:40 REVERSE#3—笑顔が畳まれる
大玉。牡丹。
C1が2.2秒逆回転。
笑顔が口角から畳まれるみたいに閉じ、顎が上がり、目が半開きに揃う。
C2は正常のまま連写を差し込む。静止画には六つ目の影。
C3の胸元は一拍休符。
C4は煙の流路だけが逆。
編集テロップ(赤):〈逆回転#3:C1のみ/2.2s〉
〈@匿名:戻るな〉
〈@匿名:帰れ〉
〈@匿名:呼ぶな〉
20:22:15 橋の下の声
橋の下から低い合唱のような声。
ICレコーダーにのみ入る。
声たち「……帰れ……渡すな……」
C1のマイクには花火しかない。
C2は風だけ。
C3は胸腔に共鳴。
C4の俯瞰、橋の下は暗い。
編集テロップ:〈録音の選択性:現場不一致〉
結衣「帰るって、どこに」
茜「来たところ」
海斗「未来から?」
真帆「去年から」
直哉「映像から」
20:22:53 MOUTH—声と口の分離
C2が観衆の顔を複数枚重ねる。
声の起点となる口が見つからない。
誰かが「すごい」と言うのに、全員の口が閉じているフレームが存在する。
C1はコメントで拍手の絵文字が溢れる。
〈@匿名:名を書いた?〉
〈@匿名:白紙?〉
C3は胸元で汗を上げる。冷たい汗。
C4は石碑の刻字「鎮魂」の縁に黒い粉を映す(後処理で確認)。
20:23:30 FOCUS—背中はピント外へ
C2が背中にピントを置こうと試みる。
距離が伸びる。
被写界深度を絞っても、背中は常に外側。
C1は肩のみ。
C3は布のみ。
C4は影のみ。
編集テロップ:〈背中:不可視焦点〉
茜「向かないね」
結衣「向かせちゃいけない」
海斗「向いてほしい」
真帆「向いたら終わる」
直哉「終わりは映る」
20:24:05 REVERSE#4—火の花の根
C1で3秒弱の逆回転。
打ち上がる前の黒い種が空に吸い込まれ、光が根に戻っていく。
歓声が吸われ、吸われた歓声が遅れて返る。
C2は正常。
C3は心拍が反転。
C4は風だけ。
編集テロップ(赤):〈逆回転#4:周期性あり〉
20:24:40 NAME—白紙の増殖(橋の欄干)
橋の欄干に貼られた協賛者名の紙。
C2のパンで白紙が増える。
C1では全部に名。
C4は半分だけ白。
C3は胸元で指を折って数える。合わない。
ICレコーダーに裏から書く音。
声「……書くな……渡すな……」
20:25:18 DISAPPEAR—群衆の欠落
河川敷の一角、十数人が同時に薄くなって消失。
C2が引く。空席塊が二つに増え、川沿いを歩く。
C1には映らない。
C3は袖の触感だけを記録。
C4は俯瞰で、空席塊の間に背中が立つのを捉える。
編集テロップ(白小):〈欠落:現場証言なし/映像のみ〉
真帆「連れていかれた?」
茜「戻ってくる?」
海斗「どこへ?」
結衣「来年」
直哉「1974」
石碑の刻字が濃くなる(C4)。
20:25:59 REVERSE#5—歓声の逆流
C1の1.5秒。
歓声が先に起こり、花火が後から上がる。
C2は正常。
C3は胸の内側で歓声が起こる。
C4は一定。
編集テロップ(赤):〈逆回転#5:音の指向性逆転〉
〈@匿名:先に拍手〉
〈@匿名:同時に二度〉
20:26:22 FACE-ROW—顔の列
河原の斜面に座る人波の段。
C2が横移動で顔を連ねて撮る。
三人おきに知らない顔が混じる。肌理が粗い。紙に近い。
口は大きいが、音がない。
C1のコメント欄に顔の絵文字が一列並ぶ。
C3は胸元で吸い込む音を記録。匂いがない吸い込み。
C4は顔を識別できない解像度だが、肩の上下が拍に合っていないのが見える。
20:26:59 BRIDGE-SPAN—橋のスパンに宿る拍
橋の鉄骨。スパンごとに拍が違う。
