第一章「記録の始まり」

――LOG/PROJ-2025-NM-28
――件名:夏祭りドキュメント(神社境内)
――撮影:C1=直哉(iPhone/縦)、C2=茜(ミラーレス/横)、C3=良太(アクションカム/胸元マウント)、C4=境内防犯カメラ(提供映像)
――音声:各端末内蔵+ICレコーダー×1(マイクカバー不良)
――編集メモ:仮ラフv0.2/タイムコード基準=C2

18:09:12 OPEN/手ブレの灯

薄い雲を透かして残る夕陽が、参道の石畳を赤く擦る。鳥居の朱が息をするように濃淡を変え、屋台の裸電球に火が入る。
C2(茜)がパン。焼きそばの鉄板が鳴り、ソースの匂いが画面の奥で立つ。
C1(直哉)が自撮り。レンズに指が半分被り、指紋の線が街の地図のように映る。

直哉「大学最後の夏。全員生きて卒論を出せますように」
茜「縁起でもないこと言うな」
海斗「まずは食べ物!」
結衣「わたあめと、りんご飴」
真帆「私は金魚。連れて帰る」

テロップ(編集):〈被写体:五人/直哉・茜・海斗・結衣・真帆〉
笑い声。C3(良太の胸元アクションカム)が低い視線で人の足と浴衣の裾を拾う。裾の柄が流れるたび、砂利が柔らかく鳴る。
C4(境内防犯)静止気味の俯瞰。屋台の屋根が規則的に並び、参道を人の流れが左右に割れる。フレーム右奥、鳥居の影に学生服の背中が立っている。古い詰襟。顔は画角から外れている。

編集メモ:初見時、誰も気づかず。後日コマ送りで発見。

18:13:40 屋台/最初の味

焼きそば屋台。C2が寄り。鉄板上で麺が跳ねる。湯気の向こうに良太の胸元カメラが反射して映る。
C1が無造作に突っ込み、箸でつまむ。

海斗「廃工場でMV撮った時より人多いな」
茜「勝手に比較しないで。はい、ソースこぼすな」
結衣「写真、縦?横? 統一しようよ」
真帆「統一って何のために?」
結衣「あとで編集するときに綺麗だから」

C3は鉄板の端から煙を追う。湯気の層が風に押されて波打つ。その向こう、C3の画面の端に一瞬、黒い布の襟。学生服の詰襟が湯気に紛れて一コマ映る。
すぐ消える。
ICレコーダーに、ソースの弾く音に紛れて小さく**「…踏むな」**のささやき。環境ノイズ判定。

18:19:05 金魚すくい/水面の歪み

金魚すくいの水槽。白い紙のポイが水を切る。
C2が水面に寄る。水の反射に五人の顔が縦長に揺れて、笑いが波紋に砕ける。

真帆「見て、赤いの!」
結衣「すごい、すくえた、すくえ……」
海斗「ほい!」(水滴がレンズに)
茜「レンズ拭く。——直哉、ライブ始まってる?」

C1(直哉)がSNSライブのUIを映す。視聴者数「43」。チャットが流れる。
〈@mizu_37:屋台なつかし…〉
〈@匿名:その後ろの人、だれ〉
〈@匿名:背中〉
直哉が気づかずカメラを振る。C1のフレーム右端、学生服の背中。ピント外。
C4(防犯)の俯瞰でも、同位置に背中。角度が違うのに同じ姿勢。

編集テロップ:〈同時刻・別カメラで背中一致〉

18:24:28 盆踊りリハ/足の揃わない拍子

櫓の周りに輪ができ始める。布の灯が橙の円を描く。
C2が輪の外からパン。三拍子の手拍子。
C3(胸元)が人の腰から肩までをなめるように撮る。リズムは軽く、幸福のリズム。
ICレコーダー、太鼓の音にわずかな遅延。拍子がほぼ同時に二回鳴る。
C4の俯瞰では、輪の半周が一瞬、逆に回る。コマ落ちかと思われる奇妙な同期ズレ。
人々の足元に石の影が二重に付き、片方の影は微妙に遅れて動く。

