葬式の間、遺影をずっと見ていた。恥ずかしそうに微笑んだその顔は男が撮った写真だった。病気になる前の一番輝いていた時の写真だった。そして、宝物の写真だった。
焼香の順番が来た。親族が終わって最初に焼香台の前に立った。一礼をして数珠を左手にかけ、右手で抹香をつまんで額に付けるようにした。それを香炉の炭の上にくべて合掌した。でも、目は閉じなかった。一心に遺影を見つめて話しかけた。
愛してるよ、
一生愛し続けるからね、
誓いを立てて、頭を垂れた。そして、遺族に一礼して席に戻った。
*
葬式が終わり、用意されたタクシーに乗り込み、火葬場へ移動した。
火葬前の最後の面会のために棺の蓋が開けられた。きれいに化粧が施された彼女の美しい顔が目の前にあった。頭を撫でて、おでこに触って、頬を撫で、唇に触れた。
本当はキスがしたかった。最後にキスをしながら、ありがとうと伝えたかった。でも、できるわけがない。唇に触れながら彼女の感触を指に憶えさせた。
「キスしてあげて」
彼女のお母さんだった。男の背中に軽く手を添えて静かに押した。
彼女の唇の上に置いた男の指が濡れた。堪えていた涙が爪の上で光った。
鼻水が落ちそうになった。すすり上げた。それでも止められそうになかった。
白いハンカチが差し出された。彼女のお父さんだった。背中の手が2つになった。
彼女に顔を近づけ、唇に触れた。冷たかった。でも、彼女の唇だった。キスをしたまま、ありがとう、と言った。さようなら、とは言わなかった。
「ありがとう……」
お母さんだった。
「ううっ……」
お父さんだった。
背中の2つの手が喪服を掴んで震えていた。
………
棺の中に花と思い出の品が入れられた。男は彼女と2人で写った写真を手にし、あっちへ行っても一緒だからね、と呟いて彼女の胸の上に置いた。そして、左手薬指のペアリングに手をかけた。
すっと抜けた。細くなった指が痛々しかった。胸が締め付けられて堪えられなくなった。棺にすがるように腰を落とした。声を上げて泣いた。
………
灰になって戻ってきた。係員に頼んで左手薬指の付け根付近の骨を拾ってもらい、小さな骨壺に入れた。その上にペアリングを置いて、蓋を閉めた。
これからずっと一緒だからね、
骨壺を抱いた。