C2が三脚なしで押さえる。一スパンは先行拍、次は遅延拍。
C1は同時拍。
C3は無拍。
C4は平均化。
編集テロップ:〈拍の地形=構造物依存〉
茜「場所が拍を決める」
結衣「人が場所になる」
海斗「俺は拍だ」
真帆「拍は記録だ」
直哉「記録は拍手だ」
拍手が二度、同時に起きる。
20:27:30 REVERSE#6—煙の川
C1の2秒。
川面の煙が上流へ遡る。
C2は水面に花が落ちるのを撮る。
落ちる音は後から来る。
C3は胸元で寒気。
C4は風。
編集テロップ(赤):〈逆回転#6:水平方向〉
20:27:58 SHOULDER—肩の手(再)
C2が五人の肩を順に撮る。
直哉の肩に見知らぬ手。静止画にも動画にも残る。
C1は肩を避けるように構図がずれる。
C3は触圧を記録。
C4は影の指が一本足りないのを映す。
編集テロップ:〈肩の手=媒体横断〉
直哉「置かれてる」
茜「置いてる」
海斗「置かせてる」
真帆「置かれるための肩」
結衣「渡すな」
ICレコーダーに細い拍。
20:28:30 MASK-COUNTER—売買の瞬間(未成立)
C2が橋上にも現れた白無地の仮面を捉える。
老人の声だけが届く。姿はない。
声「——今年は、まだ」
C1は無反応。
C3は胸元で小銭の触れ合う音。誰も出していないはずの音。
編集テロップ:〈取引は成立しなかったが、音は残る〉
20:29:02 REVERSE#7—人の流れ
C1の1.9秒。
人流が川を遡るように逆行し、笑いが喉に戻る。
C2は正常。
C3は胸で呼気が吸気になる。
C4は俯瞰で空席塊が橋を渡るのを捉える。
編集テロップ(赤):〈逆回転#7:人流〉
20:29:30 FACES-IN-SMOKE—煙の中の顔たち
大玉連打で煙が厚くなる。
C2が長秒気味に流す。
煙の濃いところに顔が列を成す。
目は穴、口は笑い。
穴縁に黒い粉。
C1は圧縮で潰れて分からない。
C3は胸元で匂いなし。
C4は濃度だけ。
編集テロップ:〈煙の顔:後編集で確認〉
結衣「見られてる」
茜「見てくる」
海斗「見に来たのは俺たちなのに」
真帆「見られるために来たのかも」
直哉「見られる記録」
20:30:05 COMMENT-FREEZE—祈りの停止
C1のコメント欄が突然停止。
文字が出ない。
視聴者数は増える(「812」)。
ICレコーダーに祈りの韻律。
声たち「……帰れ……渡すな……呼ぶな……踏むな……」
C2は風が止むのを撮る。
C3は胸元で無拍。
C4は橋の影を濃くする。
編集メモ:表示が止まる=言葉の外で継続。
20:30:44 REVERSE#8—声が先に
C1の1.4秒。
「すごい」が先に来る。
C2の口元は閉。
C3は胸で笑いが先に起きる。
C4は風。
編集テロップ(赤):〈逆回転#8:音声先行〉
20:31:10 BLACK-POWDER—粉の雨
黒い粉が空から降る。
C2のレンズに付着。匂いなし。
C1には圧縮ノイズとして現れる。
C3は胸元でざらり。
C4は写らない。
編集テロップ:〈花弁の粉:匂いなし/接触で残留〉
茜「灰みたい」
真帆「香みたい」
海斗「星の粉」
結衣「名の灰」
直哉「鍵盤の隙間に残るやつだ」
20:31:44 REVERSE#9—光の収束
連発。
C1が2秒逆回転。
光が点へ収束し、点が消える方向に打ち上がる。
C2は正常。
C3は吐息が吸気へ巻き戻る。
C4は一定。
編集テロップ(赤):〈逆回転#9:最長クラス〉
20:32:05 EMPTY-ROW—座席一列の欠落
河川敷のレジャーシートの列。
C2が水平に振る。
一列まるごといない。
皿、ペットボトル、扇子は残る。
人だけがいない。
C1には映る。
C3は胸元で誰かが座り直す重みを記録。
