『ル・リアン』 ~絆、それは奇跡を生み出す力!~


 1976年4月、エレガントミュージック社の入社式が行われた。
 新卒で入社したのは3人だった。
 湯島と早稲田と自分。
 やっぱり……。

 2週間の研修を終えた日、配属先を言い渡された。
 湯島と早稲田は企画部で、自分だけ営業部だった。
 やっぱり……。

「長崎に行ってくれ」

 会社の指示に驚いた。まさか最初から地方へ行くとは思っていなかったので、すぐに返事ができなかった。しかし、そんな動揺を感じ取ってもらえるわけもなく、話はどんどん進んでいった。
 長崎を拠点にして、佐賀、熊本を担当するのだという。ラジオ局への紹介とレコード店への営業が主な業務だと言われた。前任者が退職してしばらく経っているので、引継ぎはないとも言われた。

        *

 手荷物一つとギターを持って長崎行きの飛行機に乗った。ケースに入ったギターは、スチュワーデスが預かってくれた。笑顔の素敵な女性乗務員だったので、この先の不安が少し薄れた。

 長崎市内に借りた2DKのアパートが新居だった。和室の6畳が寝室兼居間、洋室の6畳が事務所兼倉庫。そう、長崎に事務所はないのだ。アパートが事務所代わりなのだ。プロモーション用のレコードや販促物はアパートに送られてくるのだ。

 机の上に電話機を2台設置した。会社から公私を分けるようにと言われていたからだ。しかし、両方同じ型の黒電話なので見分けがつかなかった。そこで、プライベート用の受話器を樹脂用ペンキで白く塗りつぶした。ちょっと変かなとも思ったが、ダイヤルの番号表示が白色なので、意外とマッチしている事に気がついた。すると、結構カッコよく見え出した。世界で唯一の白黒電話かもしれないと思うと、突然命名したくなった。『スナッチフォン』と名づけて、一人悦に入った。

 長崎にはラジオ局が2局あった。NHKがAMとFMを、民放がAMを放送していた。早速、音楽番組責任者に挨拶に行った。しかし、つれない反応が返ってくるばかりだった。というより、お払い箱状態だった。名刺さえ受け取ってくれない人もいた。とても嫌われていると感じた。冷たすぎる反応に心が凍った。

 レコード店はまだ店舗リストが届いていなかったので、様子見がてらアパートの近所にある店に挨拶に行った。すると、予想外のことを言われた。「エレガントミュージック? 久しぶりだね。いつ以来かな……」と。

「えっ、前任者が伺っていないですか?」

 客で賑わうレコード店の主は頭を振った。

「前任者がいたのかどうか知らないけど、とにかく、お宅の担当者はしばらく見かけていないね」

 前任者は何をやっていたのだろうか? 

 ラジオ局では嫌われ、レコード店には顔を出していない。

 なんだ、それ? 

 そんなことは会社から一切聞いていなかった。最低の地区を担当させられたと思うと、気が重くなってきた。これでは、一からではなく、ゼロ、いや、マイナスからのスタートだと思った。正座した太腿の上に重い石を置かれているような感じがした。