妻を乗せてオデーサに向かったトラックはモルドバに帰ってこなかった。いつもなら必ず翌日の夜に帰って来るのに、夜が明けても戻ってこなかったのだ。
 一気に緊張が走った。ボランティア団体のリーダーが安否を確認するために電話をかけ続けたが、運転手に繋がることはなかった。応答がないというより不通なのだ。何かがあったことは間違いなかった。

 翌朝、心配で眠れない夜を過ごした倭生那に一報がもたらされた。現地スタッフによると、トラックはオデーサで荷物を下ろしたあと、間違いなくモルドバに向けて出発したという。しかし、その後のことについての情報は何も無いという。但し、トラックが出発して少し経った頃から空爆が激しくなり、それもオデーサの北側が凄かったという。そのことから、空爆に遭った可能性は否定できないという。

「妻は?」

 倭生那は心配でならなかった。オデーサに着いたのなら妻はそこで降りたはずだが、確証が欲しかった。

「無事なようです」

 それを聞いてへたり込みそうになった。しかし、又聞きだけでは安心できない。

「声を聞かせて下さい。妻と話をさせてください」

 必死で頼み込んだが、それはできないという。

「何故ですか? 何故できないんですか?」

 必要に食い下がったが、理由を聞いて諦めざるを得なかった。現地スタッフと共に運転手の安否を確認するために捜索に出かけており、しかも、ロシア軍に盗聴されないようにスマホの電源を切っているのだという。

「彼らがオデーサに帰ってくるまで連絡の手段がありません」

 どうしようもないというふうに何度も首を振った。

「でも、何故妻が?」

「それはわかりません。しかし、自分をオデーサに運んでくれた運転手の身に何かが起こったとしたら、じっとしてはいられないのではないでしょうか」

 言われてみればその通りだった。妻の性格からすればただ待っていることなんてできるはずがなかった。

「待ちましょう。奥さんと運転手の無事を祈って待ちましょう」

 それしか方法がないことは明らかだったが、居ても立ってもいられなかった。だから、こちらからも捜索に出ることを提案したが、一蹴された。安全が確認できない間は一台たりとも動かさないという。

「これ以上スタッフを危険に(さら)すことはできません」

 きっぱりと言い切ったリーダーにそれ以上頼みごとをすることはできなかった。

「無事でいてくれ」

 倭生那はオデーサの方角を向いて手を合わせて、頭を垂れた。