C4は俯瞰で空席列が川の方へ滑る。
編集テロップ:〈在/不在の分岐〉
20:32:44 CALLBACK—「最高!」の返礼
C1に遅れて「最高!」が返る。
海斗は叫んでいないタイミング。
声紋は海斗と一致。
C2の背後に海斗の顔が二つ。一方は口を開け、もう一方は閉。
C3は胸元で笑いが二度。
編集テロップ:〈残響の成り代わり〉
海斗「言ってないぞ」
茜「言ったことになる」
真帆「言われたことにも」
結衣「名が増える」
直哉「名は白紙に書かれる」
20:33:20 REVERSE#10—最高潮の綻び
大玉の連打、千輪。
C1が3.1秒逆回転。
千の小花が一斉に萎み、空に吸われる。
歓声は先、拍手は後。
C2は一枚だけ静止が混ざる(全員半開き)。
C3は胸元で心拍が止まり—すぐ戻る。
C4は風。
編集テロップ(赤):〈逆回転#10:最高潮に重なる〉
20:33:55 SHOULDER-LEND—肩を貸す背中
人波が揺れ、直哉が軽くバランスを崩す。
C2に背中が寄りかかる。
重みはある。
顔はない。
C1は構図が補正されるかのように安定。
C3は胸元で外力のベクトルを記録。
C4は俯瞰で影が六つに増える。
編集テロップ:〈背中の接触:温度なし/重みのみ〉
20:34:20 SILENT-BOOM—音の抜け
一発、光だけが咲き、音が来ない。
C1はコメント欄がざわつく。
〈@匿名:音がない〉
ICレコーダーに音が来るのは0.9秒後。
C2は画に僅かな歪み。
C3は胸元で骨の鳴り。
C4は無表情。
編集テロップ:〈無音の爆ぜ→遅延到達〉
20:34:55 REVERSE#11—光の糸
C1で1.6秒。
光の糸が人の目へ戻る。
瞳孔が一瞬だけ開く(C2の拡大で確認)。
C3は胸元で吸気の錯覚。
C4は一定。
編集テロップ(赤):〈逆回転#11:目への回帰〉
20:35:23 VOID-MARCH—空席塊、川へ
空席塊が二つ、川へ向かう。
C2がパン。
人はよけない。
空席だけが人をよける。
C1には見えない。
C3は胸元で風の向きが変わるのを記録。
C4は俯瞰で空席塊が水面に擦れて消える。
音は後から来ない。
編集テロップ:〈消滅/痕跡なし〉
真帆「渡った?」
茜「渡された?」
海斗「何が」
結衣「名が」
直哉「名札は白紙」
20:35:59 REVERSE#12—最終の返し
C1最後の逆回転が長く来る。4.0秒。
光は根に戻り、歓声は喉に戻り、拍手は掌に戻る。
C2は正常だが、画の端に背中が二体重なる。
C3は胸元で拍が無になる。
C4は風。
編集テロップ(赤):〈逆回転#12:今夜の最長〉
20:36:20 QUIET—間
一拍の静寂。
遠くで蛙。
C1のコメントが戻る。
〈@匿名:終わった?〉
〈@匿名:まだ〉
〈@匿名:帰れ〉
ICレコーダーに薄い合唱。
声たち「……帰す……」
C2は橋の鉄骨を撮る。
C3は指を折り、数え損なう。
C4は影を均す。
20:36:48 POST—解析注記
解析ログ(編集室・自動生成)
逆回転セグメント:12箇所/平均長2.23s/周期180±12s
媒体分布:C1=12、C2=0、C3=0、C4=3(煙・水平方向)
空席塊:出現4回/移動速度0.8–1.1m/s/消滅2回(川面)
声(帰れ/渡すな):ICレコーダー専属3回/ファイル内生成2回(C1)
背中:向かず・打たず・名なし(接触あり)
白無地の仮面:C2のみ複数回/取引未成立/粉付着
名札白紙:橋欄干・紙灯籠に増殖/媒体間不一致
“最高!”反復:声紋一致だが発話不一致
編集者メモ(山名)
・幸福の頂点で起きる逆回転は「返礼」に似ている。
・見に来た者が、見られる側に巻き戻される。
