『言葉はいらない』の週間売上枚数が下降局面に入った頃、エレガントミュージック社とビフォー&アフターが次の曲をどうするか話し合っていた。バンドのメンバーは哀愁のあるフォークロック路線の延長、それも、よりロック色の強い曲が必要だと訴えた。しかし、制作責任者である企画部長は同じ曲調を3曲続けるのは危険だと言い張った。轟は両者の狭間(はざま)で苦渋の表情を浮かべていた。

「柳の下にドジョウは3匹いないんだよ」

 企画部長が大きな声を出した。

「私は何度も経験している。同じ間違いを君たちにしてもらいたくないんだ」

 しかし、ベスがすぐに言い返した。

「いるかいないか、やってみないとわからないじゃないですか。今までいなくても、俺たちにはいるかもしれない」

 言い終わらないうちに部長の怒声が飛んできた。

「甘っちょろいこと言ってんじゃないよ。この世界はそんなに甘いもんじゃないんだ。一つ間違えば天国から地獄へ落ちる世界なんだ。私の言うことを聞きなさい」

「じゃあ、どんな曲をやれって言うんですか」

 タッキーが食ってかかると、意外なことを口にした。

「若い女性の心に響く切ないバラードだ」

 するとすぐさまキーボーが反応した。

「それなら俺が作ります」

 バラードなら誰にも負けないと声高に訴えた。しかし、部長は冷たく突き放した。

「いや、今度もスナッチに作ってもらう。彼以外には考えられない」