――LOG/PROJ-2025-NM-28
――件名:盆踊り(本番)/櫓周り~境内全景
――撮影:C1=直哉(iPhone/縦・配信)、C2=茜(ミラーレス/横・標準ズーム)、C3=良太(アクションカム/胸元)、C4=境内防犯カメラ(俯瞰・提供)
――音声:各端末内蔵+ICレコーダー×1(衣擦れノイズ継続)
――編集メモ:仮ラフv0.9/同時刻ズレ(全媒体)、「群衆の同期ズレ」を検証するためフレーム解析導入
19:50:22 OPEN—囃子の立ち上がり
櫓の周りに輪が二重に重なり、太鼓の根音が胸の薄板を叩く。
C2がISOを上げ、提灯の橙が肌を温めるように乗る。
C1の配信画面には視聴者数「412」。コメントが流れる。
〈@匿名:音、気持ちいい〉
〈@匿名:背中、見える〉
〈@匿名:輪が二重〉
海斗「本番いくぞ、卒論より大事!」
茜「黙って踊れ」
結衣「録れてる?」
直哉「録れてるよ。全部、残す」
真帆「残るものだけが、ほんとじゃないよ」
C3が胸元で手拍子のリズムに合わせて揺れる。背中は、鳥居の影のままこちらを向かず、しかし近い。
19:51:03 SYNC-GLITCH—ずれる群衆
太鼓がドンと響く瞬間、C2の画面で輪全体が一拍ぶん前へ滑る。
C4(俯瞰)でも同時刻、輪半周が半歩遅れる。
C1の音声波形を重ねると、この瞬間だけ拍手が二度記録される(先行/遅延)。
編集テロップ(白・小):〈同期ズレ#1:+0.18s(平均)〉
結衣(踊りながら)「今、ずれた?」
海斗「そっちがずれた」
茜「どっち?」
直哉「どっちも正しい」
真帆「ずれるのが、合ってる」
笑いが弾ける。ICレコーダーには同じ笑いが半拍遅れでもう一度流れ込む。
C3の胸元に、誰かの肩が当たる。厚い木綿。詰襟の質感。
19:51:55 VOICE-LEAK—囃子の中の声
笛が高く、太鼓が低く。
C1に雑音。ノイズゲートを突き破る声。
声「……踏むな……」
C2のオンカメ音声にも同じ語が別ピッチで乗る。
C4では音は正常。
編集メモ:マイク位置に依存しない重畳。——音が記録を選ぶ。
〈@匿名:今の声なに〉
〈@匿名:祭りのルール〉
〈@匿名:踏むな〉
茜(息を整えながら)「誰か、言ってる」
直哉「コメントが言わせる」
真帆「言葉は、言われる前に、ある」
C3の視界に、輪の外で背中が拍子を打たないまま立っている。指先は動かず、肩甲骨だけが笑うように上下。
19:52:33 MASK-STALL—存在しない屋台
櫓をぐるりと回り込んだC2のレンズに、境内配置図にない屋台。
木製の枠、薄い白熱灯、「面の小野商店」の剥げた看板。
台上にはお面が並ぶ。狐、翁、ひょっとこ、そして見慣れない白無地。
額の隅に、活版印刷のような日付——2026/08/15。
C1も同時刻、配信の隅に屋台を捉える。
C4の俯瞰にはない。
編集テロップ:〈屋台:媒体限定出現〉
海斗「未来の縁起物?」
茜「ふざけないで」
結衣「買ったら、どうなる?」
直哉「映る」
真帆「残る」
屋台の奥に老人がいる。顔は薄い、紙みたいだ。
C2がズーム。ピントが合わない。
老人は、口を開かずに声を出す。
老人の声「……渡すな……」
マイクは拾い、空気は拾わない。
19:53:10 SYNC-GLITCH#2—一斉にずれる足
踊りの輪が一斉に右足を出す瞬間、C3だけ左足が出る絵になる。
C1は右足、C2は両足が半分だけ進む絵。
C4の俯瞰に、輪が一時停止。提灯の灯だけが揺れ続ける。
編集テロップ:〈同期ズレ#2:媒体間方向不一致〉
直哉「気持ちいい、ズレだ」
茜「気持ちよくない」
海斗「俺だけ正しい説」
結衣「正しいって、何?」
真帆「合ってしまうもの」
ICレコーダーに泣き声。子ども。
輪の外、詰襟の背は揺れない。
19:54:02 COMMENT-STORM—配信と介入
C1のコメント欄が急に加速する。視聴者数「528」。
〈@匿名:屋台の面、買うな〉
〈@匿名:背中、呼ぶな〉
〈@匿名:踏むな〉
〈@匿名:輪が逆〉
直哉が笑い、画面に顔を近づける。
直哉「大丈夫、大丈夫」
結衣「誰に言ってるの?」
直哉「見てる人」
茜「誰が」
直哉「ここにいない誰か」
C2のファインダー内側に灰褐色の指が一瞬スクロール。
C4は平常。
編集メモ:映像の内側から触れられる現象、再度確認。
19:54:49 SPLIT—輪の二重化
C4俯瞰で輪が二重化、外輪は順行、内輪は逆行。
