氷の王と炎の巫女



 春は、仕事が遅い。
 けれど、その遅さに耐えかねる者は、いつだって「早める術」を欲しがる。欲望に宗教の衣を着せるのは、簡単ではないが難しくもない。白い布は、だいたいの焦りを隠す。

 最初の噂は、孤児院の門の蝶番の油が切れた朝に、蜂蜜屋の老婆の籠からこぼれ落ちた。
 「聴いたかい。教団が“永久春”とやらを――」
 言い切る前に、子どもが走り抜け、薄紅の紙片が路地に舞う。紙には、見慣れない紋章が刷られていた。春の花。だが、花弁の中心に小さな火の目が描かれている。目はいつでも監視の形をしている。

 灯璃(あかり)は、紙片を拾い上げ、指先で触れた。煤は粉で隠しているが、粉は汗に弱い。春の汗は、冬に比べて見えづらい。
 紙は安い材で、匂いが薄い。けれど言葉だけは濃かった。
 ――永久春。
 ――巫女の核火を祭壇に捧げ、永久炉に変換すれば、国は永遠に温まる。
 ——代償は、ひとり。
 反対側の欄には、古い祈りの断片が巧妙に貼り合わされ、あたかも昔からそう教えられてきたかのように見える編集がなされている。編集は、善意と悪意の中間でいちばん手際がよくなる。

 露台の上で、白い袖が揺れた。
 ヴァルナーは表に出ない。彼は常に「影の温度」を選ぶ。代わりに若い神官が朗々と声を張り上げる。
 「春は、季節ではなく秩序である。秩序は、供犠によって保存される。――記録する」
 記録は刃にも盾にもなる。きょうは刃の顔をしていた。言葉の刃は、まっすぐなものほどよく刺さる。刺さった先で、人は自分の血が温かいことに驚く。

 王城では、午前の評議が、黙って削られた。
 宰相が紙束を抱え、扉の隙間から王の机へ滑らせる。
 「教団、“永久春”の儀式を告知。祭壇は“光の丘”――旧修道院の地下に設置とのこと。三日後、日が傾く時刻」
 セイグリムは指先で机の角を一度叩き、音を消した。音を消すのは、彼の癖であり、祈りの逆だ。
 「祭壇の形状」
 宰相は図面を広げる。古文書から引いた複写だ。
 「中心に核火冠(かくかかん)。四方に引導管。外周に祈輪。巫女の核火を冠に固定し、引導管で結界炉へ。永久炉は祭壇上で稼働を開始。以降、国土に『春を定置』する、という主張です」
 「巫女は」
 「消える。――文言には《天に帰る》とあります」
 言い換えは、宗教と政治の唯一の共通手段だ。

 灯璃は図面に目を落とした。中心の円。引導管。輪――輪という言葉が、頬の内側で金属の味を広げた。
 「輪は渡すため。固定するためじゃない」
 誰にともなく言うと、火の精が胸の底で尾を振った。
 “代価は常に等価とは限らない。彼らは“永久”のほうに等価を寄せたいのだ”
 (永久は、ひとの言葉じゃない)
 “だから、宗教になる”
 イグニスの声は、春の空気の中でやけに澄んで響いた。澄んだ声ほど、耳に残る。

 王は立ち上がり、窓の外を見た。
 広場は人で膨らみ、蜂蜜屋の前には珍しく列ができている。甘いものは、不安な日の唯一の正当化だ。列の向こうで、白い袖が折り畳まれ、骨のように細い指が礼を配っている。
 「――討つ」
 セイグリムの声は短い。
 「討伐軍を編成する。『永久春』の祭壇は破却、関係者は拘束。ヴァルナーには、王命の召喚」
 宰相は頷き、淡々と段取りを並べ始めた。「城下の警邏の増強、祭壇周辺の封鎖、露台での公開告知、輪番と医療隊の配置……」
 王はそこで、灯璃を見た。
 「君は来るな」
 短い言葉は、命令ではなく、祈りでもなく、焦りだった。

