帰国まで1週間の余裕ができた麗華はディズニーランドへ行こうと皆を誘った。すぐに令が乗った。しかし、おじさん3人組は頷かなかった。違うことを考えていたからだ。タッキーとベスはニューヨークのジャズクラブ三昧(ざんまい)にしか関心がなかった。ブルーノート、ヴィレッジ・ヴァンガード、バードランド、誰もが憧れる超一流のジャズクラブだ。2人は当然のように誘ってきた。

「スナッチも行くだろう?」

 一瞬そそられたが、やんわりと断った。会いたい人がいたからだ。会いたい人、それは、かけがえのない親友。

        *

「元気そうだな」

 最上のマンションを訪ねて玄関に入った途端、彼が肩を掴んで手荒く揉んだ。

「まあまあだ」

 取り敢えず、そう返した。

「まあ入れよ」

 リビングに通された。彼の性格通り、部屋はキチンと片付いていた。
 淹れてくれたコーヒーを一口飲んでから、スマホで撮ったREIZのレコーディング風景を彼に見せた。

「麗華ちゃんのレコーディングか」

 子供のいない彼だったが、自分の娘を見るように目を細めて画面を見つめた。

「一段と綺麗になったな」

「ん。もう一人前の大人だ」

「寂しいか?」

「ちょっとな」

 スマホをポケットにしまって話題を変えた。

「うまくいってるか?」

 彼は眉間に皺を寄せた。そして、質問に答える代わりに「耳鳴りの具合はどうだ?」と訊き返してきた。

「可もなく不可もなく。日によって良くなったり悪くなったり」

「そうか……」

 彼は目を伏せて、あとの言葉を飲み込んだ。

「新薬の開発、難しいのか?」

「ああ、まったくダメだ」

 彼は目を瞑ったまま右手の親指と人差し指で目頭を揉んだ。

「耳鳴りの特効薬……」

 末尾を消した彼は済まなそうに頭を下げた。それはまるで苦悩という重しが乗っかっているように見えて、返す言葉を失った。こんなに意気消沈している最上を見たことは一度もなかった。

 あの最上が……、

 戸惑いを覚えた。しかし、それを振り払って敢えて強い声を出した。

「お前らしくないな」

 すると一瞬こちらを見た最上は、首を小さく横に振って視線を外し、自嘲気味に笑った。

「俺らしく、か……」

「そうだ、お前らしくだ。自分の名前を信じろ」

「俺の名前?」

「そうだ。お前の名前だ。〈最も上を極める〉というお前の名前だ」

 すると、最上は立ち上がって、愛妻が収まった写真盾を手に取った。

「最も上を極める、か」

 呟くような声が彼の口から漏れた。