・空白は渡りの形。座席は舟。
・名の白紙は切符か免罪か。
・背中は向かない。向くのは、たぶん最後。
20:37:12 INTERCUT—証言の芽
――後日インタビュー素材予告挿入(第三章末ダイジェスト)
観客D(音声のみ)
「花火の音が先に来て、光があとでした。拍手は二度、同時に」
屋台組合E
「面の小野商店? うちはもう出してないですよ。昭和四十九年の頃にやめたって聞いてます」
学生F(結衣の知人)
「配信のアーカイブ、保存したけど逆回転はなかった。でもキャプチャには写ってる」
編集テロップ(白小):〈証言はずれ、記録は揃う〉
20:38:00 CLOSER—視線の落ちる場所
C2が結衣を撮る。視線は空にあるのに、画面の底に落ちる。
C1は背中の肩を端に拾う。
C3は胸元で薄い震え。
C4は鳥居に影を残す。
黒い粉が欄干から滑り落ち、音はない。
どこに帰すか、誰を渡すか、何を呼ぶか。
囃子の残響は、もう祝祭ではなく、記録の地鳴りだ。
第三章・了(つづく)
――件名:花火/神社前広場~河川敷/逆回転挿入・群衆欠落
――撮影:C1=直哉(iPhone/縦・配信継続)、C2=茜(ミラーレス/横・望遠寄り)、C3=良太(アクションカム/胸元・EIS ON)、C4=防犯カメラ(広角俯瞰・連番)
――音声:各端末内蔵+ICレコーダー×1(机上から胸ポケットに移設)
――編集メモ:ラフv1.4/逆回転セグメントの周期=約180±12秒/空席塊の軌跡トラッキング導入
20:15:02 OPEN—打ち上がり一発目
夜空に白菊が咲く。風は弱く、煙は上へ逃げる。
C2はISOを落としてシャッターを稼ぐ。火の尾が綺麗に残る。
C1の配信視聴者数「681」。コメントが滝のように流れ、ハートが花弁の代わりに画面を埋める。
C3は胸元で歓声の圧を拾い、ICレコーダーは低域に潰されて一瞬だけ無音の帯を作る。
直哉「来た来た来た!」
海斗「最高!」
茜「露出、足りない……一段上げる」
結衣「空、綺麗」
真帆「音、胸に入る」
編集テロップ(白小):〈逆回転セグメント#0:未検出〉
20:16:28 REVERSE#1—逆回転の最初の綻び
C1の配信が一瞬波打つ。
次の1.7秒、花火が空に吸い込まれるように戻る。
人々の笑顔は口角から頬へ収束し、拍手が開く前の形へ巻き戻る。
C2の記録にはその逆回転は存在しない。
C3は胸元で薄い眩暈を拾う(映像由来・生体反応?)。
C4は正常。
編集テロップ(赤):〈逆回転#1:C1のみ/1.7s〉
〈@匿名:いま戻った〉
〈@匿名:編集?〉
〈@mizu_37:どこの花火?〉
〈@匿名:呼ぶな〉
20:17:03 “最高!”の裏側
C1が自撮りから背面へ切り替える。
海斗がカメラに向かって全力で叫ぶ。
海斗「最高!」
C2も望遠で同じ場面を押さえる。
C2画面の背後、人の肩越しに知らない顔が何度も映り込む。
シャッター角の違いで口の動きが声に追いつかない。声が先に来る。
C1では別の知らない顔が同じ位置に現れては消える。
C3の胸元、海斗の背に誰かの指が軽く置かれる。灰褐色。爪が浅い。
ICレコーダーが拾う囁き。
声(重ね)「……帰れ……渡すな……」
編集テロップ:〈この声は現場マイク非収録。ファイル内部にのみ存在〉
20:17:59 WALKING VOID—歩く空席
広場の中央、人影がまとめて薄くなる。
C2のパンが止まり、フォーカスが迷う。
空席のような濃い影が固まりで生じ、四角いテーブルほどの大きさで歩く。
C1には映らない。
C3には袖が触れる。袖の先に誰もいない。
C4は俯瞰で、その空席塊が時計回りに遷移するのを追う。
編集テロップ(白小):〈空席塊:速度 0.8m/s/人流と逆〉
