電話はかかってこなかった。
 こちらからかけてみようかと思ったことも何度かあったが、催促するのもどうかと思い、受話器に手を伸ばすたびに思いとどまった。
 そのうち、ただ待つだけではダメなのではないかと思い始めた。自分ができることを何かしなければ良い結果を引き寄せられないのではないかという思いが強くなってきたのだ。

 ビールをやめようか、

 ある夜、突然、そう思った。好きなことを一つ我慢することで幸運の女神を呼び寄せられるのではないかと考えたのだ。

 よし、やめよう!

 善は急げ! ですぐに実行することにした。仕事終わりのプハーという解放の儀式がなくなるのは寂しかったが、それよりも、なんとかしたいという熱情の方が勝っていた。

 頼みます!

 本社の方角に向かって頭を下げた。

 すると、それが通じたのか、ビールをやめて3日目の午後、弾んだ声が受話器の向こうから聞こえてきた。

「私を褒めてくれる?」

 轟だった。

「やったわよ。口説いたわよ。凄いと思わない?」

 鼻高々の声だった。

「企画部と営業部を統括する取締役に直接頼んだの。そうしたらね」

 ふふふ、と笑って「何があったと思う?」と焦らすように言ったが、そんなことわかる訳もなかった。固唾を飲んで次の言葉を待った。

「うちの取締役と河合取締役は大学の同期なんだって」

 えっ、同期? 
 じゃあ……、

「『今すぐキチンと処理しなさい。ただ、一昨年分を今年処理するわけにはいかないし、昨年も協賛していないから、今年の分として3年分の額の協賛金をお持ちしなさい』だって」

 ワォ!

「そしてね、『今から河合さんに電話するから、長崎の担当者にすぐ訪問するように伝えてくれ』って言ってたわよ」

 ワォ! ワォ!

「ありがとうございます。ありがとうございます。感謝感激です。すぐに協賛金を持って河合取締役に会ってきます」

        *

 その週末、美麗の仕事が終わるのを店の外で待っていた。しばらく会っていなかったので少し緊張したが、それよりもワクワク感の方が強かった。

 仕事を終えた彼女が店から出てくると、顔を見るなり満面に笑みが浮かんだ。そして、飛びつくように手を取って、小躍りした。

「良かったわね」

 持った手を左右に揺らした。

「パパが褒めてたわよ。彼はたいした男だって」

 良かった……、

「それにね、また家に連れてきなさいって」

 えっ、本当? ヤッター! 

 放送局と自宅への二重の訪問禁止が一気に解除された。天にも昇る気持ちになったせいか、思わず彼女を抱きしめてキスをした。店のすぐ外だったが構わずキスを続けた。彼女も嫌がらずにその喜びを受け止め続けてくれた。