“公開まで24時間”——旧校舎の掲示板に貼られたA4用紙は、雨粒の跡で歪んでいた。
1 カウントダウン
ホームルーム前、ざわつく教室。
プリント束の端に、誰かがスマホを当てている。
「見た? これ」
画面には白地の画像。黒い等幅フォントで、たった三行。
明日 18:00
ユナの声の正体、公開
#校内トレンド
(——やる気だ)
喉の奥が乾く。
でも、震えはもう“手順”で抑えられる。
机の下で指を二度、コツ、コツ。
湊がこちらを見て、同じリズムで机を返す。
コツ、コツ。
目と目が合い、“合図は生きてる”ことだけで呼吸が整う。
「佐倉、あとで——」
「音楽室」
短い言葉が、二人の間を最小限の距離で往復した。
2 戦略会議(昼休み)
音楽室の隅、譜面台が並ぶ列の影。
鍵はかけない。逃げ道を塞がないのが、俺たちの新ルール。
「相手は“声”を晒すつもりだ」
「うん」
「ピッチ調整だけじゃ止められない。癖は残る」
「じゃ、逆に癖を外す」
湊が即答する。
「どうやって?」
「“無音”を出す」
「……無音?」
「そう。音がないコンテンツを、向こうの手で拡散させる」
湊の目が、いたずらじゃなく“真面目な冴え”で光る。
「『晒す』を押した瞬間にタイムラインに流れるのが〈無音の2分〉だったら?——みんな、逆に聴く。“音がないのに落ち着く”って。
そして、その由来を探す。“寄りかかる練習”の手順が文として固定される」
心臓が一段、軽くなる。
同時に、罪悪感が顔を出す。
「でも、それは晒しを利用する」
「違う。晒しの刃を折るだけ。君の素顔も生活も守る。
“無音”は君の声の証拠じゃない。態度の証拠だ」
“態度の証拠”。
俺が最も信じられる言葉を、湊は一発で拾う。
「技術はある?」
「ある。ユナ台本の“間”だけを抽出する。
〈吸って〉〈吐いて〉の行間、息の場所、指示語だけ。
音はゼロ。文字2行×3セット。
公開先は“影”の投げ込み用クラウドに同時投下——ID追跡は迅がやる」
「……いける」
脳内で段取りが音を立てて組み上がる。
声よりも先に、無音で世界を整える。
——皮肉だけど、やれる。
湊がピアノの側板を指でコツ、コツ。
「合図」
俺も譜面台をコツ、コツ。
「無事」
同時に、メトロノームが内側でカチリと噛み合う感覚がした。
3 “正体”の推理合戦(五限後)
廊下の掲示板に、また紙が足されていた。
“声紋一致度 86%”なんて真面目くさったグラフのコラ。
笑い声。軽口。
「男でも良くね?」「BL尊い」「いやガチ恋はしんどいだろ」
誰の言葉にも“責任”がない。
——だからこそ、刺さることがある。
湊は立ち止まらない。
ただ、俺の歩幅に合わせて歩く。
合わせる。寄りかかる。半分こ。
それだけで、掲示板の紙は紙に戻る。
4 呼吸の位置(放課後直前)
音楽室。
窓の外は、予報どおりの小雨。
湊がピアノ椅子に座り、鍵盤に触れる前に言った。
「——聞く準備できてる」
「何を」
「君の“本当”」
逃げ道は、やさしく塞がれている。
俺のために空席を残しながら、それでもまっすぐに。
ずるい。完璧に効く。
「……順番でいく」
「うん」
「俺は“ユナ”だ」
言葉が出た瞬間、世界の透明度が上がった。
嘘を一枚、舌の上から剥がす感覚。
代わりに残ったのは、軽さと、責任。
湊は、笑わない。歓声も上げない。
目尻をわずかに柔らげ、ほんの少しだけ首を縦に振る。
それは“ありがとう”の頷き。
俺の最初の“本当”を、軽々しく扱わない、態度の証拠。
「次」
自分に言い聞かせるみたいに続ける。
「俺は君に——朝霧湊に、恋してる」
沈黙。
ピアノ線が空気の下で震えるほどの、良い沈黙。
