シルヴァー・ウィスパー号のスイートルームは、まるで移動する王室のサロンのようだった。磨き上げられた調度品に、柔らかな絨毯。そして、窓の外を流れていく広大な景色。
そんな優雅な空間の中で、ひときわ輝く黄金の瞳があった。
「これは……とても凄いのです!」
エクレールさんは窓に張り付くようにして、興奮を隠せない様子だった。
彼女にとって、目の前に広がる光景は、生まれて初めて目にするものなのだろう。車窓から見える魔導レールの景色、時折すれ違う別の車両、ホームで手を振る人々……そのすべてに目を輝かせ、無邪気にはしゃいでいる。
私とアレス、そしてロキは、そんなエクレールさんの姿に思わず苦笑を漏らした。
(エクレールさんが過ごしていた「あの世界」には、もしかしたら「列車」というものがなかったのかもしれないな……)
私は内心でそう推測した。
初めて見るものに向けられたエクレールさんの表情には、どこか見覚えがあった。私自身も幼い頃、新しい魔導具や乗り物を目にした時、同じような顔をしていた気がする。
そんな昔の記憶が蘇り、少しだけ気恥ずかしくなった。
「これは一体どうやって動くのでしょうか? あっ! あそこには見たことのない食べ物が売っているのですね! あら! あそこにはサファイアやレーツェルに似合いそうなアクセサリーがあるのですね!」
エクレールさんは、矢継ぎ早に質問や感想を口にする。
うん、本当に子供のように無邪気にはしゃぐ人だ。
そう思っているのは私だけではないらしく、アレスも面白そうに苦笑しながら頬をかいていた。
そんな中、私の隣にいたロキが感嘆の声を漏らす。
「それにしたって、さすが理事長だよなぁ。ソフィアちゃんのために、こんなスイートルームまで用意するんだもんな」
「理事長はソフィアのことを溺愛しているからね」
アレスは、やれやれといった表情で答えた。
私自身も、まさか豪華列車のスイートルームまで用意してもらえるとは思っておらず、正直なところ戸惑っていた。
そんな時、アレスがふと真面目な顔になり、私に尋ねた。
「ソフィア、お父さんとはちゃんと話をしたのか?」
「……ううん、まだだよ。ヴァリス・エテルニタスから帰ってきたら、ゆっくり話そうってことになってる」
私は少し俯きながら答えた。
本当は、ラスールから帰ってきた時点で、父様と話をするべきだったのかもしれない。
けれど、父様は学校の復旧作業に関する手続きで忙しそうにしていたし、ここ二週間ほどは出張で家を空けていた。そのため、お互いに落ち着いて話す時間を作れずにいたのだ。
だから今回、ヴァリス・エテルニタスへ行く許可をもらいに行った際、私は父様に「帰ってきたら話したいことがあるの」と伝えていた。
父様も、私が何を話そうとしているのか、薄々気づいているようだった。
それでも、父様は「もちろんだ」と優しく微笑んでくれた。
その時だった。
つい先ほどまで興奮冷めやらぬ様子で窓の外を眺めていたエクレールさんが、いつの間にか私の傍まで歩いてきていた。
「ソフィアちゃんのお父様は、本当にソフィアちゃんのことを愛しているのですね」
そう言って、エルさんは私の腕に自分の腕を絡ませた。
「少しソフィアちゃんのお父様とお話ししたのですが、お互いにソフィアちゃんの大好きな話で盛り上がってしまったのです。ですから、あの人は絶対に悪い人ではないのです」
その言葉に、私とアレス、ロキの三人は驚きのあまり、同時に声を上げた。
「えっ!!!」
「え、エルさん、理事長と話したんですか?!」
アレスが思わず聞き返す。
い、いつの間に!?
父様は、そんなこと一言も言っていなかったのに!
「はい、そうなのですよ。アレスが学校に行くことがあったので、こっそりついて行ったのです。その時にソフィアちゃんのお父様とお会いして、お茶をいただきながら、たくさんお話ししたのです」
エクレールさんは、周囲に花が咲き誇るかのような、満面の笑みを浮かべた。
その驚異的な行動力と社交性に、私たち三人は何も言えず、ただ呆然とするしかなかった。
「ほら、そんなところに突っ立っていないで、席に着きなさい」
私の右肩に上ってきたテトが、やれやれといった様子で座るように促した。
「うん、分かった。じゃあ、エクレールさ――」
私がそう呼びかけようとした瞬間、エクレールさんはきっぱりとした態度で顔を近づけてきた。
「エル、なのですよ? ソフィアちゃん」
エクレール――改め、エルさんは、どうしてもその名で呼ばせたいらしい。
瞳をきらきらと輝かせながら、私に有無を言わせぬ圧力をかけてくる。
「あっ……はい」
私が小さく頷くと、エルさんの迫力に気圧されたのか、アレスとロキは思わず一歩、二歩と後ずさるのだった。



