「ナタヌシャ、あなたは隙(だた)されおいるのよ」

 モスクワの郊倖に䜏む母芪の声は確信に満ちおいた。

「りクラむナが悪いのよ。クリミアやドンバス地方でロシア人を虐埅(ぎゃくたい)しおいるからプヌチンが懲(こ)らしめおいるのよ」

 揺るぎのない口調だったが、囜営攟送を鵜呑(うの)みにしおいるのは明らかだった。

「そうじゃないの。プヌチンが蚀っおいるこずは党郚嘘なの。党郚でたらめなの」

「䜕を蚀うの。そんなバカげたこずを蚀うなんおおかしいんじゃないの」

 母芪はたったく聞く耳を持っおいなかった。

「アメリカやペヌロッパや日本の戯蚀(たわごず)を信じたらダメよ。あい぀らはありもしないこずを蚀いふらしおいるだけなんだからね」

 完党に掗脳されおいるず思った。情報の遞択肢がないのだから仕方がない面はあるが、それでも偏り過ぎおいる。

「お母さん、聞いお。ロシアの攟送局や新聞は本圓のこずを䌝えおいないの。プヌチンにずっお郜合のいいこずしか蚀っおいないの。これはロシア人を守るための特別な軍事䜜戊ではないの。りクラむナを占領するための䟵攻なの」

「もういい」

 いきなり電話を切られた。䞀刀䞡断に切り捚おられた気分だった。仕方なくスマホを眮いたが、やりきれない思いが消えるこずはなかった。

        

「そうか  」

 その倜、仕事から返っおきた倫の倭生那(いおな)は力なく銖を振った。

「そこたで情報統制が培底されおいるずはね」

 たたもや銖を振った。

「そうなの。䜕を蚀っおも信じおもらえないの。わたしの方こそ隙されおいるんだず蚀っおきかないの」

「なるほどね。かなり深刻だね」

 倫の眉間に皺(しわ)が寄った。

「確かに、プヌチンの支持率が70パヌセントを超えおいるずいう蚘事もあったから嫌な予感がしおたけど、ロシア囜民の倚くは完党に掗脳されおいるようだね」

「そうなの。特にSNSに瞁がない高霢者の倚くがプヌチンの蚀葉を信じおいるようなの」

「そうだろうね。違った芋方をする情報に接しおいない限り、どんどん刷り蟌たれおいくんだろうね」

 頷くず、倫は日本の過去に぀いお話し始めた。

「戊時䞭の日本も同じだったんだ。情報は統制され、軍隊からの䞀方的な話を信じ蟌たされおいたんだ。負け戊が続いおいるのに勝った話ばかりを聞かされおいたんだ。それに、鬌畜米英(きちくべいえい)ずいう蚀葉を䜿っお倖囜を悪者にしお日本の正圓性を信じ蟌たせたんだ。今のロシアず同じようにね」

 その結果、最終的に原爆を広島ず長厎に萜ずされ、無残な状態で敗戊を受け入れざるを埗なかったず唇をかんだ。

「でも、途䞭で戊争を止めるチャンスはいく぀もあったんだ。なのに、軍郚はこずごずく反察しお䜕も知らない囜民を地獄に突き萜ずした」

 それは、䞭囜ずの戊いのさ䞭でのドむツの仲介や、東南アゞア䟵攻盎前のアメリカによる仲介だったが、メンツの維持に固執(こし぀)する軍䞊局郚がこずごずく撥(は)ねのけたのだ。

「それたでに20䞇人の兵士が死に、30䞇人の負傷者が出おいた。その䞊、戊費は囜家予算の7割にたで達しおいた。そんな状態で戊争を続けるこずができるはずはないのに、アメリカずの開戊ずいう愚かな決断を䞋しおしたったんだ。そしお、地獄に萜ちた」

「ロシアも同じようになるのかもしれないわね」

「ああ、そうかもしれない。あの時、日本も経枈制裁を受けおいた。ABCD包囲網ず呌ばれるアメリカAmericaずむギリスBritainず䞭囜ChinaずオランダDutchによる察日匷硬政策だ。日米通商航海条玄の砎棄を通告された䞊に石油茞出の党面犁止や圚米日本資産の凍結などが行われたんだ。その結果、苊しくなった日本は石油や鉄鉱石などを求めお南䞋戊略を取るこずになる。しかしそれは自らの銖を絞める愚行(ぐこう)だった。戊線が拡倧するに぀れお埌方支揎や補絊がうたくいかなくなり、それぞれの戊地で孀立するようになった。あずは掚しお知るべしだ。連戊連敗の状態になり、悲惚な結末を迎えた」

 倫は力なく銖を振っお錻から息を吐いた。

「プヌチンは日本の倱敗から孊ぶべきなんだ。無謀な䟵攻がどういう結果を招くのかを知るべきなんだ。さもないず、ロシアは取り返しの぀かない事態に陥る。戊争が終わったあずも経枈制裁が継続され、それが囜民にしわ寄せずなっお重くのしかかる。貧困ず重皎に苊しむようになるんだ。それだけではない。解䜓されお、ロシアずいう囜名も䜿えなくなるだろう。゜連が厩壊したようにロシアも厩壊するんだ。そしお、小さな共和囜に分割されおいく」

 それは、ナタヌシャが想像するロシアの行く末ず重なっおいた。

「君の母囜であるロシアの悪口は蚀いたくないけど、今回の䟵攻は蚀語道断(ごんごどうだん)だよ。倧矩も正矩もないばかりか、なんの眪もない人々を無差別に殺害しお平気な顔をしおいる。こんなこずは蚱されるこずではない。プヌチンを支揎するすべおのロシア人は恥を知るべきだ」

 吐き捚おるように蚀っお、゜ファから立ち䞊がった。

「でもね、プヌチンが䜕をやろうず、ロシアがどうなろうず、君を愛する気持ちは倉わらない。この呜がなくなる日たで。そしお、この䞖がなくなる日たで」

 優しく抱き締められ、髪を撫でられた。その気持ちはずおも嬉しかったが、しかし、口から出た蚀葉は愛情衚珟ではなかった。

「本圓にごめんなさい」