茜「リハでこれだけ揃ってるのすごい」
海斗「俺の研究室じゃ無理」
直哉「研究室で揃うものじゃない」
結衣「揃うって気持ちいいね」
真帆「揃わないものも、好きだけど」

C2が笑いを拾う。笑いは丸く、録音の底で高周波が針のように立つ。波形だけが震える。

18:31:17 参道端/古い看板

「面の小野商店」と薄れて読める木の看板。昭和の書体。
C2が好奇心で寄る。
屋台らしき枠。中は暗い。陳列台に白い箱。箱の表面に印刷された来年の日付「2026」。
C1が冗談めかして箱を指さす。

直哉「未来から届いたお面だって」
海斗「時間は安売りされてる」
結衣「やめなよ、こういうの、不吉だよ」
茜「店番いない。たぶん倉庫」

C3が暗部を持ち上げる自動補正で内部を薄く映す。
陳列台の奥、詰襟の背中。正面は見えない。背中の肩幅は画角の中でわずかに広がって見える。
C4(防犯)はこの屋台を映していない。
編集テロップ:〈境内配置図と不一致/“面の小野商店”の屋台なし〉

18:36:50 SNS配信/スクロールの手

C1の配信画面。コメントが増える。視聴者数「97」。
〈@匿名:背中またいる〉
〈@匿名:踊りの輪、逆回ってない?〉
〈@匿名:音ずれてる〉
直哉が手を振る。

直哉「気のせいだって。——ほら、踊る?」
茜「一曲だけ。録れてる?」
結衣「ライブ落ちそう」
海斗「Wi-Fi拾ってないからな」
真帆「落ちる前に、撮っとこ」

C3が五人の手を映す。指先にベタつく綿飴の砂糖、爪の縁の黒ずみ。
C2の画角外、誰かの指が一瞬画面の上を横切る。皮膚の色は灰褐色。血が薄い。爪が浅い。スクロールするような動き。
しかしC2はオフライン。リアルタイム配信はC1のみ。
編集メモ:C2記録の上に別レイヤを重ねたような痕跡なし。

18:41:02 櫓近く/笑いの滞り

C2が輪の内側に入る。三拍子。
太鼓の音に、遠くの救急車のサイレンがうっすら混ざる。救急車など来ていない。C4の外周カメラにも通行なし。
C1の配信コメント。

〈@匿名:聞こえる? 子どもの声〉
〈@mizu_37:花火いつ?〉
〈@匿名:背中の人、振り向いて〉

真帆(息切れしながら)「ねえ、これ終わったら射的行っていい?」
結衣「行こう。わたし、ぬいぐるみ欲しい」
海斗「俺も」
茜「子どもか」
直哉「全員子ども」

笑い。
ICレコーダーに重なる別の笑い。同じ高さで半拍遅れ。
C3の胸元視界の端、詰襟の背中が輪の途切れたところに立ち、手を下げたまま。拍子を一度も打たない。
C2がズーム。背中はピント外に逃げる。レンズが寄ろうとすると距離が伸びる。

18:47:33 射的/景品棚の奥

射的の銃口。木玉がコーンと短く鳴って飛ぶ。
C2が発射の瞬間をスロウで撮る。玉は景品のぬいぐるみに当たり、落ちる。
棚の奥に鏡。鏡の中に五人。C2の自分。
鏡の端にもう一人分の肩。詰襟。
C1がはしゃぎ声でかき消す。

直哉「やった、くま!」
結衣「小さい」
真帆「でもかわいい」
海斗「俺の研究室に飾る」
茜「粉、ついてる。——何この粉」

結衣の指先。黒い粉。香りはない。
C3がマクロで撮ると粉は花弁の形を模した不整な欠片に見える。
編集メモ:粉は以降、複数カットで付着を確認。

18:52:18 参道端/風鈴と背中

風鈴の連なる屋台。風が通るたび、透明な音が重なる。
C2がスロウで捉える。ガラスの影が石畳に揺れる。
C4の俯瞰に切り替わる。フレーム右手、鳥居の脇に詰襟の背中。ここでも、向き は 一度も 変わらない。
C1コメント欄。
〈@匿名:背中の人、いつからいるの〉
〈@mizu_37:怖いこと言うな〉
〈@匿名:振り向かせて〉
直哉が読んで笑う。

