☆ ☆ ☆
目の前に広がるローゼス中央駅の風景を、私はじっと見上げた。
ガラス張りの巨大なドーム状の屋根は、差し込む太陽の光をプリズムのように拡散させ、駅全体を明るく、神殿のように荘厳に照らしている。壁面には、真鍮と黒曜石で作られた精巧な魔導歯車の意匠が幾重にも施され、この場所が魔導文明の中心地であることを示唆していた。床の大理石は、行き交う人々の影を映すほど、まるで鏡のように磨き抜かれていた。
「さすがは王都ローゼス……」
私は小さく呟いた。魔法協会から依頼された仕事や、お父様の家の用事で列車を使う時には、確かにここローゼス駅を利用したものだ。その度に、この駅が持つ圧倒的な威容に息をのむ。
駅の中を行きかう人々の服装も、非常に洗練されている。高位の貴族や、王都で働くエリートらしき人々が、踵を鳴らしながら足早にそれぞれの目的地へ向かっていた。彼らの纏う上質な生地、計算されたデザインは、私が普段目にする装いとは全く違う、都会の緊張感と高潔さを漂わせていた。
「カレン、アレスたちは今日この駅に到着する列車で来るって言っていたんだよな?」
「はい、そうです」
私の隣ではサファイアが壁に背中を預けながら、私の護衛や用心棒と言ったような振る舞いで胸の前で腕を組み、微動だにせず立っている。もちろん、私は彼女にそんなことお願いはしていないのだが。
ただ、ここに来るまでに数人の男性に声をかけられたことを気にしているのか、サファイアは誰にも見られないように人の姿に戻ってからの一時間、ずっと私の側に立っている。そして、こちらをチラチラと見てくる男性には、無言の威嚇を込めた鋭い視線を投げかけているのだ。
もちろんその途方もない威圧感は、彼女の隣に立つ私の肌にもひしひしと伝わってきている。
「まったく、アレスたちと一緒に来ていればな……」
サファイアはそう小さく呟くと、再びこちらをじっと見てきている男性二人組へと、火花が散るような鋭い視線を向ける。男性二人組は、サファイアの視線にビクッと肩を跳ね上がらせ、まるで獣に追い立てられるようにそそくさと走って行ってしまった。
さすがにやりすぎだと感じながら、私は溜息をつきサファイアへと視線を戻した。
「サファイア、流石にやりすぎです。かえって目立ってしまいます」
「仕方ないだろ、これはお前を変な男たちから守るためでもあるんだ」
「で、でも……」
サファイアは「これだけは絶対に譲らないぞ」と、真剣な炎を宿した目つきで訴えかけてくる。
私は観念しつつも、彼女を落ち着かせるために少し意地悪な言葉を選んだ。
「サファイア、安心しても大丈夫ですよ。私の目には先生しか映っていませんから」
「……」
そう言うと、サファイアは組んでいた腕を解き大袈裟に溜息をついた。その時だった。
「カレン様」
「っ!」
私たちがいる場所から少し離れた、静かな空間から名前が呼ばれた。声の主は、迷いのない凛とした響きを持っていた。私はゆっくりと振り返った。
そこには、凛とした佇まいで立つ一人の女性がいた。彼女は、神剣学院の制服――白を基調とした優雅で清廉なデザインに身を包んでいた。
私と同じ青色の髪は、頭頂部でまとめられ、白いシルクのリボンで結ばれたハーフアップになっている。
そして、少しつり目になった整った顔立ちが、一層彼女を知的な美人に見せていた。その青紫色の瞳に、私の姿が映っている。
サファイアも警戒を強め、青紫色の目を細く危険な光を宿らせる。しかし、私の名前を呼んだ人物が誰であるかを知っていた私は、張り詰めた緊張を解くように軽く微笑しながら彼女に歩み寄った。
「シルヴィア! お久しぶりです」
「えぇ、そうですね、カレン様。最後に王都でお目にかかってから、十年ぶりでしょうか?」
シルヴィアは礼儀正しく、一糸乱れぬ動作で私にカーテシーをして見せる。彼女の動作は、神剣学院の生徒らしい完璧な優雅さを備えていた。私の後ろにいるサファイアは、「誰だ?」と小さく呟きながらも、警戒心を緩めずに私たちの様子を伺っていた。
シルヴィアは穏やかな口調を保ったまま、私の背後に立つサファイアへと視線を向けた。
「ところでカレン様、そちらの方はどなた様でしょうか?」
「うっ!」
私は内心で息を呑んだ。
魔剣サファイアが実は人の姿になれる、などということは、絶対にバレるわけにはいかない。もしそんなことを知られてしまったら、他の魔剣も人の姿になれるのだと思われてしまう!
