「父がエンジニアをしているスタジオはどうでしょうか」
令の提案だった。
「あっ」
思わず声が出た。
轟からアメリカの録音スタジオを探すように指示されてから心当たりに連絡を入れていたが、借りられるスタジオはまったくなく、目処がつかないまま頭を抱えていたからだ。
「気づかなかった。でも、空いているかな?」
彼は頷いた。
「2日前に録音が終了したばかりで、次の予定まで少し余裕があるそうです」
既に彼は確認をしてくれていた。
「ありがたい。急いで押さえてくれるかな」
すると彼は笑って頷いた。
「大丈夫です。来週から2週間ならOKと言っていましたから」
「本当?」
彼は強く頷いた。
「助かった。ありがとう」
万全の対応に心から礼を言った。
*
その後、慌ただしく準備を進めて、REIZと共にワシントンD.C.に向かう飛行機に乗った。
離陸してからしばらくの間、目を瞑っていたが、眠ることは出来なかった。ビフォー&アフターとして活動していた頃のことが次から次へと思い浮かんできたからだ。あんなこともあった、こんなこともあった、というような些細なことまで思い出した。
目を開けて同じ列に座るタッキーとベスを見ると、眠っているようだったが、その姿を見ていると不思議な気持ちになった。こうやって同じ飛行機に乗ってキーボーに会いに行くなんて、ちょっと前なら思いもしなかっただろう。
これって、運命というやつかもしれないな、
そう思って右手の小指を見つめた。糸は見えなかったが、繋がっているのは間違いないと何故か確信した。すると、キーボーの若い頃の顔が思い浮かんできた。しかし、今の顔は想像がつかなかった。わかっていることは、自分より1 歳年上だということだけだった。
シェードを上げて外を見た。真っ暗だった。顔を離すと、ほうれい線が目立つ自分の顔が映った。
キーボーもそれなりに……、
脳裏に浮かぶ彼の若い頃の顔が一気に老けると、思わずため息が出た。シェードを下げて、もう一度、目を瞑った。
*
「ここです」
令がドアの前に立って鍵を差し込もうとしたが、須尚はそれを止めた。大きな一枚板のドアの前で何故か躊躇った。数十年振りの再会を前に心が揺れていた。鍵穴をじっと見つめたまま動くことができなくなっていた。すると、両肩に手を感じた。タッキーとベスが笑みを浮かべていた。大丈夫だよ、というような優しい笑みだった。それで緊張が解けた。タッキーに肩を揉まれると、躊躇いがすーっと吸い込まれていった。大きく深呼吸をして、チャイムを押した。
少ししてドアが開いた。男性が現れたが、一瞬、誰だかわからなかった。そのくらい風貌が変わっていた。寝不足が原因と思われる腫れた瞼、水気のないパサパサの白髪、そして、アルコール焼けしたような赤ら顔、自分よりも10歳以上老けて見えた。
「久しぶりだな」
声はガラガラだった。アルコールとタバコにやられたような声だった。
「大丈夫か?」
見ればわかるだろう、というように両手を広げた。
「急に済まなかった。でも、助かったよ、本当に」
彼は頷いて、右肩に手を置いた。
「まあ、中に入れよ。うまいバーボンがあるから」
彼は昼間からバーボンを呷っていた。
大丈夫かな?
一気に不安になった。
こんな飲んだくれに、ちゃんとした録音ができるのだろうか?
そう思うと、不安が増した。すると、それを察したわけではないだろうが、何故か、ふっ、という感じでキーボーが笑った。
「先週までこいつらの音を録っていたんだ」
そのバンドの写真を見せてくれた。
「えっ、これって、えっ、あの」
心臓が飛び出したかと思うほど驚いた。REIZの4人も開いた口からノドチンコが飛び出しそうになっていた。
『ビートローリングス』だった。世界最高のロックバンド。
「古い付き合いでな、俺以外のエンジニアとは組まないと言って聞かないんだ」と笑った。
そしてビートローリングスの前作を差し出したので受け取ると、裏面を見るように促された。プロデューサー名の下にエンジニアのクレジットが載っていた。KIIBOO。
「キーブーとしか呼ばれないけどな」
ニヒルに笑った。その顔を見て、不安が吹き飛んだ。
悪かったな、お前の腕を疑ったりして。
心の中で手を合わせた。
「まさか俺の息子とスナッチの娘がバンドを組んで、それに、タッキーとベスが加わるなんて、アンビリーバボーだよ」
キーボーがおどけたように言った。
「確かに。事実は小説より奇なりだな」
「正にね」
キーボーが頷いた。すると、
「縁だよ、縁。間違いなく縁!」
タッキーが笑いかけた。
「チッチッチ!」
人差し指を振りながら、ベスが砕けた口調で参戦した。
「縁より深いもの、な~んだ?」
ん?
その場にいた5人は同時に首を傾げた。
「絆だよ、絆。切っても切れないキ・ズ・ナ!」
ベスが自らの胸に手を当てた。