湊が、ゆっくりと息を吸った。
「俺は、ユナに恋して、陽に惚れた。どっちも同じ君だ」
胸の真ん中で、二本の糸が結び目になってほどけた。
怖さが消えたわけじゃない。
でも、怖さの居場所がわかった。
「で——18:00」
湊が腕時計を見て、指を二度、コツ、コツ。
合図。
作戦開始まで、あと五分。
5 “無音の2分”の仕込み
ノートPCを開く。
迅が用意した**“投下用ページ”は、影が使ってきた匿名アップローダのミラー**。
同一UI、同一ボタン配置。
拡散癖のある連中は、手癖で押す。
押した先に、音のない2分を置く。
テキストはたった三行×3セット。
すー……はー……(吸って、吐いて)
肩の力を、半分こ
無事は、ここに置いていける
湊が俺の手首に軽く触れる。
「震えてる?」
「整ってる」
「良かった」
触れて、すぐ離す。
距離のルールを守る手つきで。
17:59。
校内Wi-Fiが一瞬だけ重くなる。
18:00。
——押す音が、どこかで鳴った気がした。
小さな、確かなクリック。
タイムラインが一斉に流れだす。
???「来たwww」
???「音、ない?」
???「え、無音なのに落ち着くの何」
???「文字だけで泣きそう #半分こ #無事」
(乗った)
湊が、目だけで笑う。
俺の胸の奥のメトロノームは、俺たちのテンポで刻み続ける。
でも、影は終わらない。
次の手が来る。
6 影の“次の手”
通知が弾ける。
《匿名: “次は姿を撮る”。文化祭準備、放課後18:30、体育館裏》
被害者を“次の舞台”に誘導する短文。
誰に送っている?
俺だけか、クラス全体か。
考えるより、合図だ。
コツ、コツ。
湊が返す。
コツ、コツ。
「行かないのが正解」
「……でも、空白ができる」
「なら、空白を埋める絵をこちらが用意する」
湊が即答する。
「どうやって」
「体育館“表”で、片付けボランティアを増やす。
人の目がある場所で、人の手を動かす。
“裏”に行く理由を、表に塗り替える」
影は、人目のない場所を欲しがる。
俺たちは、人目のある場所を選び続ける。
態度で勝つ。
7 片付けの手、支える手(18:30)
体育館“表”は、横断幕の巻き上げで人が集まっていた。
湊が先頭に立って段取りを出す。
「脚立、押さえて」「ロープ、こっち」「床、濡れてるから注意」
声は大きくない。でも届く。
俺はロープの結び目を教えて回る。
「こう。引くんじゃなくて寄せる」
「おー、ほどけない!」
笑い声が増える。
観客が参加者に変わる音がした。
その間、迅が“裏手”の死角をぐるりと回る。
トランシーバが短く鳴った。
「影、一人。スマホ構え。……見てるだけ。表は撮れない」
「了解」
湊が俺の側で頷く。
「表の作業、もう一段増やす。片付け延長」
「延長?」
「時間をずらす。影の“予告時刻”を外す」
人手が、時間を守ってくれた。
影は、時刻に縛られている。
俺たちは、互いの呼吸に縛られている。
8 “嘘をやめるために”
片付けが一段落した19:05。
体育館の照明が一つ、二つと落ちる。
人が引き、音が薄くなる。
湊が、俺にだけ届く声で言う。
「——音楽室、行ける?」
「行ける」
鍵はかけない。
ピアノ椅子の端に、空席。
俺はそこに座る。
“半分こ”の距離で。
「さっきの、言い直させて」
「うん」
「俺は、君に恋してる」
「……」
「嘘をやめたい。君の前で」
“嘘をやめたい”。
ユナをやめる、ではない。
隠すための嘘をやめる。
声で、態度で、生きる。
その覚悟が、音もなく部屋に満ちた。
俺は頷く。
それから、ほんの一瞬だけ肩を預けた。
湊は何も言わず、支えもしない。
