翌日は快晴だった。雲一つない真っ青な空が広がり、正にイベント日和という最高の天気だった。会場の稲佐山公園に設けられた特設ステージでは、ビフォー&アフターが最終の音響チェックを行っていた。もちろん、ギターを弾いているのは自分ではない。ツアーに同行しているギタリストだった。

「須尚さん、スナッチはどこにいるの?」

 轟が慌てふためいていた。

「もうすぐ始まるのに、どこにもいないの」

 しきりに時計を気にした。

「探してきます」

 あたりをキョロキョロ見回しながら、スナッチを探す振りをして走った。そして、彼女から見えないところまで行くと、急いで仮設の楽屋へ走り込んだ。

 中には誰もいなかった。カーテンで仕切られた小さなスペースで背広を脱ぎ、急いでステージ衣装に着替えた。そして、サングラスをかけ、髪を前に下ろした。

 今から僕はスナッチだ。
 ビフォー&アフターのスナッチだ! 

 自らに言い聞かせて両手で頬を叩いた。その時だった、

「須尚さん、スナッチいた?」

 轟が楽屋へ入ってきた。その瞬間、あっ、というような真ん丸な目になって、スナッチに変身した自分を指差した。

「どこにいたの? みんなで探してたのよ。でも、良かった」

 安心したような表情になって肩を掴まれた。

「ところで、須尚さんを見なかった?」

 無言で首を横に振った。声を出すとバレると思ったからだ。

「おかしいわね……」

 彼女が首を傾げた。

        *

 ビフォー&アフターのデビュー・ライヴが始まった。キーボーとタッキーとベスの3人とツアー・ギタリストの演奏に会場は沸いていた。それを聞きながら楽屋で曲順の確認をしていたが、出番が近づくにつれて緊張が高まってきた。拭いても拭いても掌の汗が止まらなくなった。

「次よ」

 轟に背中を押されて楽屋を出た。ステージの裏側をそっと歩いて、観客に気づかれないようにアンプの陰に隠れた。そして、掌の汗をズボンで拭き取ったあと、両手で頬をバチンと叩いて気合を入れ、ベスの斜め後ろに移動してギターを構えた。

 曲が終わってタッキーがこちらの姿を確認すると、スティックでリズムを取り始めた。

「ワン、トゥー、スリー、フォー」

 イントロを弾いた瞬間、会場から大歓声が沸き起こった。思わず鳥肌が立った。サビの部分でキーボーとベスの歌の掛け合いが始まると、キャーという歓声が押し寄せてきた。陶酔状態の中、無我夢中でギターを弾き、速弾きを連発した。物凄い歓声と拍手に我を忘れて弾きまくった。すると更に凄い歓声が沸き起こった。

 シビレまくった。
 もう上り詰めるしかなかった。
 ハイになったままエンディングへ流れ込んだ。
 ジャン♪ と決めた瞬間、観客が総立ちになった。
 物凄い歓声と拍手がステージに押し寄せてきた。
 そして、一斉に皆が叫び始めた。

 アンコール、アンコール、アンコール、

 それに応えて全員でステージに戻り、何度もお辞儀をした。しかし、それだけでは許してくれなかった。アンコールの声が鳴り止まないのだ。

 アンコール、アンコール、アンコール、

 楽屋に引き返したあとも、更に大きな声で求められた。3人に目を向けると、次々に頷いた。考えていることは一緒だった。楽器を持ってステージに戻ると、またも大歓声が迎えてくれた。

「ワン、トゥー、スリー、フォー」

 二度目の『ロンリー・ローラ』が炸裂した。