1年に渡る全国ツアーが終わった。前座としてのステージだったが、最後はメインのバンドを凌ぐほどの歓声を浴びるようになっていた。3人はやり切ったことと反応の良さに満たされていたが、へとへとに疲れてもいた。気力・体力の限界だった。だから、自宅で死ぬほど寝たいと思っていた。それ以外は何も考えられなかった。しかし、轟の発言に眠気は完全に吹っ飛んだ。

「レコーディングの準備を始めるわよ」

 えっ! 

 同時に驚きの表情を浮かべた3人は、一瞬、言葉を失くした。レコーディングという言葉は夢にまで見た言葉だった。

 やっとのことでタッキーが口を開いた。

「本当ですか?」

 轟は力強く頷いた。

「君たちのデビュー曲は『ロンリー・ローラ』よ」

「ヤッタゼ!」 

 叫んだタッキーがベスとキーボーにハイタッチを繰り返した。夢にまで見たことが現実になるのだ、喜びが収まるはずはなかった。誰もが顔を紅潮させて喜びに浸った。しかし、その輪の中から突然キーボーが抜け出して轟に近づいた。

「一つお願いがあります」

 瞬きもせずに言葉を継いだ。

「レコーディングにスナッチを参加させたいのですが」

「スナッチ?」

 轟は首を傾げたが、すぐに、「あ~、作詞作曲をした人ね」と思い出したようだった。

「彼にギターで参加してもらいたいのです」

「でも、ギターは……」

「はい。ご紹介いただいたギタリストと1年間ツアーをしてきました。彼は凄いテクニックを持ったギタリストです。スナッチよりはるかにうまいギタリストです。しかし、スナッチの哀愁のあるギターの速弾きは、誰にも真似のできない、なんというか、本当にオリジナリティー溢れる演奏なのです。デビュー曲のギターは彼に弾いてもらいたいのです。なんとか、よろしくお願いします」

「お願いします」

 タッキーとベスも続いて頭を下げた。

「でも、そう言われても……」

 轟は顔をしかめて困っているような表情になった。しかしすぐに戻して、「彼は何をしている人なの? 何処にいるの?」と謎めいた人物の正体を探ろうとした。もちろん3人はスナッチがエレガントミュージック社の社員であることを知っていたが、それを明かそうとはしなかった。プロになる気がまったくない彼の人生に大きな影響を及ぼしたくなかったからだ。

「ミステリアス・ギタリスト、とお考え下さい」

「と言われても……」

 轟は納得しなかったが、ロンリー・ローラが作られた背景とそれに込められたスナッチの想いを力説すると、「う~ん、そうね~」と腕を組んで視線を遠くに投げた。

「もしダメだったらすぐに替えてもらっていいですから」

 キーボーが背水の陣という声を出した。それが効いたのか、視線を戻した轟が念押しするように低い声を出した。

「わかった。でも、本当に替えるからね」