あっ、ミモザの蕾。
 わたしの大好きな花。

 ふわふわと溢れんばかりに咲き、春呼花(はるよぶはな)と勝手に命名しているミモザの黄色い蕾がかなり膨らんでいた。あと2週間もすれば開花の時期を迎えそうだ。

 アパートから駅に向かう道の途中にその家はあった。花屋敷と呼んでもいいほど四季の花が咲き乱れる家。ミモザの大樹がシンボルツリーになっている家。ミモザが咲き終わると桜が花開き、それが終わると、ジャスミンとバラが塀や庭を埋め尽くす。そんな見事な庭を手入れしているのはいつもご主人。手入れを怠らないその姿勢にいつも感心してしまう。小まめに花がらを摘んでいるので萎れた花を見たことがないし、花が終わったあとの切り戻しも思い切りがいいので、それが翌年の見事な開花に繋がっている。それに、団塊世代より少し若いくらいのご主人のオーバーオール姿も可愛らしい。まだ一度も言葉を交わしたことはないけれど、この家の前を通るたびに素敵な気持ちになれる。だから、心の中でいつもありがとうと言っている。

 実は、花屋敷のご主人を見かける度に心が揺れる。もちろんそれは恋ではない。それは多分、父性に対する感情なのだと思う。どこか父に似ているご主人に、在りし日の面影を投影しているのだと思う。

        *

 それは、ほとんど風のない晴れ渡った朝だった。いつものように花屋敷の前で立ち止まってミモザの蕾を見ていたら、玄関から出てきたご主人と目が合ってしまった。

「こんにちは」

 突然、挨拶されてしまった。すぐに何か言おうとしたが、うまく言葉が出てこなかった。だから軽く頷くことしかできなかったが、「お花がお好きなんですね」とにこやかな笑顔で見つめられた。

 どう返せばいいかわからなかった。挨拶されただけでもドキドキしているのに、気の利いた言葉なんて出てくるはずがなかった。それでもなんとか「いつも楽しませていただいています」と声を絞り出すと、「お見かけする度に声をかけようかなと思うんですが、若い女性に声をかけるのはちょっとね……」とはにかんだような表情になって、ミモザの方に向き直った。しかし、何故か急に愁いを帯びた表情になった。

「うちの娘もミモザが大好きでした。生きていたらあなた位の年齢になっていたはずなんですけど……」

 10年前に交通事故で亡くなったのだという。

「ごめんなさい、朝から変なこと話してしまって……」

 女が首を横に振ると、「花は枯れても毎年咲くけど、人は死んだら生き返らないんですよ」と寂しそうに笑った。

 それは娘を思う父親の顔だった。思わず父の面影が浮かんできたが、バイトに遅れるといけないので、これ以上とどまることはできなかった。女はほんの少し頭を下げてから駅の方へ歩き出した。すると、背中に温かいものを感じた。それは、娘を見送る父親の愛情溢れる眼差しかもしれないと思った。

 車に気を付けて、
 風邪をひかないように、
 早く帰っておいで、
 暖かくして待っているからね……、

 娘を失くした父親の視線が、父を亡くした女の背中をいつまでも追っていた。