翌日、ローマに着いた。
ホテルのチェックインを済ますと、すぐにレンタサイクルの店に行き、後ろに人が乗れる荷台のあるタイプのものを借りた。彼女との約束を果たすためだ。
自転車にまたがると、ケース付きストラップに彼女の写真を入れて、首から下げ、彼女のお気に入りのシャツを腰に巻き付け、その袖をへその前あたりで結んだ。すると、後ろに乗った彼女が自分のお腹に手を回しているような気がした。
出発するよ、
彼女に声をかけて自転車を漕ぎ出した。
ブランカッチョ宮殿からバルベリーニ宮殿へ、
共和国広場からフォロ・ロマーノへ、
コロッセオからジョー・ブラッドリーのアパートへ、
トレヴィの泉からスペイン広場へ、
パンテオンからヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂へ、
真実の口からサンタンジェロ城へ、
そして最後に、コロンナ宮殿。
『ローマの休日』でオードリー・ヘップバーンが扮するアン王女とグレゴリー・ペックが扮するジョー・ブラッドリーが廻ったコースを辿るのだ。
「ローマに行ったらバイクに乗って、映画のストーリーと同じように廻ってみたいの」
あの日、目を輝かせて彼女が言った。
「スペイン階段に座って、ジェラートを食べたいの、ジョーがやったみたいに真実の口に手を入れて私を驚かせて」とも言った。
「あ~待ち切れない」と後ろから抱きついてきた。
「あなたの背中に顔をくっつけてローマの風を感じたい」と夢見るような声が男のハートを掴んだ。
「必ず行こうね、映画と一緒の順番で廻ろうね」
へその前で手を組んだ彼女の10本の指に男は自らの指を重ねた。
そんな彼女に約束した日のことが鮮明に蘇ってきた。すると、へその前で結んだシャツの袖が嬉しそうにはためいた。
気持ちいいかい?
風を感じているかい?
自転車を漕ぎながら彼女に話しかけた。
とっても気持ちがいいわ。
髪がなびいているのが見える?
しっかり抱きついているのがわかる?
そう言って男の首筋にキスをした。
幸せな気分になった男は、彼女がもっと風を感じられるようにペダルを強く踏みこんだ。
スピードを出すからしっかり掴まっていてね、
後ろに向かって声をかけると、シャツの結び目がギュッと締まったように感じた。
*
その夜、夢の中でも彼女とデートをした。
船上パーティーでダンスを踊っていた。彼女の髪に口づけをしながら幸せに酔った。しかし突然、多数の暴漢が現れて、2人に襲いかかった。男は彼女を守るために戦ったが、多勢に無勢で逃げるしかなくなった。2人でテベレ川に飛び込み、必死に泳いで向こう側の岸に辿り着いた。
暴漢は追ってこなかった。安心した2人は抱き合って口づけをかわした。長い長い口づけをかわした。
アパートに帰って、びしょ濡れの服を脱ぎ、熱いシャワーを掛け合った。そして、そのまま抱き合った。一つになると、男の首に回していた彼女の腕がきつく締まり、内からの波動が胸へ、唇へ、そして脳に伝わってきた。かつてないほどの高みに達した瞬間、狂おしいほどの歓喜が溢れた。
すべての力を使い果たした時、目が覚めた。
とっさに彼女を探した。
しかし、どこにもいなかった。
夢の中に戻りたかった。
でも、戻れなかった。
彼女の写真を抱いて泣いた。



