採用面接から少し経った日の午後、意を決して部室に向かった。プロへの挑戦を断ることを告げるためだ。

 部室に入ると、彼らが待ち構えていた。いつもの椅子に座ったわたしは、突き刺さるような視線を避けて、うつむき加減で声を絞り出した。

「済みません」

 エレガントミュージック社からの採用通知を右手に握りしめたまま、頭を下げた。

「なんでだよ~」

 タッキーがやり切れないというような表情で言葉を吐き出した。

「留年までしたのに」

 ベスが虚ろな目で天井を見上げた。キーボーは何も言わず窓の方を見ていた。

「済みません」

 掠れた声でもう一度言うと、その後は沈黙が続いた。永遠に続くかと思うほど長い沈黙だった。息苦しさに窒息しそうで、逃げられるものなら逃げ出したかった。血が出るかと思うほど唇を噛んだ。

「俺たちは、やるよ」

 沈黙を破ったのは、キーボーの絞り出すような声だった。

「スナッチがいなくても、俺たちはやるんだ」

 そしてタッキーとベスに向かって、「やるよな、俺たちだけでも」と念を押した。2人は当然というように大きく頷いた。

 何も言えなくなってうつむくと、「これっ切りだな」という声が耳に届いた。タッキーの最後通牒(つうちょう)だった。

 顔を上げると、ベスが頷いていた。キーボーは睨みつけるような目で見ていた。

「済みません」

 それ以外の言葉が見つからなかった。

「済みません」

 ただ頭を下げるだけだったが、ギーという音がしたので顔を上げると、部室のドアが開いて、出ていく姿が見えた。
 バタンとドアが閉まって見えなくなると、大事な宝物を失ったような気がして、目の前から光が消えたように感じた。頭を抱えてしゃがみこんだ。そして、動けなくなった。

        *

 3人と別れたあと、家に閉じこもった。大学に行く気がまったくしなくなった。しかし、家に居ても何も手に付かず、ほとんどの時間ボーっとしていた。卒論の仕上げに取り掛からなければならなかったが、集中することはできなかった。それに、断っておきながら、バンドへの未練を断ち切れないでいた。あんな別れ方をしたままで終わらせたくはなかった。悶々とした日が過ぎていった。

 卒論にまったく手が付かなくなったので、ギターを弾くしかすることが無くなった。アンプに繋ぐわけにもいかないので、しょぼい音しか出せなかったが、それでも机に向かっているよりはましだった。しかし、気がつくとバンドの持ち歌を弾いていて、これは逆効果になってしまった。彼らとの思い出が次々に浮かび上がってきて切なさが募ってきた。

 何をやってもダメだ……、

 ギターを置いてベッドに倒れ込むと、天井のクロスの小さなシミが見えた。ため息が出た。