直哉「“背中の人”、流行るな」
茜「タグつけるな」
海斗「幽霊は拡散しない」
真帆「記録は拡散する」
結衣「どちらも、残る」

ICレコーダーに、風鈴の音の間欠に合わせて低いささやきが入る。

声「……呼ぶな……踏むな……」

ノイズ処理で上がる。語尾が古い。
編集テロップ:〈音声は現場の誰にも聞こえていない〉

18:58:36 境内の端/石碑と影

石碑の前で集合写真。C2が三脚使用。
タイマーが点滅。五人が肩を寄せる。
C3は胸元から石碑の銘文を拾う。磨耗した文字。「御鎮魂」「昭和四十九年」。
C4が俯瞰し、石碑の前の影の数を映す。五人。
シャッター。
C2の静止画確認。影は六つ。
振り返ると、影は五つ。
編集テロップ:〈静止画にのみ現れる“六つ目の影”〉

海斗「六って不吉?」
茜「数で怖がるのやめろ」
結衣「じゃあ、今は縁起がいい数にしよう」
真帆「五人のままで?」
結衣「うん。今は」

直哉が笑いながら「今は」を反芻する。

19:03:20 参集/盆踊り本番前

櫓の太鼓が本格的に鳴り始める。
C2が照明の色温度を調整する。赤が濃く、青が沈む。
C1の配信に「花火あと30分」のコメントが複数。視聴者数「211」。
〈@匿名:背中の人、近い〉
C1の画角が揺れる。笑顔の直哉の肩越しに、人波を割る詰襟の背。距離が詰まっている。
C3の胸元は、ぶつかった誰かの布の質感を拾う。厚い木綿。匂いはしない。
ICレコーダーに、太鼓の根音と同じピッチで低いうなり。風切り音ではない。
C4の俯瞰で、参道の一本が暗く抜ける。切れ目が歩くように移動する。

19:08:51 屋台の隙間/笑い声の重複

綿あめの屋台の裏。白い糖の糸が空気に雪のように舞う。
C2が絵を拾う。結衣が指に付いた糖を舐める。
C1がその瞬間を自撮りに差し込む。
C3は胸元から海斗の腰のポーチを抜き取りそうな子どもの手を記録し、すぐに海斗が笑って手を払う。
笑い。
ICレコーダーは同じ笑いを0.5秒遅れてもう一度拾う。同じ声紋。
編集テロップ:〈笑いの重複=挙式案件に類似〉(※別件参照と山名のメモ——この作品内では語られない)

海斗「重ね録りじゃないの?」
茜「そう見えるならそれでいい。——ごめん、やっぱりおかしい」

茜が言い淀む。C2のファインダーの隅に、詰襟の背。距離は二メートル。
茜が目を離して再度見ると、もういない。
C4の俯瞰では、同じ位置に同じサイズで立ち続けている。

19:12:37 社務所脇/配信の乱れ

C1の配信が途切れる。視聴者数が「0」に落ち、数秒で「58」に戻る。
チャット欄が滲む。文字の輪郭が波打つ。
〈@匿名:おい〉
〈@匿名:背中がカメラの内側にいる〉
直哉はスマホの設定をいじりながら笑ってみせる。

直哉「たまに落ちるんだよ。気にしないで」
結衣「今、誰に言ってるの」
直哉「誰か」

C3が社務所の貼り紙を撮る。「踏むな 神域」。
ICレコーダーに同じ言葉が低く重ねられる。「ふむな」。
C2は意図せずシャッターを切る。窓ガラスに五人と一つの背中。
編集テロップ:〈鏡・ガラス面における背中の持続時間:本体より長い〉

19:18:59 盆踊り本番/輪の崩れ

本番の太鼓。
C2がスロウを止め等倍で回す。輪が動く。
C4の俯瞰。輪が一瞬二重になる。外輪と内輪。内輪は逆回転。
C3が胸元で呼吸を拾う。良太の息に、別人の呼吸が同時に混じる。肺活量の少ない老人のリズム。
C1の配信。
〈@匿名:太鼓、二回聞こえる〉
〈@匿名:今、誰か消えた〉
C1の画面端、輪の一部が空白になる。空白が移動する。
空白の内側から、笑い声。
笑い声は、誰の口にも合わない。