 灯璃は即答しなかった。
 図面の核火冠の中心に、自分の名がゆっくり吸い込まれていく錯覚がした。輪が逆回転を始める。春分の夜に得た「分け合う可能性」が、ここでは「ひとりで済ませる誘惑」へ変質する。
 (もし、私ひとりで救えるなら――)
 思ってしまえば、それはもう、祈りより速い罪になる。罪は、抱えてしまえば温かい。温かい罪は、人をよく眠らせる。悪い眠りだ。

 イグニスが、いつになく柔らかい声で囁いた。
 “君の選択は、美しいだろう。けれど孤独だ”
 美しい――という言葉ほど、冷たいものはない。
 灯璃は唇の内側を噛み、はじめて、火に向かって命じた。
 「黙って」
 イグニスが一瞬、尾を止める。
 “命令の口調を覚えたな”
 「黙って、って言ったの」
 “……了解”
 火が黙ると、世界の音がやけに粗くなる。粗い音は、現実の粒の大きさだ。



 教団の宣伝は、手早く、上手かった。
 午前には紙片が路地に溢れ、昼には説法が市場の屋根に届き、夕刻には「永久春の疑似体験」と称する行列が生まれた。輪島の丘に、白い布で囲われた小さなテント。中では、香草の煙と熱い石が用意され、入った者は十五分だけ「春の温度」を味わえる。
 蜂蜜屋の老婆が順番を詰める群衆を横目に、「十五分の春で、十五年を売るつもりかい」と吐き捨てた。
 隣で若い母親が言う。「十五分でも、きょうは要るんだよ」
 要る、という言葉は、倫理を簡単に押しのける。

 灯璃は、丘の外で列の終端を見ていた。
 列は、貧しさに比例して長い。列の中央で、白い袖が蜂蜜湯を配り、「供犠」という言葉を「贈与」に言い換える。言い換えは、贈り物のリボンだ。
 輪番の少年が不安げに灯璃を見上げた。「お姉ちゃん、あれ、本当?」
「春は、置けない。……置いたように見せることは、できる」
 「置いたように見せる春は、嘘?」
 灯璃はうなずかず、首も振らなかった。嘘の判定は、子どもに早すぎる。早く分かるのは、たいてい傷だ。
 少年の指が冷たい。灯璃は輪をひとつ、渡さない温度で掌に乗せた。
 「十五分の春より、五分の休息。こっちのほうが、割がいいときもある」

 露台で、王の告知が始まった。
 セイグリムは面頬をつけず、素手で手摺に触れた。
 「教団の“永久春”の儀式は、国を壊す。永久炉は存在しない。巫女の核火は永久に燃えない。――記録されてきたどの文にも、そんな炉の維持には相互が必要だとある」
 ヴァルナーの若い神官が、すかさず叫ぶ。「王は恐れている! 春を失うことを! 巫女を失うことを!」
 王は頷いた。
 「恐れている。失うことを。だから、分け合う道を整えてきた。熱橋、輪、順番。――失わずに済むための、遅い春だ」
 拍手と罵声が混じった。混じり合いは、街の健康の証であると同時に、病の初期症状でもある。



 討伐軍の編成は、無駄のない速さで進んだ。
 近衛が中核、職人と港の男たちが補助、輪番の少年は搬送と連絡、医療隊は宰相の直配下。王は自ら先頭に立つと告げ、人々は安堵と不安を同時に顔に浮かべた。
 灯璃は、従軍を望んだ。
 「行かないで」ではない。「行かせて」でもない。
 「側にいる」
 王は首を振る。
 「君は後方で輪を。祭壇を破るのは、氷の仕事だ」
 灯璃は唇を噛み、春分の誓いを思い出した。昼は分け合い、夜は分けない。これは昼。分け合いの用法。
 (でも、もし、ひとりで)
 思考がそこまで滑るたび、胸の奥で火が尾を振りかけた。
 「黙って」
 火は従った。従いながら、尾の先でわずかに床を叩く。叩く音は、心拍に似て、心拍より正直だ。



