300軒か……、

 会社から送られてきたレコード店のリストを見て、思わずため息が出た。長崎と佐賀と熊本の3 県で取引のあるレコード店のリストだった。

 どうやって回ったらよいか、わからなかった。だから、アイウエオ順に並んだリストをただ茫然と見つめるしかなかった。店名、店主名、住所、電話番号……、ぼ~っとその表を見つめてはため息をついた。前任者からの引継ぎが無いから、どこが重要な取引先かわからないのだ。仕方がないから地区別にアイウエオ順で訪問するしかないかと思ったが、その表を何度も見直しているうちに、年間の取引額の欄で目が止まった。
 いきなりピンときた。
 これだと思った。
 急いで本社に電話をかけた。

「取引額の多い順番にリストを並び替えていただけないでしょうか。……。はい、そうです。……。はい、それで結構です。できるだけ早く送っていただければ助かります」

 4日後に受け取った新たなリストを見て驚いた。売上のバラツキが大きいのだ。売上1位の店舗から、2位、3位と順番に足し算をしていき、60番目の店舗の売上を足した時、合計金額を見て驚いた。なんと全売上の8割に達していたのだ。

 300軒中60軒で8割……、

 呟いた瞬間、ある日のゼミの講義が蘇ってきた。教授が黒板に書いた文字が鮮明に脳裏に浮かんだ。パレートの法則。すると、澤ノ上教授の言葉がリアルに蘇ってきた。

「今から大切な理論を教える。とても大切な理論だから、しっかり頭に叩き込みなさい」

 ゼミ生の記憶部位〈海馬〉を突き刺すような鋭い声だった。

「売上の8割は上位2割の顧客、製品、サービスから生み出される。だから、その上位2割に集中しなければならない」

 黒板に書いた文字をチョークで叩きながら、強い口調で続けた。

「パレートの法則。別名、2:8の法則という。これを真に理解しなさい。そして、上位2割に焦点を当てなさい。自分のエネルギーを上位2割に注ぎなさい。そうすれば、君たちは必ず成功者になれる」

 更に、こうも言った。

「残りの8割は捨てなさい。例えその8割に愛着があっても、しがらみがあっても、捨てる勇気を持ちなさい。下位8割から得るものはほとんどないと肝に命じなさい」

        *

 教授に導かれるように、上位2割の店舗へ訪問を始めた。前任者が訪問していなかったため最初は怪訝そうな顔をされたが、拒絶されるということはなかった。2週間で全60店舗を回った。

 成果は予想以上だった。多くの店舗でポスターを貼らしてもらうことができたし、その上、1軒だけだったが注文を出してくれた店があった。その瞬間、思わず飛び上がりそうになった。店主に向かって何度も頭を下げた。彼の顔は一生忘れないだろうと思った。