気がつくと家に辿り着いていた。ハッとして郵便ポストの中を見たが、何も入っていなかった。しかし、そのことになんの感情も起きなかった。
 インターホンを鳴らしても応答はなかった。母は買い物にでも行ったのだろう。ジーパンのポケットから鍵を取り出してドアを開けると、しんと静まり返った玄関が迎えてくれた。すると、先程の疑問が蘇ってきた。そして、「ご愁傷様」という声も。
 一瞬立ち尽くしたが、思い切り頭を振ってそれを消し、台所へ直行して、冷蔵庫を開け、牛乳パックを取り出した。持つと軽かったのでコップには注がず、容器に直接口を付けて飲み干した。しかし、ゆすいできれいにする気にはならなかった。いつもは容器を開いてリサイクルに出せる状態にするのだが、今日はとてもそんな気が起こらなかった。そのまま流しに置いて、居間に行った。

 テーブルを見ると、郵便物やチラシが無造作に置かれてあった。もしかしてと思って手に取ったが、待ち焦がれている物は見つからなかった。すぐに出て、階段を上がった。

 自分の部屋に入って、ドアを閉めた。いつもなら真っ先にレコードをかけるのだが、今日はベッドに倒れ込んだ。目を瞑っても眠れるわけはないので、ボーっと天井を見ていた。

 どれくらいボーっとしていたのかわからないが、電話の鳴る音が聞こえた。慌てて起き上がって部屋を出たが、階段の中ほどまで下りたところで音が止んだ。それでももう一度鳴るかもしれないと思ってその場で待った。でも、二度と鳴ることはなかった。
 仕方なく部屋に戻って、またベッドに横になろうかと思ったが、枕カバーに付いた抜け毛に笑われたような気がしたので、その気が無くなった。机の椅子に腰かけると、目が長方形のものを見つけた。

 手に取った。
 名前が書いてあった。
 須尚正様。
 裏返すと、差出名が書いてあった。
 エレガントミュージック社。
 見た瞬間、息が止まった。
 息を吐くことも吸うこともできなかった。
 両手で持ったまま差出名を見続けていると、胸がグ~っと詰まってきた。
 限界に達した時、やっと息を吐き出すことができた。
 そして肺いっぱいに息を吸った。

 ハサミで封書の上部を切って、中から手紙を取り出した。三つ折りになったものを開くと、書類選考を通過したということが書かれてあった。その下に面接の日時が記されていた。
 何度も読み返した。
 しかし、現実のこととして受け止められなかった。
 右手で頬を抓った。
 痛みを感じなかった。
 やっぱりこれは現実ではない。
 でも、夢とは思いたくなかった。
 今度は唇を思い切り抓った。
 痛かった。
 声が出そうになるくらいマジに痛かった。

 本当なんだ……、

 じわじわと実感が沸いてきた。それでも喜びは湧いてこなかった。ヤッターという強い感情も湧いてこなかった。心の中に現れたのはたった一つの言葉だけだった。本当にそれだけだった。それしか湧いてこなかった。その言葉は心の中でしばらくとどまっていたが、何かに押されて歯の裏側まで移動してきた。そして、息が漏れるように静かに吐き出された。

 生き残った……、