中学2年生の春。俺は祖母と暮らすため、この街に引っ越してきた。

 両親は料理研究家で、世界各地の薬草やスパイスを研究している。
 ヒルデガルトの薬草学、スリランカのアーユルヴェーダ、フランスのフィトテラピーなど、様々な知識を求めて海外を飛び回っているのだ。

 長期間、家に一人にしておくのを心配した両親が、俺をばあちゃん家に預ける。幼い頃から両親は研究で忙しく、俺はばあちゃんに育てられたようなものだ。風邪を引けばティザンヌをブレンドし、頭痛がすれば薬草茶を煎じてくれる。

 (時々喧嘩もするけど、ばあちゃんは親よりも近い存在だ。料理の魅力を教えてくれて、今ではばあちゃんの店を手伝うまでになれたし)

 転校初日。俺は教室の隅で一人弁当を食べていた。

 生徒A「あの転校生、暗すぎだろ、闇落ちしてるみたいだし」

 生徒B「そうそう、なんであんな雰囲気出してんだ?なんか怖いし、話しかけにくいぜ」

 (別に気にしない。どうせまた引っ越すかもしれないし、深く関わる必要はない)

 そこに星野春愛(ほしのはるあ)が現れる。

 春愛「一人で食べてるの?よかったら一緒に食べない?」

 屈託のない笑顔で俺に話しかけてくる彼は、小鹿のように華奢だ。

 香坂「……いい」

 俺は素っ気なく断った。でも星野は諦めない。

 春愛「俺、星野春愛!転校生だよね?」

 香坂「……香坂(こうさか)だ」

 春愛「香坂、よろしく!」

 それから毎日、星野は俺に声をかけてきた。他の人は誰も近づかない俺に、ただ一人近づこうとする。最初はうざいと思っていたが、だんだんあの笑顔が気になり始めた。

 (なんで、この子は俺なんかに優しくしてくれるんだ?)

 星野は誰にでも優しい。クラスのムードメーカーで、いつも周りを笑わせている。でも時々、疲れたような顔をしているのを俺は見逃さなかった。

 (あの笑顔って……まさか作り笑い?時々無理してるように見える。体調も良くなさそうだ)

 昼休み。俺は星野のことを観察するようになった。

 星野が小さなコンビニ弁当を取り出すが、それでも半分ほどしか食べていない。酷い時は菓子パン一個の時もある。

 (星野はかなり食が細い)

 春愛「はー、もういいや」

 (また少ししか食べてない。この子ちゃんと食べてるのか?)

 このままじゃ、星野の体がもたない。星野の疲れた顔を見るたびに、心がざわつく。彼が手作り弁当を食べる姿は、一度も見ることは無かった。

 (もしかして……作ってくれる人がいないのか?)

 春愛「香坂の弁当、いつも美味しそうだね」

 香坂「……そうか?」

 春愛「香坂、幸せだよね、その弁当……」

 香坂「……星野、これ食べる?」

 春愛「えっ、いいよ……香坂のお母さんに悪いし」

 (これ、ばあちゃんが作ったんだけど……まあ星野にしたら一緒か)

 その時、俺は決めた。

 (いつか星野に、俺の料理を食べさせてやろう。体に良い、本当に美味しい料理を)

 ばあちゃんに料理をもっと習って、上手く作れるようになったら星野に食べさせたい。そんな野望を抱いたが、神様は意地悪だ。中3ではクラスが離れ、高1でも離れたまま。

 そして、高2になって、やっと星野と同じクラスになれた。

 (もう準備は整っている。俺の料理スキルは2年で、ばあちゃんの店のメニューを任される程になったんだから)

 (今度こそ、星野を俺の料理で笑顔にして健康にしてあげたい!そのためにはなんとかして、俺の料理を食べさせなくてはならない。でも、どうやって?)

 星野は俺のことを、中学の時ほど覚えていないようで、あの時みたいに話しかけられることもなく、1か月が経過。俺から話しかけることなんて出来ないし、途方に暮れていた。

 (俺が悪いのは分かっている。あの時は両親と離れたことが寂しくて、心を閉ざしていたから、星野とまともに話すことが出来なかった)

 再び同じクラスになった時、気づいたことがある。相変わらず星野は体調管理が出来ていない。頭痛を訴えることも多く、顔色も悪いし、中2の時より不健康さが酷くなっている。

 俺の家では、ばあちゃんは薬膳料理の店をやっているから、俺は小さい頃から、体調に合わせたハーブやスパイス調合を叩き込まれている。親の影響もあるし、俺も楽しんで学んでいる。だから、この知識を活かして助けてあげたい。