茜「いま、抜けた?」
真帆「隙間が歩くの、見えた」
結衣「撮れてる?」
直哉「見えないけど、あるってことだね」
海斗「あるものは、映るだろ」
ICレコーダーに遅れた拍手。半拍遅れて同じ波形が重なる。
20:18:40 REVERSE#2—尾が先に
スターマイン。尾が長く、光の筋が重なる。
C1の1.3秒が逆回転し、尾が先に走る。
C2は正常。
C3は胸の鼓動が一拍逆相で打つ。
C4は風に乗った煙だけが逆へ戻る。
編集テロップ(赤):〈逆回転#2:C1+C4に局所的混入〉
〈@匿名:戻すな〉
〈@匿名:帰れ〉
〈@匿名:渡すな〉
20:19:12 橋へ移動/視線の分割
河川敷に近い橋の上を目指し、人波が押す。
C2は手ブレ補正ONでロールを抑え、C3は胸元の揺れで石段を記憶する。
C4俯瞰で、背中が列の最後に付き、拍を持たず付かず離れず。
C1の配信、コメント欄に古い書式の時刻が流れる。
〈@匿名:20:19(昭和四十九年 表記)〉
編集メモ:コメントログには存在せず/画面録画にのみ痕跡。
結衣「橋、混んでる」
茜「ここで止めよう」
海斗「上で撮りたい」
真帆「下からでも咲く」
直哉「どこからでも、映る」
20:19:58 “最高!”の二重影
人波がほどけ、海斗がもう一度C1へ向かって叫ぶ。
海斗「最高!(二回目)」
C2の背後に、先ほどと同じ位置に同じ顔。
しかし口のかたちは違う。
声は同じ。
C3の胸元、同じ手が同じ場所に触れる。
ICレコーダーは最初の「最高!」の残響を二度目に重ねる。
編集テロップ:〈反復と重複:自動的コピーではない/微差の積層〉
20:20:22 MASK-TRAIL—お面の行列
河川敷方向の人流に逆らって、白無地のお面だけがこちらへ歩いてくる。
C2が望遠で追うと、それは人の顔に貼り付いているのではなく、顔の前を一定距離で先導している。
額の縁に黒い粉。
C1には映らない。
C4には人だけ。
C3は胸元で粉を吸い込み、匂いがないことだけを記録する。
茜「被ってないのに、被られてる」
真帆「顔が追いかけられてる」
結衣「私も似合うかな」
直哉「似合うと残るよ」
海斗「残れば勝ち」
〈@匿名:渡すな〉
〈@匿名:名を書くな〉
20:21:11 VOID-STEP—空白の一歩
C2のフレーム中央、空白が段差を踏む。
何もない空間が一段だけ低いところを上がる。
踏む音は遅れて来る。石段の乾いた音。
C3は胸元で肩が引かれる感覚を記録(ビデオ内加速度から推定)。
C4は俯瞰で、空白の輪郭が紙灯籠の列を避けるのを捉える。
編集テロップ:〈空白=在る/接地〉
20:21:40 REVERSE#3—笑顔が畳まれる
大玉。牡丹。
C1が2.2秒逆回転。
笑顔が口角から畳まれるみたいに閉じ、顎が上がり、目が半開きに揃う。
C2は正常のまま連写を差し込む。静止画には六つ目の影。
C3の胸元は一拍休符。
C4は煙の流路だけが逆。
編集テロップ(赤):〈逆回転#3:C1のみ/2.2s〉
〈@匿名:戻るな〉
〈@匿名:帰れ〉
〈@匿名:呼ぶな〉
20:22:15 橋の下の声
橋の下から低い合唱のような声。
ICレコーダーにのみ入る。
声たち「……帰れ……渡すな……」
C1のマイクには花火しかない。
C2は風だけ。
C3は胸腔に共鳴。
C4の俯瞰、橋の下は暗い。
編集テロップ:〈録音の選択性:現場不一致〉
結衣「帰るって、どこに」
茜「来たところ」
海斗「未来から?」
真帆「去年から」
直哉「映像から」
20:22:53 MOUTH—声と口の分離
C2が観衆の顔を複数枚重ねる。
声の起点となる口が見つからない。
誰かが「すごい」と言うのに、全員の口が閉じているフレームが存在する。
