神剣学院学院長の娘――シルヴィア。
シルヴィアのお母様は、神剣学院の学院長であるクレア様。私にとっては叔母にあたる人だ。そのため、シルヴィアとは血の繋がった従妹同士という関係にある。
シルヴィアは天才剣士と呼ばれるほどの実力者で、私もこれまで一度として彼女に勝ったことがない。
もっとも、それは私がサファイアに認められ、契約を結ぶ前の話だ。今の私なら、シルヴィアにだって勝てる自信がある。
「今日はご挨拶に伺ったまでです。直接の手合わせは、ぜひエテルナの審判で」
シルヴィアは表情一つ変えず、淡々と告げた。
しかし、その青紫色の瞳の奥には、わずかな熱を帯びた敵意が宿っているように感じられた。
けれど、それは悪意に満ちた陰湿なものではない。純粋に私を対等なライバルとして認めてくれているからこその、挑戦状のような敵意だった。
「もちろんです、シルヴィア。あなたも全力で私にかかってきてください」
私はそう答え、友人として、そしてライバルとして、彼女に手を差し出した。
差し出された手を見下ろしたシルヴィアは、口元に薄い微笑みを浮かべると、その手をしっかりと握り返した。
剣士らしく鍛えられた彼女の手。その掌には、どこか凛とした冷たさと、優雅な気品が感じられた。
そんな私たちの様子を、サファイアは背後から不機嫌そうな目でじっと見つめていた。
やがて握手を終えると、シルヴィアは再び真剣な表情に戻った。
「最後に、カレン様。一つ、言伝を預かっております」
「言伝? クレア様から?」
私が尋ねると、シルヴィアは静かに首を横に振った。
「いいえ。お母様ではなく、お兄様から言伝を預かっております」
「っ……!」
その言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。
シルヴィアのお兄様からの言伝――それは、つまり……。
「クリオスお兄様より、明日の夜、ご一緒に食事をしたいとのことです」
その名を聞いた瞬間、私はぴくりと肩を震わせた。
クリオス。
その名の響きが、私の中に封じ込めていた過去の記憶の扉を、無理やりこじ開けようとする。
「……分かりました。クリオス様にお会いできることを楽しみにしています、とお伝えください」
私は平静を装い、どうにか返事をした。
シルヴィアは神剣学院の礼儀作法に則って優雅に一礼すると、白いリボンを揺らしながら私たちに背を向け、人混みの中へと消えていった。
「……」
私は彼女の姿が完全に見えなくなるまで、黙って床を見つめていた。
そんな私を心配したのか、サファイアが隣に立つ。
「どうした、カレン? クリオスって誰なんだ?」
サファイアは首を傾げ、心底不思議そうに尋ねてきた。
私は動揺を悟られないよう、唇をきゅっと結んでから、淡々とした口調で答えた。
「クリオス様は、シルヴィアのお兄様です。神剣学院を首席で合格されて、今はクレア様の護衛騎士としてお勤めになっています」
「いや、そういうことを聞いているんじゃなくて……」
サファイアの言いたいことは、薄々察していた。
なぜ私がクリオスという名前にこれほど動揺したのか。そして、彼が私にとってどのような存在なのか。それを知りたいのだろう。
けれど、今はまだ話したくなかった。
「クリオス様は、幼い頃によく私と遊んでくださった方です。サファイアと出会う前のことですから、知らなくて当然ですよ。きっと、久しぶりにローゼス王都へいらしたので、ゆっくり話でもしたいと思われたのでしょう」
私はそう説明し、無理に笑顔を作った。
けれど、心の奥底では、ある予感が拭えずにいた。
クリオスとの再会は、エテルナの審判よりも厄介な問題になるかもしれない。
――だって、彼は私の婚約者なのだから。