C2は外輪を撮っているはずなのに、映像上は逆行。
C1の音は順行。
C3は静止。胸元に太鼓の余韻だけが残る。
編集テロップ:〈輪の二重化=“同一場所・異方向”〉
輪が重なる瞬間、背中が輪の中心にいるように見える。
見えるだけか、いるのか。
C2がズーム。中心に何もない。
ICレコーダーに薄い笑い。
19:55:20 ELDERLY—面売りの老人
C2が屋台の老人に寄る。
老人は紙のような顔に、古いインクのしみ。
お面の白無地を一枚、手に取る。背後の箱には2026/08/15が繰り返し印字。
老人の声「今年は、まだ」
茜「来年、ですか」
老人の声「来年は、もう」
会話にならない。
C1のコメント欄が揺れる。
〈@匿名:買うな〉
〈@匿名:渡すな〉
〈@匿名:帰れ〉
真帆(小声)「これ、誰が、見るの?」
結衣「未来の私たち」
海斗「じゃ今の俺たちは?」
直哉「映ってる俺たち」
19:56:08 SHADOW-COUNT—影の数
C2が輪の外で五人を撮る。
足元の影を数える。
五つ——六つ——五つ。
C3は胸元で指を立て、数が追いつかない。
C4の俯瞰の影は五つで固定。
編集テロップ:〈影の可変:動体のみ、影数が増減〉
結衣「影って、名に近い」
茜「名が増える?」
海斗「名札、白紙だったろ」
真帆「白紙には、何でも書ける」
直哉「だから、何も書かない」
ICレコーダーに紙の裏から書くような擦過音。
19:56:44 SYNC-GLITCH#3—一瞬の停止
囃子が一拍だけ止まる。
C1の配信は動く。
C2は止まる。
C3は遅れる。
C4は止まっていない。
編集テロップ:〈全媒体の時間軸不一致〉
海斗「今、止まった?」
茜「止まってない」
結衣「止まったほうが、本当」
真帆「止まらなくても、本当」
直哉「両方、残る」
背中は止まらない。一定の無拍で、そこにある。
19:57:12 RING—手が合わない
輪の中、手と手が合わない。
C2は触れたように映る。
C1は触れない。
C3は通り抜ける。
ICレコーダーは触れた音と触れない音を同時に記録。
編集テロップ:〈接触の成否が媒体により分岐〉
真帆「触れた感じがするのに、触れてない」
結衣「触れてない感じがするのに、触れた」
茜「気持ち悪い」
海斗「面白い」
直哉「面白いは残る」
輪の外、背中は手を上げない。
拍手の音に合わせて肩甲骨だけが打つ。
19:57:53 MASK—白無地の仮面
C2が白無地の仮面に寄る。
表面に、うっすらと顔が浮かぶ——こちらに似た顔。
目は穴、口は穴。穴の縁に黒い粉。
C1のコメント欄。
〈@匿名:それ、被るな〉
〈@匿名:渡すな〉
〈@匿名:踏むな〉
茜「被らないよ」
海斗「被ってみよ」
茜「やめろ」
結衣「——似合うよ」
真帆「誰に?」
C4にはこの屋台がない。
編集メモ:存在しない屋台での取引——成立の痕跡は映像内にしか残らない。
19:58:21 CALL—名を呼ぶ
太鼓が高鳴り、笛が低くなる。
C1のマイクに、結衣の口が動く。
音が出ない。
ICレコーダーにだけ、名の断片。
声「——ユウ——」
C2が結衣の視線を追う。背中の方向。
背中は振り向かない。
C4(俯瞰)に微細な画欠落。
編集テロップ(赤):〈名呼び直後の同時欠落〉
茜「今、誰を」
結衣「誰も」
真帆「呼ぶな」
海斗「誰が言った」
直哉「向こう」
19:59:05 RHYTHM-DRIFT—鎮魂への転化
囃子が、祝祭から鎮魂へ裏返る。
C2の録音で太鼓の倍音が消える。
C1では笛の指の数が合わない——演者の手に余分な指。
C3は胸元で心拍と太鼓が同期し、逆相でぶつかる。
C4の俯瞰、輪が縮む。中心に空洞。
空洞の底から、拍手。
編集テロップ:〈祝祭→鎮魂:スペクトラムの低域支配へ移行〉
結衣「悲しいね」
海斗「祭りだぞ」
茜「誰かのための」
真帆「誰?」
直哉「映ってる人」
20:00:00 MARK—時報とズレ
携帯の時報アラートが20:00を告げる。
C1は19:59:59、C2は20:00:02、C3は20:00:00、C4は19:59:58。
編集テロップ:〈時報不一致:最大差4秒〉
この瞬間、輪の全員が同時に手を止め、同時にまた振る。
C2がスチルを切る。
全員の目が半開き。
背中には目がない。
なのに、ひとつの視線がこちらに刺さる。
20:00:33 CHILD-CRY—泣き声
ICレコーダーに泣き声。近い。
C1には入らない。
C2には微か。
C3は胸元で伝導。