ただ、そこにいた。
(それでいい。今は、これがいい)
——と、その時。
スマホが震える。
迅から。
《影、動いた。裏口から退避。足が速い。……でも、置き土産》
《何》
《USB。廊下の掲示にテープ留め》
湊と目を合わせる。
コツ、コツ。
合図。
行く。
“置き土産”は、開けてはいけない。
公式の窓口へ渡す。
でも、掲示から剥がすのは、俺たちの役目だ。
「行こう」
「うん」
音楽室の鍵を、かけないまま背にする。
選んだのは、逃げ道を塞がない勇気。
——廊下の端で、白いテープが蛍光灯に鈍く光っていた。
白いUSBに、黒の油性で一語。
「君へ」。
差出人は名乗らないまま、次の舞台を用意していた。
9 USBの中身
旧校舎の掲示板から剥がしたUSB。
白いプラスチック、黒いマジックで「君へ」とだけ書かれている。
開くのは危険。俺と湊はすぐに迅へ提出する。
解析の結果——
「中身は、加工済みの“声”だ。確かにユナのASMR。でもピッチが変えられてる」
(やっぱり……)
「でもね、これ、素人の加工。波形に“修正痕”がバリバリ残ってる」
迅の指がモニタを示す。
「つまり——証拠にはならない。ただのノイズだ」
胸の奥の重しが少し外れる。
湊が俺の肩を軽く叩いた。
「無事」
「半分こ」
短い合図で、足元が安定する。
10 告白の完成形
夜。
音楽室。
ピアノの黒い面に、自分の顔と湊の顔が並んで映っていた。
「……もう一回、言わせて」
俺は深呼吸して、まっすぐ彼を見た。
「俺は——ユナで、佐倉陽で、君が好きだ」
湊は笑わない。ただ、頷いた。
「ありがとう。俺は、ユナに救われて、陽に惚れた。
どっちも同じ君だから、俺は幸せだ」
——涙が出るかと思った。
でも、出なかった。
代わりに、胸の奥で確かなリズムが鳴っていた。
コツ、コツ。
机を指で叩く音。
湊も同じリズムで返す。
コツ、コツ。
ふたりの間に、合図が確定した瞬間だった。
11 最後の舞台
その夜遅く。
文化祭公式アカウントに、一枚の画像が匿名で投げ込まれた。
白地に黒字。
【明日、文化祭本番。ユナの“素顔”公開】
——戦いは、最終日へ持ち越された。
1 カウントダウン
ホームルーム前、ざわつく教室。
プリント束の端に、誰かがスマホを当てている。
「見た? これ」
画面には白地の画像。黒い等幅フォントで、たった三行。
明日 18:00
ユナの声の正体、公開
#校内トレンド
(——やる気だ)
喉の奥が乾く。
でも、震えはもう“手順”で抑えられる。
机の下で指を二度、コツ、コツ。
湊がこちらを見て、同じリズムで机を返す。
コツ、コツ。
目と目が合い、“合図は生きてる”ことだけで呼吸が整う。
「佐倉、あとで——」
「音楽室」
短い言葉が、二人の間を最小限の距離で往復した。
2 戦略会議(昼休み)
音楽室の隅、譜面台が並ぶ列の影。
鍵はかけない。逃げ道を塞がないのが、俺たちの新ルール。
「相手は“声”を晒すつもりだ」
「うん」
「ピッチ調整だけじゃ止められない。癖は残る」
「じゃ、逆に癖を外す」
湊が即答する。
「どうやって?」
「“無音”を出す」
「……無音?」
「そう。音がないコンテンツを、向こうの手で拡散させる」
湊の目が、いたずらじゃなく“真面目な冴え”で光る。
「『晒す』を押した瞬間にタイムラインに流れるのが〈無音の2分〉だったら?——みんな、逆に聴く。“音がないのに落ち着く”って。
そして、その由来を探す。“寄りかかる練習”の手順が文として固定される」
心臓が一段、軽くなる。
同時に、罪悪感が顔を出す。
「でも、それは晒しを利用する」
「違う。晒しの刃を折るだけ。君の素顔も生活も守る。