C1はコメントで拍手の絵文字が溢れる。
〈@匿名:名を書いた?〉
〈@匿名:白紙?〉
C3は胸元で汗を上げる。冷たい汗。
C4は石碑の刻字「鎮魂」の縁に黒い粉を映す(後処理で確認)。
20:23:30 FOCUS—背中はピント外へ
C2が背中にピントを置こうと試みる。
距離が伸びる。
被写界深度を絞っても、背中は常に外側。
C1は肩のみ。
C3は布のみ。
C4は影のみ。
編集テロップ:〈背中:不可視焦点〉
茜「向かないね」
結衣「向かせちゃいけない」
海斗「向いてほしい」
真帆「向いたら終わる」
直哉「終わりは映る」
20:24:05 REVERSE#4—火の花の根
C1で3秒弱の逆回転。
打ち上がる前の黒い種が空に吸い込まれ、光が根に戻っていく。
歓声が吸われ、吸われた歓声が遅れて返る。
C2は正常。
C3は心拍が反転。
C4は風だけ。
編集テロップ(赤):〈逆回転#4:周期性あり〉
20:24:40 NAME—白紙の増殖(橋の欄干)
橋の欄干に貼られた協賛者名の紙。
C2のパンで白紙が増える。
C1では全部に名。
C4は半分だけ白。
C3は胸元で指を折って数える。合わない。
ICレコーダーに裏から書く音。
声「……書くな……渡すな……」
20:25:18 DISAPPEAR—群衆の欠落
河川敷の一角、十数人が同時に薄くなって消失。
C2が引く。空席塊が二つに増え、川沿いを歩く。
C1には映らない。
C3は袖の触感だけを記録。
C4は俯瞰で、空席塊の間に背中が立つのを捉える。
編集テロップ(白小):〈欠落:現場証言なし/映像のみ〉
真帆「連れていかれた?」
茜「戻ってくる?」
海斗「どこへ?」
結衣「来年」
直哉「1974」
石碑の刻字が濃くなる(C4)。
20:25:59 REVERSE#5—歓声の逆流
C1の1.5秒。
歓声が先に起こり、花火が後から上がる。
C2は正常。
C3は胸の内側で歓声が起こる。
C4は一定。
編集テロップ(赤):〈逆回転#5:音の指向性逆転〉
〈@匿名:先に拍手〉
〈@匿名:同時に二度〉
20:26:22 FACE-ROW—顔の列
河原の斜面に座る人波の段。
C2が横移動で顔を連ねて撮る。
三人おきに知らない顔が混じる。肌理が粗い。紙に近い。
口は大きいが、音がない。
C1のコメント欄に顔の絵文字が一列並ぶ。
C3は胸元で吸い込む音を記録。匂いがない吸い込み。
C4は顔を識別できない解像度だが、肩の上下が拍に合っていないのが見える。
20:26:59 BRIDGE-SPAN—橋のスパンに宿る拍
橋の鉄骨。スパンごとに拍が違う。
C2が三脚なしで押さえる。一スパンは先行拍、次は遅延拍。
C1は同時拍。
C3は無拍。
C4は平均化。
編集テロップ:〈拍の地形=構造物依存〉
茜「場所が拍を決める」
結衣「人が場所になる」
海斗「俺は拍だ」
真帆「拍は記録だ」
直哉「記録は拍手だ」
拍手が二度、同時に起きる。
20:27:30 REVERSE#6—煙の川
C1の2秒。
川面の煙が上流へ遡る。
C2は水面に花が落ちるのを撮る。
落ちる音は後から来る。
C3は胸元で寒気。
C4は風。
編集テロップ(赤):〈逆回転#6:水平方向〉
20:27:58 SHOULDER—肩の手(再)
C2が五人の肩を順に撮る。
直哉の肩に見知らぬ手。静止画にも動画にも残る。
C1は肩を避けるように構図がずれる。
C3は触圧を記録。
C4は影の指が一本足りないのを映す。
編集テロップ:〈肩の手=媒体横断〉
直哉「置かれてる」
茜「置いてる」
海斗「置かせてる」
真帆「置かれるための肩」
結衣「渡すな」
ICレコーダーに細い拍。
