大学祭が終了して1週間後、3人に呼び出された。

「えっ、留年?」

 余りのことに驚いたが、それを気にする様子はなく、3人はニヤッと笑った。

「このままバンドを解散するのは惜しいからね」

 何事も無いようにタッキーが言うと、ベスとキーボーがペロッと舌を出した。

「まさか……」

 その、まさかだった。彼らはわざと単位を落として留年するというのだ。そういえば、彼らが就職活動をしている様子を感じたことがなかった。余りのことにポカンとしてしまったが、それにしてもこんなことをして大丈夫だろうか? と他人事ながら心配になった。しかし、彼らは平然としていた。留年するのが当然というような顔をしているのだ。

 何を考えているのだろうか? 

 呆れたが、なんかバカバカしくなって笑ってしまった。でも、彼らは笑わなかった。それどころか真剣な表情になったベスがとんでもないことを言い出した。

「プロになろうぜ」

 タッキーとキーボーの顔も真剣そのものだった。3人はプロになる決意を固めていたのだ。

「プロって……」

 戸惑いが首を横に振らせた。
 イイ線いっているとは思っていた。それでも、プロとして飯を食えるようになるかどうかは別問題だった。自分達より上手なバンドは山ほどいるのだ。ただ、レベルの高いバンドであっても、音楽活動の収入だけで生活できている奴はほとんどいない。みんなアルバイトをしながら、ギリギリの生活の中でバンドを続けていた。

 30歳になろうとするギタリストの話を聞いたことがある。

「音楽で飯を食える奴は一握りなんだ。そんなに甘い世界じゃないぜ。演奏レベルが高ければ売れるというわけでもない。プラスαが必要なんだ。しかし、そのαがわからない。ルックスかも知れないし、そうでないかも知れない。単なるラッキーのような気もするし」

 バーボンを煽りながら暗い表情になった。

「俺は女に食わしてもらっている。ヒモだよ、ヒモ。情けねえよな、本当に。もうすぐ30なのにさ」

 嫌だ嫌だというふうに首を横に振って、またバーボンを煽った。その時の彼の苦渋に満ちた顔を忘れることはなかった。

「プロになるのは簡単かもしれませんが、飯を食えるようになるのは大変だと聞いています。慎重に考えないと」

 諭そうとしたが、彼らは取り合わなかった。

「挑戦だよ挑戦。今しかできない若さの特権だよ」

 両肩を掴んだベスに何度も揺すられた。

「ジジイみたいなこと言ってたら人生終わっちゃうぜ。そう思わないか、スナッチ」

 タッキーがスティックをクルンと回して先端をこちらに向けた。

「心配はわかるけど、一歩踏み出そうよ」

 キーボーが口説き落とそうとしていた。

 意識してうつむいた。そのまま顔を上げなかった。彼らの顔を見ると押し切られそうになると思ったからだ。だから、うつむいたままの状態で自らに言い聞かせた。人生を短絡的に考えてはいけない、後悔につながる早急な判断はしてはいけない、と。