“無音”は君の声の証拠じゃない。態度の証拠だ」
“態度の証拠”。
俺が最も信じられる言葉を、湊は一発で拾う。
「技術はある?」
「ある。ユナ台本の“間”だけを抽出する。
〈吸って〉〈吐いて〉の行間、息の場所、指示語だけ。
音はゼロ。文字2行×3セット。
公開先は“影”の投げ込み用クラウドに同時投下——ID追跡は迅がやる」
「……いける」
脳内で段取りが音を立てて組み上がる。
声よりも先に、無音で世界を整える。
——皮肉だけど、やれる。
湊がピアノの側板を指でコツ、コツ。
「合図」
俺も譜面台をコツ、コツ。
「無事」
同時に、メトロノームが内側でカチリと噛み合う感覚がした。
3 “正体”の推理合戦(五限後)
廊下の掲示板に、また紙が足されていた。
“声紋一致度 86%”なんて真面目くさったグラフのコラ。
笑い声。軽口。
「男でも良くね?」「BL尊い」「いやガチ恋はしんどいだろ」
誰の言葉にも“責任”がない。
——だからこそ、刺さることがある。
湊は立ち止まらない。
ただ、俺の歩幅に合わせて歩く。
合わせる。寄りかかる。半分こ。
それだけで、掲示板の紙は紙に戻る。
4 呼吸の位置(放課後直前)
音楽室。
窓の外は、予報どおりの小雨。
湊がピアノ椅子に座り、鍵盤に触れる前に言った。
「——聞く準備できてる」
「何を」
「君の“本当”」
逃げ道は、やさしく塞がれている。
俺のために空席を残しながら、それでもまっすぐに。
ずるい。完璧に効く。
「……順番でいく」
「うん」
「俺は“ユナ”だ」
言葉が出た瞬間、世界の透明度が上がった。
嘘を一枚、舌の上から剥がす感覚。
代わりに残ったのは、軽さと、責任。
湊は、笑わない。歓声も上げない。
目尻をわずかに柔らげ、ほんの少しだけ首を縦に振る。
それは“ありがとう”の頷き。
俺の最初の“本当”を、軽々しく扱わない、態度の証拠。
「次」
自分に言い聞かせるみたいに続ける。
「俺は君に——朝霧湊に、恋してる」
沈黙。
ピアノ線が空気の下で震えるほどの、良い沈黙。
湊が、ゆっくりと息を吸った。
「俺は、ユナに恋して、陽に惚れた。どっちも同じ君だ」
胸の真ん中で、二本の糸が結び目になってほどけた。
怖さが消えたわけじゃない。
でも、怖さの居場所がわかった。
「で——18:00」
湊が腕時計を見て、指を二度、コツ、コツ。
合図。
作戦開始まで、あと五分。
5 “無音の2分”の仕込み
ノートPCを開く。
迅が用意した**“投下用ページ”は、影が使ってきた匿名アップローダのミラー**。
同一UI、同一ボタン配置。
拡散癖のある連中は、手癖で押す。
押した先に、音のない2分を置く。
テキストはたった三行×3セット。
すー……はー……(吸って、吐いて)
肩の力を、半分こ
無事は、ここに置いていける
湊が俺の手首に軽く触れる。
「震えてる?」
「整ってる」
「良かった」
触れて、すぐ離す。
距離のルールを守る手つきで。
17:59。
校内Wi-Fiが一瞬だけ重くなる。
18:00。
——押す音が、どこかで鳴った気がした。
小さな、確かなクリック。
タイムラインが一斉に流れだす。
???「来たwww」
???「音、ない?」
???「え、無音なのに落ち着くの何」
???「文字だけで泣きそう #半分こ #無事」
(乗った)
湊が、目だけで笑う。
俺の胸の奥のメトロノームは、俺たちのテンポで刻み続ける。
でも、影は終わらない。
次の手が来る。
6 影の“次の手”
通知が弾ける。
《匿名: “次は姿を撮る”。文化祭準備、放課後18:30、体育館裏》
被害者を“次の舞台”に誘導する短文。
誰に送っている?