 祭壇のあるという旧修道院は、王都の北側、氷の回廊が山肌に消えかける辺りに口を開けていた。
 石積みの外壁は古く、白苔が低く這い、門の上の聖句は風で半分消えている。聖句は、いつだって風に弱い。
 周囲には白い袖がすでに集まり、祈りの輪を作ってちらばっていた。輪は、見る者の不安を薄める。祈りの輪と灯璃の輪は、形が似ている。中身は違う。似ているものほど、人は混同する。

 王は合図し、近衛が半円を作って前進した。
 「王命。祭壇の使用を禁ずる。関係者は、武器を捨て、両手を見せよ」
 返事の代わりに、祈りの合唱が大きくなった。
 合唱は、武器ではない。だが、武器の前に置かれると、武器を遅くする。
 宰相が細い笛を吹いた。医療隊に合図。後方の天幕に輪が二つ、三つと置かれ、搬送用の橇がならぶ。第二戦線の準備は、先に始まる。

 地下への階段は、薄暗く、湿り、冷えが深かった。
 王は手袋を外し、素手で手すりに触れた。氷の毛細の流れを読み、石の詰まり方から階の広さを推し量る。
 「三つ目の踊り場の脇に、横穴」
 読まれたかのように、横穴から白い袖の群れが現れ、僧兵が短い棍を構えた。祈りの輪が武器に変わる瞬間は、音が少ない。
 近衛長が前に出る。「退け」
 僧兵のひとりが叫ぶ。「永久春――!」
 叫びの末尾を、王の白い路が塞いだ。
 氷は床から一気に盛り上がり、僧兵の足首を縫い、棍の軌道を鈍らせる。鈍った先へ、近衛の棒が刃ではなく打撃で入る。折らず、寝かせる。寝かせた者から順に、医療隊が引き取る。討伐は、討つだけでは勝てない。

 地下祭室。
 そこは、寒さの種類が別だった。
 中央に、図面どおりの核火冠。周囲に引導管。外周には祈輪。
 冠の中心には、まだ人はいない。だが、空が、すでに火の容れ物の形に痩せていた。容れ物が先に出来ると、人は中身を捧げたくなる。順番が逆のものは、宗教になる。

 ヴァルナーがいた。
 白い袖の主は、祭室の半ばで静かに立ち、若い神官に記録を取らせ、自分は手を合わせてもいない。
 「陛下」
 彼は礼もせず、ただ名で呼んだ。「セイグリム」
 名前は、刃よりも深く入る。
 王は頷く代わりに、冠へ視線を移した。
 「やめろ」
 ヴァルナーは首を傾げた。「やめるのは、恐れだ。恐れは、秩序の敵であり、信の苗床である。私は後者を選ぶ」
 「君の苗床は、彼女ひとりの骨で出来ている」
 「ひとりは、多で救われる」
 言葉は平行のまま、互いに届かない。届かないと分かると、人は声を大きくする。声が大きくなると、意味は軽くなる。

 灯璃は、祭室の入口に立っていた。
 後方に残れと言われた。輪を置けと言われた。分かっている。分かっていても、ここへ来たのは、輪の中心を自分の目で確かめるためだった。
 冠に近づくと、火の空腹が肌を舐めた。
 (ここに、座れば、みんなが温まる)
 心が、その形に合うように沈みかける。沈む前に、灯璃は自分に言った。
 「黙って」
 火は静かになった。静かな火は、言葉を持たない。言葉がない火は、ただの熱になる。熱は、使い方次第だ。