声「……帰れ……」
C4の俯瞰、輪の外側に空白が歩く。
空白の中で何かが肩を震わせる。
見えない。
映る。
20:01:12 ELISION—欠落
C2の映像が一秒、黒。
C1の配信は砂嵐のような粒。
C3は床。
C4は正常。
戻る。
C2のフレームの端に、仮面。白無地。
裏から誰かの指が縫うように動く。
編集テロップ(赤):〈同時欠落→外因の可能性〉
茜「ねえ、もうやめよう」
直哉「やめないで」
海斗「続けよう」
結衣「残したい」
真帆「残るよ」
20:01:44 MASK-TRANSACTION—未成立の売買
C2が屋台前で止まる。
老人はそこにいる。C4にはいない。
C1にコメント。
〈@匿名:買ったら戻れない〉
〈@匿名:渡すな〉
茜が小銭を取り出す。手が止まる。
老人が首を横に振る。
老人の声「まだ」
C2のタイムコードが逆行。
0.5秒戻って進む。
C3の胸元に冷気。匂いはない。
20:02:20 WAVE—拍の波
太鼓の波が、人の肩を一斉に持ち上げ、一斉に落とす。
C2で三拍めだけ遅れる。
C1では先に来る。
C4は均等。
編集テロップ:〈拍の層構造:先行拍/同時拍/遅延拍〉
背中は波に乗らない。
無拍の人。
誰の拍手にも加わらない。
なのに、拍手は増える。
20:03:03 FACE—仮面の“顔”
白無地の仮面の表面に、微細な凹凸。
C2がHDRで持ち上げると、それは誰かの顔の並び。
笑いを形だけなぞる。
穴から黒い粉。
C1のコメント欄。
〈@匿名:見ないで〉
〈@匿名:見るな〉
〈@匿名:見たら映る〉
結衣(仮面に触れずに)「似てる」
茜「何に?」
結衣「私に」
C4には仮面はない。屋台もない。
C3は胸元で汗を拾う。冷たい汗。
ICレコーダーに笛の逆行。
20:03:41 SYNC-GLITCH#4—全員の首
輪の全員が同時に首を傾げ、同時に戻す。
C2は左、C1は右、C3は前、C4は傾げない。
編集テロップ:〈方向の分岐:媒体が見る方向を決める〉
海斗「合図?」
茜「呼ばれたんだよ」
直哉「誰に」
結衣「名前を持たない者に」
真帆「名は白紙に書く」
提灯のいくつかが白く抜け、そこに名前がない。
20:04:10 PULSE—床の下
C3が胸元で床の脈を拾う。
石畳が薄く脈打つ。下に何かがいる。
ICレコーダーが板の軋みに似た声を拾う。
声「……渡すな……踏むな……」
C2は低周波が映像を歪め、輪郭が溶ける。
C1のコメント欄が沈黙。文字が出ない。
C4は正常。
20:04:52 HAND—余計な手
輪の中、C2のフレームに余計な手が増える。
五人の四本ずつの手に、一本ずつ付け足される。
握手ができない。
C1では減る。
C3は同数。
編集テロップ:〈手の数=拍の可視化?〉
茜「多いのに、足りない」
海斗「足りないのに、多い」
結衣「合わない数が、合ってしまう」
真帆「だから、こわい」
直哉「美しい」
20:05:30 ELDERLY—最後の言葉
屋台の老人が、C2に顔を向けないまま言う。
老人の声「——来年、また」
C1のコメント。
〈@匿名:また〉
〈@匿名:来年〉
〈@匿名:1974〉
C4に石碑。昭和四十九年の刻字が濃くなる。
20:06:02 RING-FAIL—崩壊の前ぶれ
輪がほどけ、乱れ、ふたたび形になる。
C2はほどけを撮る。
C1は形を撮る。
C4は両方を同時に撮る。
C3は自分を撮る——胸元に誰かの手。
灰褐色、浅い爪。
C3が外から触られる。
編集テロップ(赤):〈カメラ内侵入:接触ログなし〉
20:06:40 SILENCE-BEAT—無音の拍
一拍、完全無音。
C1は視聴者数が一斉に0になり、一気に戻る。
C2はノイズ。
C3は心音だけ。
C4は無表情に人を並べる。
無音のなかで、拍手が見える。音がないのに、見える。
20:07:15 TURN—背中の移動
背中が動く。
鳥居の影から、輪の外へ。
C2のレンズは追えない。距離が伸びる。
C1のフレームに肩だけ。
C3の胸元に布の擦過。
C4はなお、背中を鳥居に留める。
編集テロップ:〈背中:媒体間位置不一致〉
結衣「来る」
茜「来ない」
海斗「来た」
真帆「いる」
直哉「映る」
20:07:59 FIREWORKS-CUE—合図
遠くで合図の小さな花火。
空に白の閃光。
C1が歓声を拾う。
C2は歓声の前に拍手を拾う。
C3は胸の内側で歓声が起こる。
C4は風。
輪は解散しない。別の輪になる。
鎮魂の輪。