 (でも、普通の高校生には理解されないだろう。変わっている、気持ち悪いと思われるのが関の山だ)

 だから俺は星野との距離を保って様子を見ることにした。

 (遠くからでもいい。星野が元気でいてくれるなら、それでいいと思って)

 しかし、体育の時に星野が倒れそうになった時、俺は我慢できなくなった。

 (やっぱり、放ってはおけない。気まずいと思われても助けさせて欲しい……)

 調理実習の日。俺と星野が同じ班になり、俺の心臓は跳ね上がった。

 (チャンス……!これなら自然に、星野の体調を良くしてやれる!)

 実習が始まり、俺は星野の玉ねぎを切る姿を見守っていた。おままごとのように不器用そうに包丁を握る彼。

 (ヒヤヒヤするな~危なっかしすぎる。ちゃんと見張らないと……)

 星野は料理が下手だ。涙を流しながら玉ねぎを切る姿は、可愛いと思えてしまう。
 玉ねぎを触った手で目をこすろうとしていたから、焦って彼の手首を掴んでしまった。彼の手首は華奢で折れそうで、本当に心配になる。

 (やっぱり、ちゃんとした栄養が取れていないのかな)

 カレーを作りながら、俺は密かにスパイスを調合した。星野の体調に合わせて、ジンジャーで体を温め、ターメリックで疲労回復を促す。

 春愛「香坂、何入れたの?」

 (バレそうになって焦った)

 香坂「……スリランカの知恵だ。体にいい」

 仕上げには、普段から持ち歩いている俺のブレンドした、キャトル・エピスとガラムマサラを入れておいた。少しでも星野が元気になれるように。

 星野がカレーを食べて「うまい!」と喜ぶのを見て、俺は心の底から幸せになった。

 (星野の笑顔……やばい。こんなに嬉しそうな顔をされると、何でもしてあげたくなる)

 ◇

 翌日。星野が頭痛で辛そうにしているのを見て、俺は我慢できなくなった。

 早朝。俺はばあちゃんに習ったティザンヌを煎じて、保温ボトルに注ぎ入れる。

 月乃(つきの)蒼真(そうま)、また星野君のこと考えてるの?」

 香坂「……別に」

 月乃「嘘つき。その子の体調、そんなに気になるの?」

 香坂「……うるさい」

 月乃「ふ~ん、その星野君って、毎日あんたがその子の話ばかりしてるの知ってるの?」

 香坂「俺は何も話してない」

 月乃「『星野が今日も疲れてた』『星野がまた頭痛で苦しんでた』『星野の弁当が小さすぎる』……十分話してるわよ」

 (確かに無意識に星野のことばかり話しているのかもしれない……)

 月乃「星野君、あんたのことどう思ってるのかしらね」

 香坂「……知らない」

 (俺なんかに興味があるわけない。星野は誰にでも優しいんだ)

 (でも、それでも構わない。星野が健康でいてくれるなら、それで十分だ)

 早朝の誰もいない教室で、俺は星野の机に紙コップに入れたティザンヌを置いた。

 (バレたら恥ずかしいけど、星野の体調の方が大切だ)

 星野が教室に入ってきて、机の上のお茶に気づく。

 春愛「え……これ、なに?」

 俺は知らないふりをする。でも心は暴れだしそうだ。星野がお茶を飲んで「美味しい……」と呟くのを、俺は盗み見した。

 (良かった……星野の顔色が明るくなったような気がする)

 実は今朝、サンドイッチも作って来ていた。もしチャンスがあれば、星野にあげようと思って多めに持ってきていたのだ。

 (いつでも星野に食べさせてやれるように、準備はしておこう)

 しかし、彼は2限目の授業中に倒れてしまう。俺は居ても立っても居られず、彼をおんぶして保健室まで運んだ。みんなの目が痛かったが、星野の為なら耐えられる。

 (星野の身体……羽のように軽い……)

 ぎゅっと俺の首に回した手の感触や、身体の温かさを俺は忘れることが出来ないだろう。

 彼は空腹で倒れたと保健室の先生に聞いたので、俺は準備していたサンドイッチを星野に食べてもらうことにした。すると彼は一口食べると涙を流す。

 春愛「美味しい……香坂、料理本当に上手いんだな」

 香坂「……普通だ。なんで泣いてる?」

 春愛「美味すぎて、ごめん……」

 (美味しくて泣いてるって……何か辛いことがあるのかな?)