20:28:30 MASK-COUNTER—売買の瞬間(未成立)
C2が橋上にも現れた白無地の仮面を捉える。
老人の声だけが届く。姿はない。
声「——今年は、まだ」
C1は無反応。
C3は胸元で小銭の触れ合う音。誰も出していないはずの音。
編集テロップ:〈取引は成立しなかったが、音は残る〉
20:29:02 REVERSE#7—人の流れ
C1の1.9秒。
人流が川を遡るように逆行し、笑いが喉に戻る。
C2は正常。
C3は胸で呼気が吸気になる。
C4は俯瞰で空席塊が橋を渡るのを捉える。
編集テロップ(赤):〈逆回転#7:人流〉
20:29:30 FACES-IN-SMOKE—煙の中の顔たち
大玉連打で煙が厚くなる。
C2が長秒気味に流す。
煙の濃いところに顔が列を成す。
目は穴、口は笑い。
穴縁に黒い粉。
C1は圧縮で潰れて分からない。
C3は胸元で匂いなし。
C4は濃度だけ。
編集テロップ:〈煙の顔:後編集で確認〉
結衣「見られてる」
茜「見てくる」
海斗「見に来たのは俺たちなのに」
真帆「見られるために来たのかも」
直哉「見られる記録」
20:30:05 COMMENT-FREEZE—祈りの停止
C1のコメント欄が突然停止。
文字が出ない。
視聴者数は増える(「812」)。
ICレコーダーに祈りの韻律。
声たち「……帰れ……渡すな……呼ぶな……踏むな……」
C2は風が止むのを撮る。
C3は胸元で無拍。
C4は橋の影を濃くする。
編集メモ:表示が止まる=言葉の外で継続。
20:30:44 REVERSE#8—声が先に
C1の1.4秒。
「すごい」が先に来る。
C2の口元は閉。
C3は胸で笑いが先に起きる。
C4は風。
編集テロップ(赤):〈逆回転#8:音声先行〉
20:31:10 BLACK-POWDER—粉の雨
黒い粉が空から降る。
C2のレンズに付着。匂いなし。
C1には圧縮ノイズとして現れる。
C3は胸元でざらり。
C4は写らない。
編集テロップ:〈花弁の粉:匂いなし/接触で残留〉
茜「灰みたい」
真帆「香みたい」
海斗「星の粉」
結衣「名の灰」
直哉「鍵盤の隙間に残るやつだ」
20:31:44 REVERSE#9—光の収束
連発。
C1が2秒逆回転。
光が点へ収束し、点が消える方向に打ち上がる。
C2は正常。
C3は吐息が吸気へ巻き戻る。
C4は一定。
編集テロップ(赤):〈逆回転#9:最長クラス〉
20:32:05 EMPTY-ROW—座席一列の欠落
河川敷のレジャーシートの列。
C2が水平に振る。
一列まるごといない。
皿、ペットボトル、扇子は残る。
人だけがいない。
C1には映る。
C3は胸元で誰かが座り直す重みを記録。
C4は俯瞰で空席列が川の方へ滑る。
編集テロップ:〈在/不在の分岐〉
20:32:44 CALLBACK—「最高!」の返礼
C1に遅れて「最高!」が返る。
海斗は叫んでいないタイミング。
声紋は海斗と一致。
C2の背後に海斗の顔が二つ。一方は口を開け、もう一方は閉。
C3は胸元で笑いが二度。
編集テロップ:〈残響の成り代わり〉
海斗「言ってないぞ」
茜「言ったことになる」
真帆「言われたことにも」
結衣「名が増える」
直哉「名は白紙に書かれる」
20:33:20 REVERSE#10—最高潮の綻び
大玉の連打、千輪。
C1が3.1秒逆回転。
千の小花が一斉に萎み、空に吸われる。
歓声は先、拍手は後。
C2は一枚だけ静止が混ざる(全員半開き)。
C3は胸元で心拍が止まり—すぐ戻る。
C4は風。
編集テロップ(赤):〈逆回転#10:最高潮に重なる〉
20:33:55 SHOULDER-LEND—肩を貸す背中
人波が揺れ、直哉が軽くバランスを崩す。