拍が遅く、深く。
20:08:30 NAMES—白紙の増加
参道の紙灯籠の白紙が増える。
C2のパンで三つ、五つ、八つ。
C1の画面ではすべてに名。
C4は固定で二つが白。
編集テロップ:〈名の不一致=在/不在の分岐〉
真帆「名がないと、拍に入れないの?」
結衣「名があっても、入れないときがある」
茜「名はあとから付く」
海斗「先に付いてる」
直哉「同時」
ICレコーダーに筆圧。裏から書く音。
20:09:02 MASK-DATE—来年の日付
屋台の箱の日付に、汗が落ちる。
C2が寄る。
「2026/08/15」のインクが滲み、吸い、戻る。
C1のコメント欄が固まる。
〈@匿名:また〉
〈@匿名:来年〉
〈@匿名:去年〉
C4の石碑「昭和四十九年」が薄く笑う——輪郭が笑いの形に震える。
20:09:40 DESCENT—音の階段
囃子が一段、低くなる。
C2のスペクトラム解析で200Hz以下の隆起。
C1は高域が落ちる。
C3は心拍が半拍遅れる。
C4は鳥居の影を濃くする。
編集テロップ:〈鎮魂化:低域優勢/笑い帯域の減衰〉
結衣「悲しいのに、気持ちいい」
茜「気持ちよさで覆うもの、ある」
海斗「覆って、見ない」
真帆「記録は見てしまう」
直哉「見たから、在る」
20:10:15 CROSS—二つの輪が交差
輪が交差する。
C2は手前の輪、C1は奥の輪、C3は自分の輪。
C4は上から大きな渦。
交差点に背中。
背中の肩が笑う。
拍が二度になる。
同時に。
編集テロップ:〈二度の拍手=同時〉
20:10:52 ECHO—悲鳴の亡霊
ICレコーダーに悲鳴。遠いのに近い。
C1は拾わない。
C2は拾うが薄い。
C3は胸で受ける。
声「——」
言葉にならない。
C4は何も起きない。
編集メモ:耳ではなく記録にだけ残る悲鳴。
20:11:20 FALL—綿飴の雪
綿飴屋台の糖が雪のように舞う。
C2がスロウで拾う。
糖が逆行して台に戻るフレームが混ざる。
C1では正常。
C3は胸で甘さを思い出す。
C4は風。
編集テロップ:〈逆行フレーム=混入〉
海斗「戻ってる?」
茜「戻るものなんて、ない」
結衣「戻る映像は好き」
真帆「戻らないから好き」
直哉「残るから好き」
20:12:00 HALT—誰かが歩く空白
輪の外、空白が歩く。
C2がパン。
C1に空白は映らない。
C3の胸元に袖が触れる。誰のでもない袖。
C4の俯瞰で、空白の軌跡が輪を避け、屋台を避け、石碑にぶつかる。
ぶつかる音は遅れて来る。
編集テロップ:〈空白=動体〉
20:12:39 REQUEST—コメントの祈り
C1のコメント欄が祈りで埋まる。
〈@匿名:帰れ〉
〈@匿名:渡すな〉
〈@匿名:呼ぶな〉
〈@匿名:踏むな〉
〈@匿名:名を書くな〉
直哉が笑う。笑いは遅れて戻る。
直哉「ありがとうございます」
茜「誰に」
直哉「見てくれてる人」
真帆「見られることが、祝福」
結衣「鎮魂かも」
20:13:10 PERSIST—背中は振り向かない
背中は振り向かない。
一度も。
C2がどれだけ回り込んでも、背だけ。
C1は肩、C3は布、C4は影。
顔が出ない。
名がない。
拍がない。
在る。
編集テロップ:〈背中の三原則:向かない/打たない/名を持たない〉
20:13:44 LOW—最も低い音
囃子が今夜最も低い音へ沈む。
C2のスペクトラムの谷が山になる。
C1のコメントが消える。
C3の心拍が静かになる。
C4の影が濃い。
ICレコーダーに一語。
声「……帰す……」
編集メモ:帰すは誰を、どこへ。
結衣「帰れるの?」
茜「帰したら」
海斗「誰を」
真帆「今」
直哉「来年」
20:14:20 CUT—章の縫い目
C2がレンズを一度下げる。
C1は上へ。
C3はまっすぐ。
C4は動かない。
四つの視線が交わらない場所に、屋台がある。
老人は紙の顔で笑わない。
白無地の仮面の縁が黒くなり、粉が落ち、音はない。
背中は笑う——肩甲骨で。
拍は二度鳴る。
同時に。
編集者コメント(ドラフト)
〈第二章は、“輪”の同期と破れを繰り返し、祝祭→鎮魂の音の地形を見せる。
〈存在しない屋台と未来日付のお面は、来年という観客の時間を物語に混ぜる装置。
〈背中はまだ振り向かない。振り向くのは、花火の裏側(第三章)。
〈呼ぶな/踏むな/渡すな/帰れの四語は、名と席の問題に接続する。
〈見ないことは礼儀、見ることは記録。—礼儀と記録の衝突音が囃子に混じり始めた〉
