秋晴れだった。『くんち晴れ』といっても過言ではない雲一つない快晴だった。

 1634年(寛永十一年)に始まったとされる諏訪神社の秋季大祭である『長崎くんち』は、毎年10月7日から9日までの3日間開催される。その語源は、旧暦の9月9日を重陽(ちょうよう)の良き日として祝う中国の風習が伝わったことから、「9日(くにち)」を「くんち」と読んで祭礼日を意味したと言われているが、現在では華やかな奉納踊りを見るために県内外から多くの人が訪れる観光の目玉となっており、長崎市の経済に大きく寄与する祭りとなっている。

 その初日に早起きをして夜明け前に会場に行ったのだが、前の方で見えるかなと思ったら大きな間違いだった。前日から場所取りをしている人も多く、最後列を確保するのがやっとだった。しかし、他の日に変更する選択肢はなかった。観覧券は既に売り切れていたので、無料で見ることができる初日しかチャンスがなかったのだ。

 待ち続けて、待ち続けて、遂にやって来た。最初の傘鉾(かさぼこ)今博多町(いまはかたまち)の『本踊り』だった。黄、紫、緑、赤、桃色の五色(ごしき)(あで)やかな着物姿の女性が厳かに優雅に踊る姿に見惚れてしまった。

 次は魚の町の『川船』。グルグルと威勢よく川船を回す男衆に歓声が上がったが、なんと言っても見ものは『子供船頭の網打ち』。船の舳先(へさき)に立つ小学生低学年くらいの男児が石畳に置かれた魚の模型に網を打つと、見事に5尾すべてを捕らえた。その瞬間、練習の成果が出て自慢げな表情になった子供船頭にヤンヤの拍手が送られた。

 次にやって来たのは江戸町の『オランダ楽隊オランダ万才』。オランダと日本の国旗が立てられた阿蘭陀船(おらんだぶね)には、濃紺の帽子を被って金糸で刺繍(ししゅう)されたベストを着た子供たちの楽隊が乗り、華やかな演奏が繰り広げられた。船長に扮した男児が献上の品を奉納すると、両国の友好を祝福するかのように温かな拍手と笑みが会場を包み込んだ。

 それぞれの演し物に釘づけになった。異国情緒たっぷりな上に、演者と観客が一体になったこの盛り上がりは半端なかった。だからめちゃくちゃ幸せな気分になってきた。

 そんな中、籠町(かごまち)の『龍踊(じゃおどり)』が始まった。格子柄(こうしがら)のグレーのベストを着た踊り手たちが黒い棒の先に取り付けた龍を自由自在に操っている。それはまるで生きているとしか思えないような見事な舞だ。それに、子供たちが奏でるシンバルの音色が(いにしえ)の唐の雰囲気を醸し出して、一気に異国情緒に包まれ、心を鷲掴みにされた観客が立ち上がって手を叩き始めた。そのせいで最後列の自分の視界が閉ざされてきた。思い切り背伸びをしてつま先立ちになったが、そこまでしても見たくなるほどの素晴らしい舞だった。

 最後は東濱町(ひがしはまのまち)の『竜宮船』が特別参加で登場した。金色の眩い三層楼閣(ろうかく)(かたど)った傘鉾の先頭には真っ赤な毛をたなびかせた竜が大きく口を開け、鋭い牙を露わにしていた。その前で踊る艶やかな着物女性との対比が見事なので見惚れていると、突然男衆が竜宮船を豪快に回し始めた。すると会場は一気にヒートアップして、竜の頭がグルグル回る迫力の舞に大きな拍手と歓声が送られた。
 その余韻が残る中、籠町の『龍踊』と東濱町の『竜宮船』を一緒に見ることができたのは今年が初めてだとアナウンスがあった。

 なんてラッキーなんだろう。

 余りの幸運に思わずガッツポーズを作ってしまったが、それに促されたのか、お腹が鳴った。思い切り鳴った。そうだった。朝起きてから何も食べていなかった。すぐにご飯を食べられるところを探したが、どの店も長蛇の列で、かなり待たなければ入れないようだった。この辺りで食べるのは諦めた。