 王が冠に手をかざした。
 氷の紋が甲にうっすら浮かび、薄い赤が脈を打つ。
 「冠の縫い目を探す」
 彼の声は宰相に向けられ、宰相はすでに工具を取り出していた。金ではなく、木の楔。氷と火の間で金属は反抗する。
 「ここです」灯璃が指で示す。引導管の根元――名が引かれている。古い巫女たちの。名は鍵だ。鍵は輪に通すもの。ここでは逆に、輪を固定するために使われている。
 「名を解く」
 王は短く言い、甲の“赤”を薄く広げた。春分の朝に手に入れた、分け合いの可能性。解いて、結ぶ。解かず、結ばない。
 氷が音を立てず、しかし確実に縫い目に入り込む。木の楔がやさしく押され、祈輪の一箇所が緩む。
 ヴァルナーが一歩、前へ出た。
 「永久春は、供犠によってのみ成る。偽るな」
 王は答えず、楔を次へ渡した。
 灯璃は冠から目を離さず、ヴァルナーに向けて言葉を投げた。
 「永久は、孤独です。孤独にしてまで、春を置くの?」
 「春は、孤独を慰める」
 「慰めは、人がする」
 短い言葉は、互いの胸の鍵穴に入らない。入らない鍵は、刃にもならない。ただ床に落ち、冷たくなる。

 その時、祭室の外から叫び声。
 「疑似体験テントで倒れる者が!」
 宰相が顔を上げ、王を見る。
 「持病持ち、子ども、老い――過熱だ」
 ヴァルナーの頬がわずかに動く。
 王は判断を速めた。
 「冠を眠らせる」
 氷の手の甲から、白い冷えが冠へ均等に広がる。冷やしすぎれば割れる。割れれば、火が暴れる。暴れれば、地上の疑似春のテントは炎の袋になる。
 灯璃は輪を冠の外縁に置いた。燃やさない。渡すだけ。
 氷と輪。
 王の“赤”と灯璃の“白”。
 分け合いの温度が、冠の睡眠を選ばせる。
 冠の中央が、わずかに沈み、引導管の口が閉じた。

 「やめろ!」
 ヴァルナーの声がはじめて大きくなった。
 近衛が彼の前に一歩出る。白い袖が翻り、若い神官の筆が床に落ちる。落ちた筆は、記録をやめる。記録の中断は、宗教の最悪の兆しだ。
 ヴァルナーは、灯璃に向かって叫ぶ。
 「君ひとりで救える! それが巫女だ! それが秩序だ!」
 灯璃は冠から目を離さずに答えた。
 「秩序は、順番で作る。ひとりで作る秩序は、檻になる」
 王が短く笑い、それをすぐ消した。
 「檻ではなく、柵を。――門は、彼女が持つ」

 祭室の温度が、目に見えない仕方で変わった。
 冠は眠り、祈輪は沈黙し、引導管は閉じられ、地下の湿りが戻る。戻った湿りに、人の呼吸が戻る。
 ヴァルナーは一歩も引かない。
 「永久春の記録は、消えない。たとえ、きょう阻まれても」
 「記録は消えない。だが、解釈が変わる」宰相が静かに言う。「解釈は、遅い春の作法だ」
 白い袖の群れは崩れず、しかし祈りは小さくなっていった。祈りは、相手の声の大きさで縮む。



 地上では、第二戦線が燃えずに済んだ。
 疑似体験のテントは閉じられ、輪番の少年が列を休息の列に組み替え、蜂蜜屋の老婆が湯を薄めずに配った。「きょうだけは薄めないよ」
 倒れた老人の手は温まり、子どもの頬に薄紅が戻る。薄紅は自然のものだ。人工の薄紅は、唇に塗る以外の用途を持たない。

 王は祭室の入り口で、灯璃を振り返った。
 「戻ろう」
 灯璃は、小さく頷いた。頷いたあとで、冠をもう一度見た。眠る冠は、何も言わない。言葉がないものは、後から神格を与えられやすい。
 (いつか、誰かがまた名前を与える)
 名前は鍵。鍵は輪。輪は分配。
 灯璃は自分の胸の輪に触れず、触れたふりをした。触れないふりは、きょうに限って礼儀だ。