——第二章・了(つづく)
――件名:盆踊り(本番)/櫓周り~境内全景
――撮影:C1=直哉(iPhone/縦・配信)、C2=茜(ミラーレス/横・標準ズーム)、C3=良太(アクションカム/胸元)、C4=境内防犯カメラ(俯瞰・提供)
――音声:各端末内蔵+ICレコーダー×1(衣擦れノイズ継続)
――編集メモ:仮ラフv0.9/同時刻ズレ(全媒体)、「群衆の同期ズレ」を検証するためフレーム解析導入
19:50:22 OPEN—囃子の立ち上がり
櫓の周りに輪が二重に重なり、太鼓の根音が胸の薄板を叩く。
C2がISOを上げ、提灯の橙が肌を温めるように乗る。
C1の配信画面には視聴者数「412」。コメントが流れる。
〈@匿名:音、気持ちいい〉
〈@匿名:背中、見える〉
〈@匿名:輪が二重〉
海斗「本番いくぞ、卒論より大事!」
茜「黙って踊れ」
結衣「録れてる?」
直哉「録れてるよ。全部、残す」
真帆「残るものだけが、ほんとじゃないよ」
C3が胸元で手拍子のリズムに合わせて揺れる。背中は、鳥居の影のままこちらを向かず、しかし近い。
19:51:03 SYNC-GLITCH—ずれる群衆
太鼓がドンと響く瞬間、C2の画面で輪全体が一拍ぶん前へ滑る。
C4(俯瞰)でも同時刻、輪半周が半歩遅れる。
C1の音声波形を重ねると、この瞬間だけ拍手が二度記録される(先行/遅延)。
編集テロップ(白・小):〈同期ズレ#1:+0.18s(平均)〉
結衣(踊りながら)「今、ずれた?」
海斗「そっちがずれた」
茜「どっち?」
直哉「どっちも正しい」
真帆「ずれるのが、合ってる」
笑いが弾ける。ICレコーダーには同じ笑いが半拍遅れでもう一度流れ込む。
C3の胸元に、誰かの肩が当たる。厚い木綿。詰襟の質感。
19:51:55 VOICE-LEAK—囃子の中の声
笛が高く、太鼓が低く。
C1に雑音。ノイズゲートを突き破る声。
声「……踏むな……」
C2のオンカメ音声にも同じ語が別ピッチで乗る。
C4では音は正常。
編集メモ:マイク位置に依存しない重畳。——音が記録を選ぶ。
〈@匿名:今の声なに〉
〈@匿名:祭りのルール〉
〈@匿名:踏むな〉
茜(息を整えながら)「誰か、言ってる」
直哉「コメントが言わせる」
真帆「言葉は、言われる前に、ある」
C3の視界に、輪の外で背中が拍子を打たないまま立っている。指先は動かず、肩甲骨だけが笑うように上下。
19:52:33 MASK-STALL—存在しない屋台
櫓をぐるりと回り込んだC2のレンズに、境内配置図にない屋台。
木製の枠、薄い白熱灯、「面の小野商店」の剥げた看板。
台上にはお面が並ぶ。狐、翁、ひょっとこ、そして見慣れない白無地。
額の隅に、活版印刷のような日付——2026/08/15。
C1も同時刻、配信の隅に屋台を捉える。
C4の俯瞰にはない。
編集テロップ:〈屋台:媒体限定出現〉
海斗「未来の縁起物?」
茜「ふざけないで」
結衣「買ったら、どうなる?」
直哉「映る」
真帆「残る」
屋台の奥に老人がいる。顔は薄い、紙みたいだ。
C2がズーム。ピントが合わない。
老人は、口を開かずに声を出す。
老人の声「……渡すな……」
マイクは拾い、空気は拾わない。
19:53:10 SYNC-GLITCH#2—一斉にずれる足
踊りの輪が一斉に右足を出す瞬間、C3だけ左足が出る絵になる。
C1は右足、C2は両足が半分だけ進む絵。
C4の俯瞰に、輪が一時停止。提灯の灯だけが揺れ続ける。
編集テロップ:〈同期ズレ#2:媒体間方向不一致〉
直哉「気持ちいい、ズレだ」
茜「気持ちよくない」
海斗「俺だけ正しい説」
結衣「正しいって、何?」
真帆「合ってしまうもの」
ICレコーダーに泣き声。子ども。
輪の外、詰襟の背は揺れない。
19:54:02 COMMENT-STORM—配信と介入
C1のコメント欄が急に加速する。視聴者数「528」。
〈@匿名:屋台の面、買うな〉
〈@匿名:背中、呼ぶな〉
〈@匿名:踏むな〉
〈@匿名:輪が逆〉
直哉が笑い、画面に顔を近づける。
直哉「大丈夫、大丈夫」
結衣「誰に言ってるの?」
直哉「見てる人」
茜「誰が」
直哉「ここにいない誰か」
C2のファインダー内側に灰褐色の指が一瞬スクロール。
C4は平常。
編集メモ:映像の内側から触れられる現象、再度確認。
19:54:49 SPLIT—輪の二重化
C4俯瞰で輪が二重化、外輪は順行、内輪は逆行。
C2は外輪を撮っているはずなのに、映像上は逆行。