「えっと、シルヴィアは……こちらの方は――」
私がどうにか言葉を選ぼうと焦っていると、サファイアが私を遮って冷え切った声で言い放った。
「……貴様に名乗る名など、持ち合わせていない」
サファイアのその峻烈な一言によって、この場に空気が一気に凍りづいた。ひゅーっと冷たい風が、私たち三人の間をすり抜けるような錯覚に陥る。サファイアはシルヴィアと一言たりとも喋りたくないとでも言っているかのように、完全にそっぽを向いた。
しかし、シルヴィアはサファイアの露骨な敵意を向けられても、いつもの無表情を崩すことなく、ただ一言、冷静に言い放った。
目の前に広がるローゼス中央駅の風景を、私はじっと見上げた。
ガラス張りの巨大なドーム状の屋根は、差し込む太陽の光をプリズムのように拡散させ、駅全体を明るく、神殿のように荘厳に照らしている。壁面には、真鍮と黒曜石で作られた精巧な魔導歯車の意匠が幾重にも施され、この場所が魔導文明の中心地であることを示唆していた。床の大理石は、行き交う人々の影を映すほど、まるで鏡のように磨き抜かれていた。
「さすがは王都ローゼス……」
私は小さく呟いた。魔法協会から依頼された仕事や、お父様の家の用事で列車を使う時には、確かにここローゼス駅を利用したものだ。その度に、この駅が持つ圧倒的な威容に息をのむ。
駅の中を行きかう人々の服装も、非常に洗練されている。高位の貴族や、王都で働くエリートらしき人々が、踵を鳴らしながら足早にそれぞれの目的地へ向かっていた。彼らの纏う上質な生地、計算されたデザインは、私が普段目にする装いとは全く違う、都会の緊張感と高潔さを漂わせていた。
「カレン、アレスたちは今日この駅に到着する列車で来るって言っていたんだよな?」
「はい、そうです」
私の隣ではサファイアが壁に背中を預けながら、私の護衛や用心棒と言ったような振る舞いで胸の前で腕を組み、微動だにせず立っている。もちろん、私は彼女にそんなことお願いはしていないのだが。
ただ、ここに来るまでに数人の男性に声をかけられたことを気にしているのか、サファイアは誰にも見られないように人の姿に戻ってからの一時間、ずっと私の側に立っている。そして、こちらをチラチラと見てくる男性には、無言の威嚇を込めた鋭い視線を投げかけているのだ。
もちろんその途方もない威圧感は、彼女の隣に立つ私の肌にもひしひしと伝わってきている。
「まったく、アレスたちと一緒に来ていればな……」
サファイアはそう小さく呟くと、再びこちらをじっと見てきている男性二人組へと、火花が散るような鋭い視線を向ける。男性二人組は、サファイアの視線にビクッと肩を跳ね上がらせ、まるで獣に追い立てられるようにそそくさと走って行ってしまった。
さすがにやりすぎだと感じながら、私は溜息をつきサファイアへと視線を戻した。
「サファイア、流石にやりすぎです。かえって目立ってしまいます」
「仕方ないだろ、これはお前を変な男たちから守るためでもあるんだ」
「で、でも……」
サファイアは「これだけは絶対に譲らないぞ」と、真剣な炎を宿した目つきで訴えかけてくる。
私は観念しつつも、彼女を落ち着かせるために少し意地悪な言葉を選んだ。
「サファイア、安心しても大丈夫ですよ。私の目には先生しか映っていませんから」
「……」
そう言うと、サファイアは組んでいた腕を解き大袈裟に溜息をついた。その時だった。
「カレン様」
「っ!」
私たちがいる場所から少し離れた、静かな空間から名前が呼ばれた。声の主は、迷いのない凛とした響きを持っていた。私はゆっくりと振り返った。
そこには、凛とした佇まいで立つ一人の女性がいた。彼女は、神剣学院の制服――白を基調とした優雅で清廉なデザインに身を包んでいた。
私と同じ青色の髪は、頭頂部でまとめられ、白いシルクのリボンで結ばれたハーフアップになっている。
そして、少しつり目になった整った顔立ちが、一層彼女を知的な美人に見せていた。その青紫色の瞳に、私の姿が映っている。
サファイアも警戒を強め、青紫色の目を細く危険な光を宿らせる。しかし、私の名前を呼んだ人物が誰であるかを知っていた私は、張り詰めた緊張を解くように軽く微笑しながら彼女に歩み寄った。
「シルヴィア! お久しぶりです」
「えぇ、そうですね、カレン様。最後に王都でお目にかかってから、十年ぶりでしょうか?」
シルヴィアは礼儀正しく、一糸乱れぬ動作で私にカーテシーをして見せる。彼女の動作は、神剣学院の生徒らしい完璧な優雅さを備えていた。私の後ろにいるサファイアは、「誰だ?」と小さく呟きながらも、警戒心を緩めずに私たちの様子を伺っていた。
シルヴィアは穏やかな口調を保ったまま、私の背後に立つサファイアへと視線を向けた。
「ところでカレン様、そちらの方はどなた様でしょうか?」
「うっ!」
私は内心で息を呑んだ。
魔剣サファイアが実は人の姿になれる、などということは、絶対にバレるわけにはいかない。もしそんなことを知られてしまったら、他の魔剣も人の姿になれるのだと思われてしまう!
「えっと、シルヴィアは……こちらの方は――」
私がどうにか言葉を選ぼうと焦っていると、サファイアが私を遮って冷え切った声で言い放った。
「……貴様に名乗る名など、持ち合わせていない」
サファイアのその峻烈な一言によって、この場に空気が一気に凍りづいた。ひゅーっと冷たい風が、私たち三人の間をすり抜けるような錯覚に陥る。サファイアはシルヴィアと一言たりとも喋りたくないとでも言っているかのように、完全にそっぽを向いた。
しかし、シルヴィアはサファイアの露骨な敵意を向けられても、いつもの無表情を崩すことなく、ただ一言、冷静に言い放った。



