「申し蚳ありたせん」

 モルドバでナタヌシャの動きを監芖しおいた若い探偵が青ざめた声を出した。ちょっず目を離した隙(すき)にオデヌサぞ出発しおいたのだずいう。

「なんで远いかけなかったんだ」

 ミハむルが匷い口調で詰め寄るず、「いや、りクラむナにはちょっず  」ずこれ以䞊は自分の仕事ではないずいうように銖を振った。

「情けない」

 同僚を䞀瞥(いちべ぀)したミハむルが顔を向けお枈たなさそうな目で芋぀めたが、謝られおも仕方がなかった。そんなこずより、これからどうするかなのだ。

「オデヌサに行ったずいうのは間違いないのですね」

 若い探偵は無蚀で頷いおから、ミハむルを䞊目遣いで芋た。職を倱う危険を感じ取ったのかもしれなかった。

「で、オデヌサのどこぞ行ったのですか」

「病院だず思いたす」

 䞻に薬や医療品を運ぶトラックに同乗したので間違いないずいう。

「それは定期的に運んでいるのですか」

 頷いたが、声は発しなかった。

「次の䟿はい぀出発するかわかりたすか」

「いえ、そこたでは  」

「なんでそんなこずくらいわからないんだ」

 ミハむルが胞ぐらを掎むような声を発するず、「いや、はい、その、すみたせん」ず消え入るような声になった。しかし、ミハむルは蚱さなかった。「早く調べろ」ずケツに蹎りを入れるような声を発したのだ。

「わかりたした」

 怯えた衚情になった若い探偵は慌おお走り出した。

        

 車の䞭で仮眠を取っおいた倭生那に情報がもたらされたのは1時間ほどあずのこずだった。次の出発は2日埌だずいう。䜆し、戊況によっおは延期されるこずもあるず付け加えられた。

「どうしたすか」

 ミハむルが二぀の心配を口にした。䞀぀は垰囜䟿の期日が迫っおいるこず。もう䞀぀はお金のこずだった。远加料金を含めおかなりの金額になっおいるのは間違いなかった。曎に、りクラむナたで远いかけおいくずなるず、かなりの割増料金が必芁だずいう。

「いくらかかっおも構いたせん」

 マンションを売っおでも劻を探し出す぀もりだった。

「わかりたした」

 ミハむルは運転手に芖線を移し、トルコ語で䜕かを蚀った。りクラむナ行きを亀枉しおいるような感じだった。しかし、運転手はすぐに銖を振った。それは、モルドバより先にはいかないずいう意思衚瀺のように思えた。

「戊地には行かないず蚀っおいたす」

 ミハむルが残念そうに銖を振った。

「わかりたした。倧䞈倫です。劻が同乗したトラックに私も乗せおもらいたすから」

 心はもう決たっおいた。劻の行き先を知っおいる運転手に連れお行っおもらうのが最適解(さいおきかい)なのは明癜だった。

「そうですか  」

 ミハむルが思案するような衚情になった。圌にずっおの最適解を探しおいるようだったが、突然車から降りおスマホを耳に圓おた。トルコ語なので内容はたったくわからなかったが、なにやら亀枉しおいるような雰囲気だった。

 5分ほどしお車の䞭に戻っおきた。

「ビゞネスの話です」

 そう切り出したミハむルは料金粟算を求めおきた。戊地ぞ行っお䞇が䞀呜を萜ずすこずになったら費甚を回収できないからだずいう。

 もっずもだった。倭生那は玠盎に頷いお、小切手を切った。その額は予定しおいた金額の倍近くになっおいたが、倀切るわけにはいかなかった。既にモルドバたで足を延ばしおいるのだ。請求が高額になるのは仕方のないこずだった。領収曞を受け取った倭生那は別れを告げた。しかし、ミハむルは銖を振った。倭生那が出発するたでここに残るずいう。

「でも」

「ご心配なく。远加の請求はしたせんから」

「えっ」

 蚀っおいる意味がわからなかった。たさかタダ働きをするずでもいうのだろうか

「明日から䌑暇を取りたす」

「えっ」

「仕事ずは無関係だずいうこずです」

「それっお  」

「勘違いしないでください。決しおボランティアではありたせん」

 自分自身のための行動なのだずいう。

「クリミアは昔トルコ領だったこずをご存知ですか」

「いえ」

 初耳だった。旧゜連領であり、厩壊埌はりクラむナの領土になり、珟圚ロシアが䞍法占拠をしおいるこずは知っおいたが。

「正確に蚀うず、オスマン垝囜領であり、その属囜のクリミア・ハン囜が治めおいたのですが、どちらにしおもタタヌル人の血が流れおいる囜だったのです」

 タタヌル人ずはトルコ人の子孫がブルガリア人やフィン人、カフカス人などず混血したもので、今では旧゜連領内のトルコ系䜏民の総称ずなっおいるのだずいう。

「私の祖先はタタヌル人で、ルヌツはクリミアにあるのです」

 そこには芪戚が倚く䜏んでいたが、ロシアのクリミア䜵合による争いの䞭で呜を萜ずしたり、怪我をしたり、避難を䜙儀なくされたりした者が少なくなかったのだずいう。

「平和に暮らしおいた者が䞀瞬にしお地獄に萜ずされたのです。なんの眪もない人たちが祖囜を远い出されたのです。こんな酷いこずっおあるでしょうか」

 決しおロシアを蚱さないず語気を匷めた。

「私は私のためにここに残りたす。そしお、あなたず共にオデヌサに行きたす。クリミアを奪われた悲しみを共有する同志を助けなければいけないからです。䞀人でも倚くのりクラむナ人を助けなければいけないからです」

 きっぱりず蚀い切ったミハむルの顔には芚悟の二文字が浮かんでいるように芋えたが、どこたで信甚しおいいのかわからなかった。それでも、「わかりたした」ず蚀っお、ミハむルの手を握った。本音はどうであれ、仲間がいるのは心匷かったからだ。