C1の音は順行。
C3は静止。胸元に太鼓の余韻だけが残る。
編集テロップ:〈輪の二重化=“同一場所・異方向”〉
輪が重なる瞬間、背中が輪の中心にいるように見える。
見えるだけか、いるのか。
C2がズーム。中心に何もない。
ICレコーダーに薄い笑い。
19:55:20 ELDERLY—面売りの老人
C2が屋台の老人に寄る。
老人は紙のような顔に、古いインクのしみ。
お面の白無地を一枚、手に取る。背後の箱には2026/08/15が繰り返し印字。
老人の声「今年は、まだ」
茜「来年、ですか」
老人の声「来年は、もう」
会話にならない。
C1のコメント欄が揺れる。
〈@匿名:買うな〉
〈@匿名:渡すな〉
〈@匿名:帰れ〉
真帆(小声)「これ、誰が、見るの?」
結衣「未来の私たち」
海斗「じゃ今の俺たちは?」
直哉「映ってる俺たち」
19:56:08 SHADOW-COUNT—影の数
C2が輪の外で五人を撮る。
足元の影を数える。
五つ——六つ——五つ。
C3は胸元で指を立て、数が追いつかない。
C4の俯瞰の影は五つで固定。
編集テロップ:〈影の可変:動体のみ、影数が増減〉
結衣「影って、名に近い」
茜「名が増える?」
海斗「名札、白紙だったろ」
真帆「白紙には、何でも書ける」
直哉「だから、何も書かない」
ICレコーダーに紙の裏から書くような擦過音。
19:56:44 SYNC-GLITCH#3—一瞬の停止
囃子が一拍だけ止まる。
C1の配信は動く。
C2は止まる。
C3は遅れる。
C4は止まっていない。
編集テロップ:〈全媒体の時間軸不一致〉
海斗「今、止まった?」
茜「止まってない」
結衣「止まったほうが、本当」
真帆「止まらなくても、本当」
直哉「両方、残る」
背中は止まらない。一定の無拍で、そこにある。
19:57:12 RING—手が合わない
輪の中、手と手が合わない。
C2は触れたように映る。
C1は触れない。
C3は通り抜ける。
ICレコーダーは触れた音と触れない音を同時に記録。
編集テロップ:〈接触の成否が媒体により分岐〉
真帆「触れた感じがするのに、触れてない」
結衣「触れてない感じがするのに、触れた」
茜「気持ち悪い」
海斗「面白い」
直哉「面白いは残る」
輪の外、背中は手を上げない。
拍手の音に合わせて肩甲骨だけが打つ。
19:57:53 MASK—白無地の仮面
C2が白無地の仮面に寄る。
表面に、うっすらと顔が浮かぶ——こちらに似た顔。
目は穴、口は穴。穴の縁に黒い粉。
C1のコメント欄。
〈@匿名:それ、被るな〉
〈@匿名:渡すな〉
〈@匿名:踏むな〉
茜「被らないよ」
海斗「被ってみよ」
茜「やめろ」
結衣「——似合うよ」
真帆「誰に?」
C4にはこの屋台がない。
編集メモ:存在しない屋台での取引——成立の痕跡は映像内にしか残らない。
19:58:21 CALL—名を呼ぶ
太鼓が高鳴り、笛が低くなる。
C1のマイクに、結衣の口が動く。
音が出ない。
ICレコーダーにだけ、名の断片。
声「——ユウ——」
C2が結衣の視線を追う。背中の方向。
背中は振り向かない。
C4(俯瞰)に微細な画欠落。
編集テロップ(赤):〈名呼び直後の同時欠落〉
茜「今、誰を」
結衣「誰も」
真帆「呼ぶな」
海斗「誰が言った」
直哉「向こう」
19:59:05 RHYTHM-DRIFT—鎮魂への転化
囃子が、祝祭から鎮魂へ裏返る。
C2の録音で太鼓の倍音が消える。
C1では笛の指の数が合わない——演者の手に余分な指。
C3は胸元で心拍と太鼓が同期し、逆相でぶつかる。
C4の俯瞰、輪が縮む。中心に空洞。
空洞の底から、拍手。
編集テロップ:〈祝祭→鎮魂:スペクトラムの低域支配へ移行〉
結衣「悲しいね」
海斗「祭りだぞ」
茜「誰かのための」
真帆「誰?」
直哉「映ってる人」
20:00:00 MARK—時報とズレ
携帯の時報アラートが20:00を告げる。
C1は19:59:59、C2は20:00:02、C3は20:00:00、C4は19:59:58。
編集テロップ:〈時報不一致:最大差4秒〉
この瞬間、輪の全員が同時に手を止め、同時にまた振る。
C2がスチルを切る。
全員の目が半開き。
背中には目がない。
なのに、ひとつの視線がこちらに刺さる。
20:00:33 CHILD-CRY—泣き声
ICレコーダーに泣き声。近い。
C1には入らない。
C2には微か。
C3は胸元で伝導。
声「……帰れ……」