C2に背中が寄りかかる。
重みはある。
顔はない。
C1は構図が補正されるかのように安定。
C3は胸元で外力のベクトルを記録。
C4は俯瞰で影が六つに増える。
編集テロップ:〈背中の接触:温度なし/重みのみ〉
20:34:20 SILENT-BOOM—音の抜け
一発、光だけが咲き、音が来ない。
C1はコメント欄がざわつく。
〈@匿名:音がない〉
ICレコーダーに音が来るのは0.9秒後。
C2は画に僅かな歪み。
C3は胸元で骨の鳴り。
C4は無表情。
編集テロップ:〈無音の爆ぜ→遅延到達〉
20:34:55 REVERSE#11—光の糸
C1で1.6秒。
光の糸が人の目へ戻る。
瞳孔が一瞬だけ開く(C2の拡大で確認)。
C3は胸元で吸気の錯覚。
C4は一定。
編集テロップ(赤):〈逆回転#11:目への回帰〉
20:35:23 VOID-MARCH—空席塊、川へ
空席塊が二つ、川へ向かう。
C2がパン。
人はよけない。
空席だけが人をよける。
C1には見えない。
C3は胸元で風の向きが変わるのを記録。
C4は俯瞰で空席塊が水面に擦れて消える。
音は後から来ない。
編集テロップ:〈消滅/痕跡なし〉
真帆「渡った?」
茜「渡された?」
海斗「何が」
結衣「名が」
直哉「名札は白紙」
20:35:59 REVERSE#12—最終の返し
C1最後の逆回転が長く来る。4.0秒。
光は根に戻り、歓声は喉に戻り、拍手は掌に戻る。
C2は正常だが、画の端に背中が二体重なる。
C3は胸元で拍が無になる。
C4は風。
編集テロップ(赤):〈逆回転#12:今夜の最長〉
20:36:20 QUIET—間
一拍の静寂。
遠くで蛙。
C1のコメントが戻る。
〈@匿名:終わった?〉
〈@匿名:まだ〉
〈@匿名:帰れ〉
ICレコーダーに薄い合唱。
声たち「……帰す……」
C2は橋の鉄骨を撮る。
C3は指を折り、数え損なう。
C4は影を均す。
20:36:48 POST—解析注記
解析ログ(編集室・自動生成)
逆回転セグメント:12箇所/平均長2.23s/周期180±12s
媒体分布:C1=12、C2=0、C3=0、C4=3(煙・水平方向)
空席塊:出現4回/移動速度0.8–1.1m/s/消滅2回(川面)
声(帰れ/渡すな):ICレコーダー専属3回/ファイル内生成2回(C1)
背中:向かず・打たず・名なし(接触あり)
白無地の仮面:C2のみ複数回/取引未成立/粉付着
名札白紙:橋欄干・紙灯籠に増殖/媒体間不一致
“最高!”反復:声紋一致だが発話不一致
編集者メモ(山名)
・幸福の頂点で起きる逆回転は「返礼」に似ている。
・見に来た者が、見られる側に巻き戻される。
・空白は渡りの形。座席は舟。
・名の白紙は切符か免罪か。
・背中は向かない。向くのは、たぶん最後。
20:37:12 INTERCUT—証言の芽
――後日インタビュー素材予告挿入(第三章末ダイジェスト)
観客D(音声のみ)
「花火の音が先に来て、光があとでした。拍手は二度、同時に」
屋台組合E
「面の小野商店? うちはもう出してないですよ。昭和四十九年の頃にやめたって聞いてます」
学生F(結衣の知人)
「配信のアーカイブ、保存したけど逆回転はなかった。でもキャプチャには写ってる」
編集テロップ(白小):〈証言はずれ、記録は揃う〉
20:38:00 CLOSER—視線の落ちる場所
C2が結衣を撮る。視線は空にあるのに、画面の底に落ちる。
C1は背中の肩を端に拾う。
C3は胸元で薄い震え。
C4は鳥居に影を残す。
黒い粉が欄干から滑り落ち、音はない。
どこに帰すか、誰を渡すか、何を呼ぶか。
囃子の残響は、もう祝祭ではなく、記録の地鳴りだ。
第三章・了(つづく)



