REIZのデビューアルバムの録音は順調に進んだ。プロデュースと録音エンジニアリングを任せたキーボーの力量は想像をはるかに超えていた。ビートローリングスが指名するだけのことはあった。非の打ち所がなかった。というより完璧と言ってもよかった。完全に脱帽した。
それに加えて、キーボーとタッキーとベスが学生時代のように心を通わせていることが麗華と令に好影響を与えているようだった。喧嘩別れした彼らがなんのわだかまりもなく一体となってレコーディングに取り組んでいる姿が安心感を与えていたようだし、幾多の荒波を乗り越えてきたハイレベルなやり取りに大きな刺激を受けているようだった。
これは麗華と令にとって最高の教育の場となっているのは間違いなかった。だからだろう、プロの心構えを感じ取った2人の演奏レベルは目に見えて上がっていった。
*
デビューシングル『サンライズ』を含む全10曲が完成したのは、録音を始めて1週間が経った時だった。予定の半分で済んでしまった。それも完璧に。
「さすがだな」
コントロールルームでキーボーの肩を揉んだ。
「よせやい」
彼は照れて、手を振り解いたが、「軽く打ち上げでもするか」とグラスを上げる仕草をした。
本当は頷きたくなかった。でも、断ることはできなかった。家人が寝静まったキーボーの家でグラスを合わせた。
キーボーはいつになく饒舌だった。今回の録音作業に満足しているのだろう。須尚はひたすら聞き役に徹した。
1時間ほど経った頃、キーボーがトイレに立った。足はふらついていた。テーブルに置かれたボトルの中身は半分に減っていた。
キーボーが戻ってくるのを待って、立場を入れ替えた。
「ところで」
キーボーの顔を見た。
「なんだ?」
トロンとした目で見つめ返された。
「ん。令君がお前の体のことを心配していたぞ」
「俺の体?」
「ああ。酒の飲みすぎをとても心配していた」
「酒は……」
彼は虚ろな目でバーボンのボトルを手にし、グラスに注いだ。
「俺の薬」
一気に呷った。
「そんな飲み方をするから」
しかし、苦言を気にする様子もなく、またグラスにバーボンを注いだ。そして、こちらのグラスにバーボンを注ぎ足した。
「久しぶりに会ったのに、誰かさんみたいな小言を言うなよ」
不機嫌な表情のまま、また一気に呷った。
「素面じゃやってられない」
またグラスにバーボンを注いだ。
確かに、コントロールルームでのキーボーには鬼気迫るものがあり、近寄り難いほどだった。神経の使い方は尋常ではなく、擦り切れるほどの使いようだった。
更に、その緊張は仕事が終わったあとも途切れることがないようだった。覚醒した神経が治まることはないのだろう。寝る前にスマホを見続けると視神経が覚醒されて眠れなくなるように、極限まで集中して覚醒した神経は、仕事が終わってもギンギンに彼を刺激し続けているようだった。
「覚醒しすぎて嬌声を上げたくなるくらいだ」
彼はまたバーボンを呷った。
その辛そうな顔を見ると、もう何も言えなくなった。
「眠たくなるまで飲み続けるんだ。飲み続けて、ただひたすら飲み続けて、神経が『おやすみなさい』と言ってくれるまで飲み続けるんだ」
頷くしかなかった。
「キーボーの神経がおとなしくなりますように。そして」
グラスを掲げて、彼のグラスに合わせた。
「そして、なんだ?」
キーボーが訝しげな表情を浮かべたが、首を横に振って、もう一つの心配を飲み込んだ。