真帆(息が上ずって)「ねえ、手、つないでいい?」
結衣「いいよ」
海斗「おい、俺も」
茜「しょうがない」
直哉「ライブ、落ちる」

笑い。
同じ笑いが半拍遅れで重なる。ICレコーダーは先に拾い、端末は後で拾う。

19:25:14 参道中央/未来日付の面

「面の小野商店」と思しき場所に戻る。
C2が暗部を開く。白い箱の並び。上から二段目の箱に、はっきり**「2026/08/15」**の印字。
C1がためらい、箱に手を伸ばしかけて引っ込める。

直哉「やっぱり触らない。怒られる」
茜「誰に」
直哉「わからないけど」

C3が箱の側面を拾う。粉。黒い。
C4の俯瞰では、その場所には屋台がない。ただの通路。人が通り過ぎる。
編集テロップ:〈カメラ間で一致しない配置/“記録ごとの境内”〉

19:29:07 休憩/石段に座る

石段に腰掛け、ラムネのビー玉を指で押す。澄んだ音。
C2が近距離で顔を撮る。汗と粉と、光。
C1の配信。視聴者数「302」。
〈@匿名:背中の人、近い〉
〈@匿名:もうすぐ花火〉
〈@匿名:帰れ〉
〈@匿名:渡すな〉
スクロールが速い。直哉の親指が追いつかない。
C3は胸元の鼓動を拾う。速い。
ICレコーダーに遠雷。天気は晴れ。
C4の俯瞰、鳥居の影の詰襟が一歩前へ出る。初めて動く。こちらへ向かってくる。

結衣「ねえ、見た?」
茜「何を」
結衣「鳥居の——」

ラムネのビー玉が勝手に落ちる。音は少し遅れて鳴る。
編集メモ:オーディオ・ビデオのズレ=意図した演出に見えるほどだが、全端末で発生。

19:33:33 神前の脇/誰かの名

C2が結衣の横顔に寄る。視線が宙を追い、唇が声のない名前を形づくる。
C1がズームで拾う。
音 は 出ない。
ICレコーダーが低く反復する。

声「……呼ぶな……名を……」
結衣が首を振る。「なんでもない」と口の形。
C4の俯瞰に詰襟。今度は背中が少し斜め。顔の輪郭が紙のように薄く、こちらを向きかけて——画が短く欠落。

編集テロップ(赤):〈C4にフレーム欠落/他カメラ同時欠落〉

19:36:01 神楽殿の陰/笑いの途切れ

神楽殿の陰でひと呼吸。
C2が息を吐く茜を撮る。髪の生え際に粉。
C1はライブを一度切って保存に回す。保存プログレスバーが0→47→12→83と逆行しながら進む。
C3の胸元に、人の肩がぶつかる。厚い布。
画面の端、詰襟の背。真横をすれ違う。
匂いがない。温度がない。
ICレコーダーに祭囃子が反転して混ざる。笛が低く、太鼓が高い。

海斗「変だよな、絶対」
茜「変じゃないとしたら」
海斗「俺たちのほうが変?」
真帆「記録のほうが正しいこともある」
結衣「じゃあ、見なきゃよかった?」
直哉「見たから、残る」

全員が一瞬黙る。
C4の俯瞰で、五人の頭上に六つ目の影が落ちる。丸い、小さな影。子どもの頭ほどの大きさ。

19:39:44 参道戻り/紙灯籠の列

紙灯籠が並ぶ参道。油紙に墨書の名前。
C2が一つひとつをパン。
「田村家」「山名」「——」白紙。
白紙が増える。
C1が指でなぞる。指先に粉。
ICレコーダーが紙の擦れる音を拾う。裏から誰かが書く音。
しかし裏は空。
C4の俯瞰は灯籠列を映すが、白紙はない。すべてに名前。
編集テロップ:〈名の有無が媒体により不一致〉

真帆「名前がないと、ここにいないことになる?」
結衣「ここにいるけど、いなかったことになる」
海斗「量子かよ」
茜「冗談で済ませるには、数が合いすぎ」
直哉「数?」

