思っていた通り、SEVEN ROSESの人気は凄かった。公演チケットはすべて前売り段階で完売した。それも発売当日にすべて売り切れるという凄まじいものだった。美人揃いで演奏が抜群にうまくて、その上、体のラインを強調したロングドレスやミニスカートでの演奏もあるのだ。そのお色気に魅せられたお金持ちのおじ様たちが、女性ファンと競うようにチケットを買い求めていた。

 麗華と礼はちょっと怖気づいているようだった。それは駆け出しの新人として当たり前のことではあったが、「SEVEN ROSESに負けない拍手を、いや、凌駕する拍手を勝ち取れるかどうか、それを評価の基準とする」と告げたあの時の言葉が緊張感を高めているのは間違いなかった。
 対して、タッキーとベスはこの状況を楽しんでいた。満員の会場で演奏できることにワクワクしているのがはっきりとわかった。それに、昔のファンと再会できるかもしれないという期待も抱いているようだった。

        *

 公演当日になった。会場は女性とおじ様たちが半々の状態で、異様な熱気に包まれていた。
 そんな中、前座のREIZが登場した。その瞬間、会場がざわついた。若い男女とおじさん2人というアンバランスな組み合わせに違和感を抱いているようだった。それに、そのおじさんは顎髭を生やしたスキンヘッドと白髪の混じった長髪で、どう見ても異様に見えるのは仕方がなかった。
 会場がザワザワする中、タッキーがスティックを叩いてカウントを数えた。それを合図に演奏が始まると、えっ? という感じで多くの客が驚きの表情を浮かべた。『上手い!』という字が多くの人の顔に浮かんでいるように見えた。一瞬にして会場に期待感が広がったように感じた。
 そんな中、麗華にスポットライトが当たった。すると間髪容れず「可愛い!」という声が最前列のおじ様たちから飛んだ。
 サビの部分で礼がハモると、すぐさま若い女性客が反応した。「カッコいい!」という声があちこちから聞こえた。
 間奏のギターソロになってステージの一番前に立つ礼にスポットライトが当たると、キャーという歓声が沸き起こった。初登場のバンドにこのような歓声が起こるのは前代未聞と言ってもよかった。
 ドラムソロが始まった。タッキーがスティックをくるくる回しながら、裏打ちを多用した連打を始めた。凄い! というように会場からワ~という声が上がった。
 ソロが終わってドラムがリズムをキープする中、ベスがベースギターの速弾きを重ねた。タッキーとベスの強烈なアンサンブルに、観客は口を大きく開けた状態になった。
 続いて麗華のピアノソロが始まった。その途端、何! というように観客の表情が一変した。流れるような演奏に耳を疑っているようだった。可愛いだけじゃなく、ピアノの腕前が半端ないことに驚いているようだった。観客は完全にREIZの演奏に惹き込まれていた。
 エンディングになった。華麗なギターソロを披露した令が飛び上がって、着地した瞬間、ジャン♪  と決めた。と同時に歓声と拍手が沸き起こり、会場は割れんばかりの状態になった。
 そんな中、誰かが立ち上がって拍手をすると、多くの客が我も我もと立ち上がり、全員によるスタンディングオベーションが始まった。1曲目からというのは前代未聞のことだった。凄いことになった。紛れもなく、新たなスターが誕生した瞬間だった。

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「もう二度とREIZとは組まないわ」

 SEVEN ROSESのマネジャーの言葉だった。

 彼女たちはREIZに完全に食われていた。どちらがメインかわからなくなっていた。REIZの演奏が終了してもアンコールの声が鳴り止まないのだ。更に、一度のアンコール演奏では観客が納得しなかった。少なくとも3回のアンコール演奏が必要だった。
 出番待ちをしていたSEVEN ROSESのメンバーにイライラが募った。加えて、主役を奪われた嫉妬が重なったようで、それが演奏に影響を及ぼした。ミスが目立つようになったのだ。
 それだけではなかった。あろうことか、SEVEN ROSESの演奏終了時になんと、「REIZ、REIZ」と、REIZを再び呼ぶ声が会場にこだましたのだ。
 それを聞いたSEVEN ROSESのマネジャーがブチ切れた。アンコールを終えて楽屋に戻ってきたREIZの4人に向かって、胸の前で両手を交差したのだ。×。

 須尚はツアー最終日の楽屋裏でその状況を見ていた。
 勝負は決したと即断した。
 これ以上確認することは何もなかった。
 あとは行動あるのみだ。

「デビュー曲の録音に取り掛かろう」

 マネジャーが去ったあと、彼らに伝えた。
 4人は目を輝かせて喜んだ。

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 REIZのデビュー曲『サンライズ』は初登場1位という誰も予想していなかった驚くべき結果をもたらした。
 目ざとい週刊誌やスポーツ新聞がデビュー前の麗華と令に目を付けて頻繁に取り上げたため、認知度が急上昇し、それがSNSによって拡散していった。
 それに注目したテレビ各社のバラエティ番組やワイドショー番組の芸能コーナーで紹介されるという好循環が生まれ、瞬く間に全国区の人気を勝ち得ることになった。
 それはとても嬉しいことだったが、全体をマネジメントしている立場としてはパニックに陥った。初登場1位というあり得ない事態になることを想像していなかったため、生産数量の読みを完全に間違えてしまったのだ。だから、一気に在庫が無くなってしまった。全国のCDショップで売り切れが続出し、エレガントミュージック社に注文が殺到した。須尚はすぐにフル生産を指示したが、焼け石に水の状態だった。
 その後の勢いも予想をはるかに超えていた。10週に渡って1位を独走した『サンライズ』は一気に100万枚を超えてしまった。製造即出荷という嬉しい悲鳴は、エレガントミュージック社の売上と利益を大きく押し上げる有難い果実に変わっていった。

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「先ずファーストアルバム、そして、ミュージックビデオ、その次に単独ライヴ、そしてライヴアルバムとライヴDVD、一気呵成(いっきかせい)に攻めまくります」

 須尚は轟取締役に向かって熱弁をふるった。
 それを頷きながら聞いていた彼女だったが、意外なことを口にした。

「麗華ちゃんが心配だわ。世界が急に変わってしまったのよ。日本で一番注目されている女性になったのよ。どのテレビでも報道され、スポーツ新聞や週刊誌、ゴシップ誌にも追いかけられている。まるでアイドル扱い。このままでは精神的に参ってしまうわ。なんとかしなければ」

 そして腕を組んで、窓から見える東京タワーの方を見つめた。

「ファーストアルバムのレコーディングは……日本の報道陣が追いかけてこない海外がいいかも知れないわね。そう、海外がいいわ。須尚さん、海外のスタジオを、どこか環境の良いスタジオを押さえてください」

 須尚はすぐに取り掛かると返事をしたが、心の中では落ち込んでいた。REIZのことをビジネスの観点でしか見ていなかった自分を恥じていた。売上と利益のことしか考えていなかった。デビューする前にあれほど麗華のことを心配したのに、CDが売れ始めた途端、麗華の心身の心配は頭の中から完全に消えてしまっていた。

 何やってるんだ! 

 ビジネス上の繋がりしかない轟でさえこんなに心配してくれているのに、実の父親である自分は最低だと思った。底の見えない谷を真っ逆さまに落ち続けるような感覚に陥った。