 地上に出ると、太鼓が一度だけ鳴った。
 勝ち太鼓ではない。中止の太鼓。戦も儀式も、まだ終わっていない。
 ヴァルナーは拘束されず、露台に現れず、奥へ消えた。消える者のほうが怖いのは、冬の常識だ。



 夜。
 王の私室は灯が少なく、机の上には面頬と輪と、薄い赤の残光だけがあった。
 灯璃は外套のまま、椅子に座らず立ち尽くした。
 「もし、私ひとりで」
 言いかけて、言葉をのみこんだ。
 王は首を振る。
 「ひとりで、は二度と口にするな」
 言い方は冷たかった。冷たさの中に、春分の誓いが入っていた。
 「分け合うために、婚姻をした。政治ではなく、誓いとして。――君が“ひとり”を言うなら、私は王を言わねばならない」
 王という言葉は、灯璃の胸に鈍い音を残した。
 灯璃は頷き、火の精に向かって囁いた。
 「ねえ、イグニス」
 “黙って”
 「ありがとう。——いまは、ね」
 火は静かに尾を振った。
 “代価は常に等価とは限らない。きょう君が選んだのは、美しさではなく、共有だ。共有は、孤独より汚れる。だが、汚れは人間の温度だ”
 灯璃は笑い、すぐに笑いを消した。笑いは遅い春の燃料だ。燃料を節約する夜だった。

 寝室。
 背中越しの手は、きょうは触れた。
 灯璃の指が、王の指にゆっくり重なる。
 長い一日だった。言わない言葉が増え、言った言葉が減り、増えた黙が減らず、減らした祈りが増える。
 「永久って、ね」
 灯璃が背中越しに言った。
 「置けない」王が答えた。
 「うん。……だから、続けるしかない」
 「続ける」
 短い合意は輪になり、眠りは落ちず、降りてきた。
 降りてくる眠りの中で、灯璃ははじめて自分の胸の火に、命じた言葉が効いたことを確かめる。命じることは、支配ではない。境界だ。境界があるところに、門ができる。門番は交代制だ。



 翌朝、露台に白い袖は現れなかった。
 そのかわり、街角の壁に、夜のうちに貼られた新しい紙が並んだ。
 永久春——中止
 小さな文字で、“一時的に”と添えられている。
 宰相は紙を剥がしながら苦笑いした。「一時的は、いつでも永久になる」
 王は頷き、灯璃に輪をひとつ渡した。燃やさない輪。渡して、戻ってくる輪。
 「遅い春を、続けよう」
 灯璃は輪を胸の上に置き、遠くの修道院の方向を見た。
 冠は眠っている。眠りは、起こされるためにある。
 王の甲の赤が、微かに脈打つ。灯璃の掌の白が、薄く呼吸する。
 分け合いの用法は、きのう定めた。
 きょうはまた、別の用法に出会うだろう。
 春は遅く、宗教は速い。
 速いものに追われながら、遅いほうを続ける。
 それが、人間のやり方だ。

 火の精が最後に尾を振った。
 “代価は常に等価とは限らない。君が言った『黙って』は、火を殺さず、人を立たせた。――これが、きみの方法だ”
 灯璃は頷き、輪を机の右側へ滑らせた。
 蜂蜜屋は飴を薄めず、輪番の少年は泣いて笑い、白い袖は影から文を編み、将軍ルオは風の匂いを嗅ぐ。
 ヴァルナーの“永久春”は、いったん止まった。
 いったん止まったものは、また動く。
 動く前に、言葉を増やし、門を守り、柵を整え、黙らせるべきものにだけ、静かに命じる。
 ――黙って。
 その短い命令の温度を、灯璃は自分の輪郭として持ち運ぶことを覚えはじめていた。