新人発掘能力が低すぎる……、

 今日も絶望的な気持ちでラジオ局をあとにした。会社が推す新人バンドをディレクターに紹介したのだが、首を横に振って大げさに肩をすくめて手を広げられたのだ。「もうちょっとましなバンドを紹介してよ」と。

 エレガントミュージック社に入社以来、5年間販促部の邦楽セクションに所属しているが、ヒットを飛ばし続けている洋楽部門と違って苦戦が続いている。そのため会社から常にプレッシャーをかけられているのだが、企画部がデビューさせる新人バンドは箸にも棒にも引っかからないものばかりで、どうしようもなかった。だから、ディレクターに拒絶されるたびにいつも暗澹(あんたん)とした気分になった。このままでは邦楽部門は消滅してしまうかもしれないという危機感が募っていった。

 それに、もう限界だった。手応えのないスカスカの毎日を続けるのは無理だった。勝負に出るか、それとも会社を辞めるか、そのどちらかだという思いが日毎に強くなっていた。
 それが今日のディレクターの一言ではっきりと固まった。考えていたことを実行することにしたのだ。それは、新人発掘業務を手掛けるために自己申告制度を利用して企画部・邦楽セクションへの異動を申告することだった。

 勝負をしてダメだったら会社を辞めよう。

 自らに言いきかすように敢えて口に出した。そして、人事部へ書類を取りに行った。

        *

 びっくりすることが起こった。定期異動時期ではないにもかかわらず異動辞令が発せられたのだ。

 会社も危機感を持っていたからだろうか? 

 それはよくわからないが、あっけなく希望が叶えられることになった。

        *

 販促部での引継ぎを済ませて意欲満々で企画部に赴任した。自らの手で有望な新人を発掘できることにワクワクしながらドアを開けた。しかし、部屋に入った瞬間、その乱雑さに驚いた。余りの酷さに絶句した。邦楽セクションの部屋はごみ屋敷としか思えなかった。

「整理整頓? そんなことしたら調子狂っちゃうよ」

 前任者は、これが当然、というような顔をした。

「でも、どこに何があるのか、これではわからないですよね」

「わからなくていいんだよ。どうせほとんどはガラクタなんだから」

 彼は肩をすくめて笑った。

 ガラクタ……、

 彼と話をするのを止めた。「引継ぎは」と言いかけた彼を手で制して、「結構です。わたしのやり方でやりますから」とはねつけた。

「そう。じゃあ、よろしく」

 無表情で手を上げて部屋を出て行った彼の異動先は営業部だった。

 それにしても、どうやって積み上げたのだろう? 

 前任者の技に思わず感心してしまった。机の左側は書類の山だった。右側は開封されていないデモテープの包みが積み上げられていた。ちょっとでも触れると崩れそうなくらい高く積まれていて、椅子に座ると、書類の山とデモテープの山に挟まれた谷間にいるように感じた。

 バカじゃないの! 

 机に向かって吐き捨てたが、それでも気を取り直すために深呼吸をして立ち上がった。先ずはラジカセを探さなくてはならない。隣席の先輩に聞いて、部屋の奥からラジカセとヘッドフォンを持ってきた。そして机の空間にラジカセを置いて、デモテープを一つ一つ聴き始めた。

 ダメだな~、

 5本ほど聴いて、思わず独り言ちた。聴くに堪えないものばかりだった。これじゃあ、誰だって聴かなくなる。前任者のしらけた顔が思い浮かんだ。しかし、ゴミの中から宝を探し出さなければならない。そのためにここへ異動してきたのだ。思い直して、また聴き続けた。

        *

 2日後、机の上にあったデモテープはすべて聴き終わった。そして、そのすべてをゴミ箱に捨てた。50本近く聴いても宝は見つからなかった。

 頼むよ~、

 独り言ちて、デモテープの入った封筒を段ボール箱から取り出した。そして、祈るような思いで封を開けた。カセットにバンド名と曲名が書いてあったが、一瞥(いちべつ)してラジカセにセットした。なんの期待もせずに再生ボタンを押した。

 次の封筒を手に持ってハサミで切ろうとした時、手が止まった。

 あっ、この音!

 ヘッドフォンを両手で押さえて演奏と歌に集中した。哀愁のあるフォークロックのサウンドとハイトーンのヴォーカルに引き込まれた。

 聴き終わってカセットテープを取り出し、ラベルに書かれているバンド名と曲名を確認した。バンド名は『ビフォー&アフター』、曲名は『ロンリー・ローラ』だった。

 すぐに手紙を送った。「お目にかかって今後のことを打ち合わせしたい」と書いた。彼らがどういう受け止め方をするのかわからなかったが、とにかく会ってみなければ何も進まない。今後一緒にやっていくためには、曲の良さや演奏力に加えて人柄も重要なポイントになるのだ。

        *

 10日後、3人の若者と会った。彼らは自己紹介をしたあと、ニックネームを付け加えた。名前がユニークだったし、ニックネームは覚えやすかった。第一印象は○だった。

 早速話を切り出した。

「1年間、前座で腕を磨いてください」

 その途端、3人の口が開き、茫然としたような表情になった。誰も何もしゃべらず、まるで声を失ってしまったかのように無音が続いた。

「前座ですか……」

 黒髪長髪が、やっと、という感じで声を出した。
 気持ちはわかったが、甘いことを言うわけにはいかない。釘を刺すように言い含めた。

「アマチュアバンドをいきなりレコードデビューさせることはしません。知名度のないバンドのレコードを出しても売れるはずがないからです。だから、有名なバンドの前座で全国を回り、少しずつ知名度を上げていくことが大切なのです。それをする気がないのなら、この話は終わりです」

 すると彼らは戸惑ったような表情を浮かべた。〈終わり〉という言葉に少なからずショックを受けているようだった。

「前座の期間は……、どれくらい……、ですか……」

 黒髪長髪が恐る恐るという感じで訊いてきた。

「わかりません。観客の反応次第です。反応が良ければ短期間でデビューできるかもしれませんが、反応が悪ければ前座の仕事さえなくなると思ってください。この世界はそれほど厳しいものであると認識してください」

 3人が顔を見合わせた。表情は曇天のようだった。

「少し考えさせてください」

 絞り出すような声が黒髪長髪から漏れた。スキンヘッドと茶髪長髪が首を縦に振った。

「よく考えて。覚悟があるかどうかをそれぞれの胸によく訊くことです。中途半端な覚悟でやったら必ず失敗するということを、頭に叩き込んでください」

 もう一度、強く念を押した。