直哉が周囲を見渡す。
C3は胸元で数える。指で。ひとつ、ふたつ、みっつ——
C1の音声が一瞬、途切れる。

19:42:18 神社前広場/合流前の静けさ

花火開始のアナウンスまであと十五分。
広場の人の流れがいったん緩む。
C2が手持ちで、静かな絵を拾う。
遠く、田の向こうで蛙が鳴く。
ICレコーダーに蛙と潮騒が重なる。ここは内陸。
C4の俯瞰で、鳥居の脇に詰襟。再び静止。
C3は胸元を固定し、空を仰ぐ。
青が夜に落ちる。
C1が配信を再開する。視聴者数「351」。
〈@匿名:最後まで見届ける〉
〈@匿名:背中、こっち来い〉
〈@匿名:呼ぶな〉
〈@匿名:踏むな〉

直哉「じゃ、花火始まったら、橋の上に移動——」
茜「混むよ」
海斗「でも見やすい」
真帆「下からでも綺麗」
結衣「どこからでも、映る」

結衣の言葉に、C2のオートフォーカスが一瞬迷う。
画面の奥で、空席のような暗い塊が人の流れに逆行して歩く。
誰もよけない。
塊だけが人をよける。

19:44:59 石畳中央/視界の内側

C2が構え直す。
ファインダーの内側に指。
自分の手ではない。灰褐色。浅い爪。
スクロールする。C2は録画中。
映像の内側を誰かが触る。
茜が息を詰める。
C1が笑って取りなす。

直哉「レンズの前に虫が——」
茜「虫にしては、手の形をしてた」
海斗「虫の手もある」
真帆「あるよ」
結衣「どこにでも」

C4の俯瞰で、鳥居の詰襟が初めて、顔をこちらへ向け——
画が欠落。
ICレコーダーにビー玉の音。ラムネはもう飲み終わっているはず。

19:47:30 境内端/記録の縫い目

屋台の隙間。C3が胸元で布の縫い目を拾う。
糸が逆回転で結ばれていくように、ほつれが元に戻る。
C2は五人の顔を順に撮る。
C1の配信は時刻表示が瞬間的に逆行する。「19:47→19:46→19:47」。
コメント欄に一瞬だけ、1974/08/15の古い書式の日付が流れる。
〈@匿名:戻すな〉
〈@匿名:渡すな〉
〈@匿名:帰れ〉
C4の俯瞰で、石碑に六つ目の影。
石碑の銘文「昭和四十九年(1974)」が一瞬、濃くなる。

直哉「——やばい、バッテリー」
茜「替えある」
海斗「俺、モバイル」
真帆「間に合う?」
結衣「間に合うよ。映像は、いつも」

映像は、いつも。
ICレコーダーが低く笑う。誰の声でも音でもない、波形の笑い。

19:49:58 鳥居前/移動開始

花火が鳴る前の群集移動。
C2がパン。
C1が自撮りで列を先導しようとする。
C3は胸元の安定した揺れで石段を降りる。
C4の俯瞰、詰襟の背が列の最後尾につく。
誰も気づかない。
C2の画角、最後尾の影の数が合わない。
五人の影に、もうひとつが寄り添う。
足音はひとり分。
影はふたり分。

茜「橋、混んでたら手前で見よう」
海斗「うん」
真帆「わたし、手、つないでいい?」
結衣「つなご」
直哉「記録、回し続ける」

ICレコーダーに笛の音が逆再生で入る。
C1の配信コメント。
〈@匿名:最後まで見届ける〉
〈@匿名:背中が笑ってる〉

背中が笑う。
C2のファインダーで、背中の肩甲骨が拍子を打つように上下する。
拍手の練習みたいに。
拍手は、二度鳴るために、いまここにいる。

編集者メモ(ドラフト)
・第一章の役割は「幸福の密度」と「再生時にだけ現れる異物」の提示。
・背中のルール:向かない、手を打たない、名前を持たない。
・媒体ごとの不一致(C1/C2/C3/C4)を意図的に積層し、読者に“どれが現実か”を選ばせない。
・言葉の反復(踏むな/呼ぶな/渡すな)は、第二章以降の囃子の裏拍に接続。
・花火前で切る。祝祭のピークをまたいで落差を作るため。

——第一章・了(つづく)