待ちに待った日がやってきた。誘導体を投与して6か月目の結果が発表される重要な日を迎えたのだ。
前夜は何度も目が覚めた。その度に嫌な思いに襲われた。3か月目の結果と同様、芳しくない報告を受けるのではないかと不安になった。その度に大丈夫、大丈夫、と自らに言い聞かせて心を落ち着かせたが、それでも浅い眠りしか得られなかった。起きた時には鉛の覆いを纏っているような重さとダルさを感じた。
会議室に入ると、既に日本人研究員が全員集まっていた。皆そわそわと落ち着かないようだった。それは最上も同じで、固唾を飲んで、ある人物の登場を待った。
少しして、ドアが開いた。部屋に入ってきたのはアメリカ人研究員を従えたニタス博士だった。
「おはようございます」
落ち着いた声だったが、顔に笑みはなかった。
嫌な予感がした。
心にざわつきが押し寄せてきた。
「残念ですが」
それ以上聞く必要はなかった。毛の再生は認められなかったのだ。
最上はがっくりと肩を落とした。それに呼応するように、「ダメだったか~」という日本語が耳に入ってきた。顔を上げると、落胆の表情を浮かべてうつむいている日本人研究員の姿が見えた。それを見ると、どうにもやり切れない思いに支配された。もう顔を上げることはできそうになかった。
「しかし、」
ニタスの声だった。話はまだ終わってはいなかった。呼応するように最上は顔を上げた。
「更なる誘導体の開発に成功しました」
ニタスのチームが寝食を忘れて取り組んだ新たな誘導体、それも3種類の誘導体の開発に成功したというのだ。
「今日から経口投与の実験を始めます」
3種類の誘導体それぞれに対して、低用量、中用量、高用量別に安全性と有効性を確認するという。
「最初の誘導体の進捗を見守りながら、並行して新誘導体の実験を進めていきます。つまり、4つの誘導体の12の動物実験が進行していくのです」
そこで言葉を切った。そして、全員に向けて強い意志を放った。
「今は厳しい結果が続いていますが、我々が挑戦しているのは未知の領域なのです。誰も踏み込んだことのない未知の領域なのです。そんなに簡単にうまくいくはずがありません。だから、一喜一憂せず、自分たちを信じて、そして、なんとしてでも難聴患者のQOLを向上させるのだという信念を貫いて、未開の地を切り開いていきましょう」



