若い女性の心に響く切ないバラード……、

 轟からの依頼に首を捻った。実は、既に3曲目を用意していた。よりロック色の強い曲を。ところが、それとはまったく違う依頼が来たのだ。本当に方向転換するのか彼らに確認しようと思ったが、会社とメンバーの話し合いで決まったことだと言われたので、連絡するのを思い止まった。
 しかし、若い女性の心に響く切ないバラードと言われてもどんな曲を作ればいいのか、頭の中にはなんのイメージもなかった。それに、女心自体をよくわかっていなかった。最愛の女性である美麗の心の内でさえ本当に理解しているかどうか自信がなかった。だから自分よりは女心がわかっていそうなキーボーに相談しようかと思ったが、それではキーボー風バラードにしかならないと思い至り、相談するのを止めた。キーボー風バラードが必要なら企画部はキーボーに頼んでいるはずだ。そうではない曲を求めているから自分に依頼が来たのだ。それに応えなければならない。あくまでもスナッチが作るバラードを必要とされているのだ。でも、どんなに思いを巡らしても、どれだけギターをつま弾いても、これだというイメージは湧いてこなかった。

        *

 何も思い浮かばないまま1週間が過ぎた。やる気がまったく出ないので、夕食後にポテチをつまみながらボーっとテレビを見ていた。お笑い芸人がバカなことをする番組だったが、それが終わると、若い男女が出てくるドラマが始まった。
 よく知らない女優と男優だった。女優は好みのタイプではなかったが、その演技に惹き込まれた。2人の男性の間で悩む女性の心情を切々と訴えるセリフや表情が真に迫っていた。いつの間にかそのドラマにはまり込んでいた。
 その女優扮する主人公には結婚を約束した恋人がいた。しかし、あろうことか、彼女は恋人の親友を好きになってしまった。その想いをじっと心の中にとどめていたが、抑えきれなくなった彼女はその男性に想いを打ち明けた。画面には、受話器を握った彼女が許されることのない苦しい思いを吐露しているシーンが映し出されていた。

 映像が変わった。恋人の親友の顔がアップになった。彼は受話器を強く握りしめながら、彼女よりももっと辛そうな表情を浮かべていた。何故こんな電話をしてきたの、というような困惑した顔だった。

 エンディングになった。再び彼女が受話器を取ってダイヤルを回した。鳴ったのは恋人のではなく、その親友の電話だった。ベルが鳴り響く中、彼は受話器に手を置いたが、持ち上げることなく、悲しそうに受話器を見つめていた。そして、その姿がいつまでも映し出されていた。

 テレビを消して、ギターを手にした。女優と男優の表情を思い浮かべながらメロディーを探した。

 1時間余りで曲ができた。それに乗せる歌詞を考えると、『テレフォン リーン』という言葉が思い浮かんだ。一気に歌詞を書き上げた。その後は曲と詩に微修正を加えながら仕上げていった。日付が変わった頃、新曲が出来上がった。

        ♪  ♪

『涙のベル』    作詞作曲:スナッチ

 テレフォン リーン 涙のベルが
 テレフォン リーン 泣いている朝
 虚ろな窓 見つめながら
 テレフォン リーン まさか君とは
 テレフォン リーン 思わなかった
 かけてきては ダメなのに
  愛すべき友達の 君は恋人
  許されるはずもないのに
  かけては止めて ためらいがちに
  くりかえす指 最後のベルが
  僕の心の中に

 テレフォン リーン 涙のベルが
 テレフォン リーン 朝露ぬらし
 言葉のない 時が過ぎる
 テレフォン リーン 何か言いたい
 テレフォン リーン 何も言えない
 凍りついた影のように
  二人の幸せを 願っていたのに
  なぜ僕に電話したの
  震える声で 何にも言えず
  黙って受話器 握りしめてる
  君の姿が見える


  通り過ぎた幻を 追いかけてみても
  夢の中でくずれていく
  出なきゃよかった こんな電話に
  苦しいだけさ 二人にとって
  二度ともうかけないで
 テレフォン リーン……
 テレフォン リーン……
 テレフォン リーン……
 テレフォン リーン……

        ♪  ♪