C4の俯瞰、輪の外側に空白が歩く。
空白の中で何かが肩を震わせる。
見えない。
映る。
20:01:12 ELISION—欠落
C2の映像が一秒、黒。
C1の配信は砂嵐のような粒。
C3は床。
C4は正常。
戻る。
C2のフレームの端に、仮面。白無地。
裏から誰かの指が縫うように動く。
編集テロップ(赤):〈同時欠落→外因の可能性〉
茜「ねえ、もうやめよう」
直哉「やめないで」
海斗「続けよう」
結衣「残したい」
真帆「残るよ」
20:01:44 MASK-TRANSACTION—未成立の売買
C2が屋台前で止まる。
老人はそこにいる。C4にはいない。
C1にコメント。
〈@匿名:買ったら戻れない〉
〈@匿名:渡すな〉
茜が小銭を取り出す。手が止まる。
老人が首を横に振る。
老人の声「まだ」
C2のタイムコードが逆行。
0.5秒戻って進む。
C3の胸元に冷気。匂いはない。
20:02:20 WAVE—拍の波
太鼓の波が、人の肩を一斉に持ち上げ、一斉に落とす。
C2で三拍めだけ遅れる。
C1では先に来る。
C4は均等。
編集テロップ:〈拍の層構造:先行拍/同時拍/遅延拍〉
背中は波に乗らない。
無拍の人。
誰の拍手にも加わらない。
なのに、拍手は増える。
20:03:03 FACE—仮面の“顔”
白無地の仮面の表面に、微細な凹凸。
C2がHDRで持ち上げると、それは誰かの顔の並び。
笑いを形だけなぞる。
穴から黒い粉。
C1のコメント欄。
〈@匿名:見ないで〉
〈@匿名:見るな〉
〈@匿名:見たら映る〉
結衣(仮面に触れずに)「似てる」
茜「何に?」
結衣「私に」
C4には仮面はない。屋台もない。
C3は胸元で汗を拾う。冷たい汗。
ICレコーダーに笛の逆行。
20:03:41 SYNC-GLITCH#4—全員の首
輪の全員が同時に首を傾げ、同時に戻す。
C2は左、C1は右、C3は前、C4は傾げない。
編集テロップ:〈方向の分岐:媒体が見る方向を決める〉
海斗「合図?」
茜「呼ばれたんだよ」
直哉「誰に」
結衣「名前を持たない者に」
真帆「名は白紙に書く」
提灯のいくつかが白く抜け、そこに名前がない。
20:04:10 PULSE—床の下
C3が胸元で床の脈を拾う。
石畳が薄く脈打つ。下に何かがいる。
ICレコーダーが板の軋みに似た声を拾う。
声「……渡すな……踏むな……」
C2は低周波が映像を歪め、輪郭が溶ける。
C1のコメント欄が沈黙。文字が出ない。
C4は正常。
20:04:52 HAND—余計な手
輪の中、C2のフレームに余計な手が増える。
五人の四本ずつの手に、一本ずつ付け足される。
握手ができない。
C1では減る。
C3は同数。
編集テロップ:〈手の数=拍の可視化?〉
茜「多いのに、足りない」
海斗「足りないのに、多い」
結衣「合わない数が、合ってしまう」
真帆「だから、こわい」
直哉「美しい」
20:05:30 ELDERLY—最後の言葉
屋台の老人が、C2に顔を向けないまま言う。
老人の声「——来年、また」
C1のコメント。
〈@匿名:また〉
〈@匿名:来年〉
〈@匿名:1974〉
C4に石碑。昭和四十九年の刻字が濃くなる。
20:06:02 RING-FAIL—崩壊の前ぶれ
輪がほどけ、乱れ、ふたたび形になる。
C2はほどけを撮る。
C1は形を撮る。
C4は両方を同時に撮る。
C3は自分を撮る——胸元に誰かの手。
灰褐色、浅い爪。
C3が外から触られる。
編集テロップ(赤):〈カメラ内侵入:接触ログなし〉
20:06:40 SILENCE-BEAT—無音の拍
一拍、完全無音。
C1は視聴者数が一斉に0になり、一気に戻る。
C2はノイズ。
C3は心音だけ。
C4は無表情に人を並べる。
無音のなかで、拍手が見える。音がないのに、見える。
20:07:15 TURN—背中の移動
背中が動く。
鳥居の影から、輪の外へ。
C2のレンズは追えない。距離が伸びる。
C1のフレームに肩だけ。
C3の胸元に布の擦過。
C4はなお、背中を鳥居に留める。
編集テロップ:〈背中:媒体間位置不一致〉
結衣「来る」
茜「来ない」
海斗「来た」
真帆「いる」
直哉「映る」
20:07:59 FIREWORKS-CUE—合図
遠くで合図の小さな花火。
空に白の閃光。
C1が歓声を拾う。
C2は歓声の前に拍手を拾う。
C3は胸の内側で歓声が起こる。
C4は風。
輪は解散しない。別の輪になる。
鎮魂の輪。
拍が遅く、深く。
