あっという間に5月最終週になった。大学祭へのカウントダウンが始まっていた。そろそろ演奏する曲順を決めなければならない。練習後に立ち寄った喫茶店で3人の話し合いを見守った。
 ところが、何を思ったか、「演奏順はスナッチに任せる」と突然キーボーが言い出したので面食らった。しかも、タッキーとベスが「了解」と言ってほぼ同時に頷いたので逃れられなくなった。何がなんだかわからないままコーヒーを喉に流し込んだ。

 釈然としないものはあったが、引き受けてしまったのでやるしかなかった。2日間じっくり考えて、彼らに提案した。

「今回はオリジナルだけではなく、遊びで演っているディープパープルの曲を2曲入れたいと思います。1曲目は『ハイウェイスター』で観客の度肝を抜きます。そして『スモーク・オン・ザ・ウォーター』を続けてやって、ジャン、ジャン、ジャン♪ というリフで観客を乗せます。この2曲は歌なしでいきましょう。ヴォーカルパートのメロディーはシンセサイザーとギターで演奏します」

 すると、うんうん、というふうに3人が頷いた。

「3曲目は新曲『ビフォー&アフター』でどうでしょうか。そして、4曲目以降を今までの持ち歌にすれば、ハードロック→フォークロック→バラードと自然な流れができると思うんですけど」

「さすがだね、スナッチは天才!」

 ベスが間髪容れず持ち上げると、2人も異論はないというふうに頷いた。

「ところでさ、バンド名変えない?」

 タッキーのいきなりの提案だった。

「バンド名もビフォー&アフターにしようよ。ビーズじゃね~」

 とベスに顔を向けたが、キーボーにはちらっと眼をやっただけだった。

 実は、今までのバンド名はキーボーが名付けたものだった。『ビージーズ』を短縮して『ビーズ』。だからキーボーが黙ってOKを出すはずはなかった。なのに、「いいんじゃない」とあっさりと同意したので驚いた。タッキーとベスは肩透かしを食らったかのようによろけたほどだった。

「じゃあ、決まりね」

 タッキーが断を下すと、よくわからないまま幕が下りた。

        *

 大学祭での演奏は大成功だった。まさかのアンコールを求められて舞い上がってしまった。しかし、アンコール曲は用意していなかったので、『ビフォー&アフター』を再演することにした。すると、イントロを弾くなり歓声が上がった。それで一気に頂点に駆け上がった。ギターを背面に回して弾くアクロバティックなアクションを披露すると、ベスもベースギターをブンブン振り回しながら茶髪長髪を宙に暴れさせた。タッキーはドラミング中にスティックを指先でクルンクルンと回すパフォーマンスを大げさに見せつけ、キーボーは座っていた椅子を蹴飛ばして立ったままで演奏を続けた。右手の肘を鍵盤の左端から右端まで滑らすパフォーマンスも披露した。

 キメの時が近づいた。ベスに合図を送って同時に飛び上がり、同時に着地した。その瞬間、ジャン♪ という音と共にポーズを決めると、ウォーという地響きのような歓声が会場から押し寄せてきた。会場は総立ちだった。誰もが紅潮した顔で声を発していた。
 鳥肌が立った。体の奥から経験したことのない快感が押し寄せてきた。死んでもいい! と思えるほど気持ち良かった。
 ステージ中央に4人で並び、手を繋いでその手を上に伸ばした。そして、そのままの状態を保って90度体を折るようにお辞儀をすると、大きな歓声と拍手が起こった。それはスターに対する反応のように思えて、痺れるような興奮に襲われた。しかし、それはプレリュードでしかなかった。顔を上げた途端、歓声はヒートアップし、アンコールを求める声が津波のように押し寄せてきた。もう我を忘れるほどだった。でも、残念ながら、アンコールに応えられるノリのいい曲は残っていなかった。アンコール、アンコールという合唱が続く中、後ろ髪を引かれながらも控えのスペースに引っ込んだ。それでも、アンコールを求める合唱はいつ終わるともなく続いた。