俺だけか、クラス全体か。
考えるより、合図だ。
コツ、コツ。
湊が返す。
コツ、コツ。
「行かないのが正解」
「……でも、空白ができる」
「なら、空白を埋める絵をこちらが用意する」
湊が即答する。
「どうやって」
「体育館“表”で、片付けボランティアを増やす。
人の目がある場所で、人の手を動かす。
“裏”に行く理由を、表に塗り替える」
影は、人目のない場所を欲しがる。
俺たちは、人目のある場所を選び続ける。
態度で勝つ。
7 片付けの手、支える手(18:30)
体育館“表”は、横断幕の巻き上げで人が集まっていた。
湊が先頭に立って段取りを出す。
「脚立、押さえて」「ロープ、こっち」「床、濡れてるから注意」
声は大きくない。でも届く。
俺はロープの結び目を教えて回る。
「こう。引くんじゃなくて寄せる」
「おー、ほどけない!」
笑い声が増える。
観客が参加者に変わる音がした。
その間、迅が“裏手”の死角をぐるりと回る。
トランシーバが短く鳴った。
「影、一人。スマホ構え。……見てるだけ。表は撮れない」
「了解」
湊が俺の側で頷く。
「表の作業、もう一段増やす。片付け延長」
「延長?」
「時間をずらす。影の“予告時刻”を外す」
人手が、時間を守ってくれた。
影は、時刻に縛られている。
俺たちは、互いの呼吸に縛られている。
8 “嘘をやめるために”
片付けが一段落した19:05。
体育館の照明が一つ、二つと落ちる。
人が引き、音が薄くなる。
湊が、俺にだけ届く声で言う。
「——音楽室、行ける?」
「行ける」
鍵はかけない。
ピアノ椅子の端に、空席。
俺はそこに座る。
“半分こ”の距離で。
「さっきの、言い直させて」
「うん」
「俺は、君に恋してる」
「……」
「嘘をやめたい。君の前で」
“嘘をやめたい”。
ユナをやめる、ではない。
隠すための嘘をやめる。
声で、態度で、生きる。
その覚悟が、音もなく部屋に満ちた。
俺は頷く。
それから、ほんの一瞬だけ肩を預けた。
湊は何も言わず、支えもしない。
ただ、そこにいた。
(それでいい。今は、これがいい)
——と、その時。
スマホが震える。
迅から。
《影、動いた。裏口から退避。足が速い。……でも、置き土産》
《何》
《USB。廊下の掲示にテープ留め》
湊と目を合わせる。
コツ、コツ。
合図。
行く。
“置き土産”は、開けてはいけない。
公式の窓口へ渡す。
でも、掲示から剥がすのは、俺たちの役目だ。
「行こう」
「うん」
音楽室の鍵を、かけないまま背にする。
選んだのは、逃げ道を塞がない勇気。
——廊下の端で、白いテープが蛍光灯に鈍く光っていた。
白いUSBに、黒の油性で一語。
「君へ」。
差出人は名乗らないまま、次の舞台を用意していた。
9 USBの中身
旧校舎の掲示板から剥がしたUSB。
白いプラスチック、黒いマジックで「君へ」とだけ書かれている。
開くのは危険。俺と湊はすぐに迅へ提出する。
解析の結果——
「中身は、加工済みの“声”だ。確かにユナのASMR。でもピッチが変えられてる」
(やっぱり……)
「でもね、これ、素人の加工。波形に“修正痕”がバリバリ残ってる」
迅の指がモニタを示す。
「つまり——証拠にはならない。ただのノイズだ」
胸の奥の重しが少し外れる。
湊が俺の肩を軽く叩いた。
「無事」
「半分こ」
短い合図で、足元が安定する。
10 告白の完成形
夜。
音楽室。
ピアノの黒い面に、自分の顔と湊の顔が並んで映っていた。
「……もう一回、言わせて」
俺は深呼吸して、まっすぐ彼を見た。
「俺は——ユナで、佐倉陽で、君が好きだ」
湊は笑わない。ただ、頷いた。
「ありがとう。俺は、ユナに救われて、陽に惚れた。
どっちも同じ君だから、俺は幸せだ」
——涙が出るかと思った。
でも、出なかった。
代わりに、胸の奥で確かなリズムが鳴っていた。
コツ、コツ。
机を指で叩く音。
湊も同じリズムで返す。
コツ、コツ。
ふたりの間に、合図が確定した瞬間だった。
11 最後の舞台
その夜遅く。
文化祭公式アカウントに、一枚の画像が匿名で投げ込まれた。
白地に黒字。
【明日、文化祭本番。ユナの“素顔”公開】
——戦いは、最終日へ持ち越された。