20:08:30 NAMES—白紙の増加
参道の紙灯籠の白紙が増える。
C2のパンで三つ、五つ、八つ。
C1の画面ではすべてに名。
C4は固定で二つが白。
編集テロップ:〈名の不一致=在/不在の分岐〉
真帆「名がないと、拍に入れないの?」
結衣「名があっても、入れないときがある」
茜「名はあとから付く」
海斗「先に付いてる」
直哉「同時」
ICレコーダーに筆圧。裏から書く音。
20:09:02 MASK-DATE—来年の日付
屋台の箱の日付に、汗が落ちる。
C2が寄る。
「2026/08/15」のインクが滲み、吸い、戻る。
C1のコメント欄が固まる。
〈@匿名:また〉
〈@匿名:来年〉
〈@匿名:去年〉
C4の石碑「昭和四十九年」が薄く笑う——輪郭が笑いの形に震える。
20:09:40 DESCENT—音の階段
囃子が一段、低くなる。
C2のスペクトラム解析で200Hz以下の隆起。
C1は高域が落ちる。
C3は心拍が半拍遅れる。
C4は鳥居の影を濃くする。
編集テロップ:〈鎮魂化:低域優勢/笑い帯域の減衰〉
結衣「悲しいのに、気持ちいい」
茜「気持ちよさで覆うもの、ある」
海斗「覆って、見ない」
真帆「記録は見てしまう」
直哉「見たから、在る」
20:10:15 CROSS—二つの輪が交差
輪が交差する。
C2は手前の輪、C1は奥の輪、C3は自分の輪。
C4は上から大きな渦。
交差点に背中。
背中の肩が笑う。
拍が二度になる。
同時に。
編集テロップ:〈二度の拍手=同時〉
20:10:52 ECHO—悲鳴の亡霊
ICレコーダーに悲鳴。遠いのに近い。
C1は拾わない。
C2は拾うが薄い。
C3は胸で受ける。
声「——」
言葉にならない。
C4は何も起きない。
編集メモ:耳ではなく記録にだけ残る悲鳴。
20:11:20 FALL—綿飴の雪
綿飴屋台の糖が雪のように舞う。
C2がスロウで拾う。
糖が逆行して台に戻るフレームが混ざる。
C1では正常。
C3は胸で甘さを思い出す。
C4は風。
編集テロップ:〈逆行フレーム=混入〉
海斗「戻ってる?」
茜「戻るものなんて、ない」
結衣「戻る映像は好き」
真帆「戻らないから好き」
直哉「残るから好き」
20:12:00 HALT—誰かが歩く空白
輪の外、空白が歩く。
C2がパン。
C1に空白は映らない。
C3の胸元に袖が触れる。誰のでもない袖。
C4の俯瞰で、空白の軌跡が輪を避け、屋台を避け、石碑にぶつかる。
ぶつかる音は遅れて来る。
編集テロップ:〈空白=動体〉
20:12:39 REQUEST—コメントの祈り
C1のコメント欄が祈りで埋まる。
〈@匿名:帰れ〉
〈@匿名:渡すな〉
〈@匿名:呼ぶな〉
〈@匿名:踏むな〉
〈@匿名:名を書くな〉
直哉が笑う。笑いは遅れて戻る。
直哉「ありがとうございます」
茜「誰に」
直哉「見てくれてる人」
真帆「見られることが、祝福」
結衣「鎮魂かも」
20:13:10 PERSIST—背中は振り向かない
背中は振り向かない。
一度も。
C2がどれだけ回り込んでも、背だけ。
C1は肩、C3は布、C4は影。
顔が出ない。
名がない。
拍がない。
在る。
編集テロップ:〈背中の三原則:向かない/打たない/名を持たない〉
20:13:44 LOW—最も低い音
囃子が今夜最も低い音へ沈む。
C2のスペクトラムの谷が山になる。
C1のコメントが消える。
C3の心拍が静かになる。
C4の影が濃い。
ICレコーダーに一語。
声「……帰す……」
編集メモ:帰すは誰を、どこへ。
結衣「帰れるの?」
茜「帰したら」
海斗「誰を」
真帆「今」
直哉「来年」
20:14:20 CUT—章の縫い目
C2がレンズを一度下げる。
C1は上へ。
C3はまっすぐ。
C4は動かない。
四つの視線が交わらない場所に、屋台がある。
老人は紙の顔で笑わない。
白無地の仮面の縁が黒くなり、粉が落ち、音はない。
背中は笑う——肩甲骨で。
拍は二度鳴る。
同時に。
編集者コメント(ドラフト)
〈第二章は、“輪”の同期と破れを繰り返し、祝祭→鎮魂の音の地形を見せる。
〈存在しない屋台と未来日付のお面は、来年という観客の時間を物語に混ぜる装置。
〈背中はまだ振り向かない。振り向くのは、花火の裏側(第三章)。
〈呼ぶな/踏むな/渡すな/帰れの四語は、名と席の問題に接続する。
〈見ないことは礼儀、見ることは記録。—礼儀と記録の衝突音が囃子に混じり始めた〉
——第二章・了(つづく)