 俺の料理で星野がこんなに喜んでくれて、心が満たされ、もっと食べさせてやりたくなった。

 3限目の美術の時間、俺と星野は遅れて入室する。星野の体調が心配だったが、なんとか回復していた。

 『モチーフ交換デッサン』で星野とペアを組むことになる。みんなもうペアが決まっていたためだ。

 先生「互いの顔をモチーフにして、デッサンしてください」

 春愛「え……顔?」

 星野、恥ずかしがってるのが愛らしい。

 (でも……こんなに近くで星野の顔を見つめていいのか?)

 俺たちは向かい合って座った。俺は星野の顔をじっと見つめる。

 こんなに近くで星野の顔をまじまじと見るのは初めてだ。

 (茶色いクリクリとした瞳、アップノーズ、苺のような赤い唇……透き通るような白い肌、細い首筋……全てが俺を狂わせる)

 この感情は同性に持つ感情ではないことに、俺は薄々気づいていた。

 春愛「あー、恥ずかしい……」

 (星野が照れてる……しっかり見ておこう)

 春愛「香坂の顔ってやっぱカッコいいな……」

 (え?俺がカッコいい?星野が俺をそんな風に……)

 俺の頬が熱くなった。

 (まずい、顔に出てる絶対)

 でも星野も真っ赤になっている。

 (お互い照れてる。なんだか、特別な時間だ)

 俺は一生懸命星野の顔を描いた。

 (星野のこの表情、忘れたくない。優しい目、困ったような眉、少し開いた唇……全部記憶に刻んでおきたい)

 (中2の時と比べても、より可憐になったような……儚げで時に気だるい)

 俺はその1つ1つの表情に惑わされていた。

 (目が合うたび、胸が苦しくて、どうしたらいいのか分からなくなる……これは一体何?)

 (星野がこんなに近くにいる。手を伸ばせば触れられる距離に……手を伸ばしそうになる自分が怖い)

 授業の終わり、星野が描いた俺の絵を見てみる。

 春愛「もう、下手だから見るなよ」

 不器用だが、一生懸命描いてくれたのが伝わってくる、星野が描いた俺の絵。

 香坂「なんか味があるな」

 星野を見つめられる時間、本当に楽しかった。

 ◇

 夏休み前に、文化祭で「薬膳カフェ」をやることが決まった。

 偶然だが、俺はばあちゃんの薬膳料理店を手伝っているから、役に立てそうだと思った。クラスの誰もこのことは知らないけれど。

 (星野が薬膳カフェを何故かやりたがっていて、嬉しい)

 夏休みは頻繁にグループチャットで、「薬膳カフェ」についてクラスメイトたちが意見をかわしていた。みんな楽しそうにチャットしている。

 俺は店の仕込みをしながら目を通していた。ばあちゃんの薬膳料理店には夏休みはなく、海外からの観光客で毎日大忙しだから。

 たまにチャットには参加していたが、自分から発言することはない。星野がたまに話しかけてくれるが、みんなに読まれるから上手く返事が出来ない。

 すると、ある日星野から個人的に「元気?」と俺だけにチャットをしてくれた。驚きすぎて、手が震える。色々話したいこともあったが、一番気になっていた、「飯食ってるか?」と打ち込む。

 アイスばっかり食べてると教えてくれる。俺はまた心配になって、「次の登校日になんか持って行く」と約束した。

 (本当は今すぐにでも持って行ってあげたいけど、1クラスメイトにそんなことされても、星野を困らせるだけだと思ったから自重した)

 ――登校日。

 少し早めに星野と教室で待ち合わせる。みんなが来てしまったら何か言われそうだから。俺は2人だけの秘密の時間を過ごせることに、胸が躍っていた。

 教室に入ると、星野がバテている姿を見つける。俺はそっと近づき、冷たいペットボトルを彼のほっぺに当ててみた。

 こっちを見た彼の表情はいつもに増して気だるい。シャツのボタンは3つ開けられ、鎖骨に汗が数滴溜まっている。俺は見てはいけないと思い目を逸らした。

 (今日気だるすぎないか?無防備すぎて困る……)

 俺は、持ってきたスープとおにぎりを机に置く。

 夏の体調を整えると言われている緑豆の薬膳ポタージュ。食べやすいように最後にライムを絞って、さっぱりと仕上げた。少しキャトル・エピスも忍ばせて。

 星野はおにぎりも残さず完食してくれたので、俺はホッとした。

 (また、美味しいものを食べたから感動しているのか?)

 ウルウルした瞳で食べる星野の姿をまた見てしまう。

 (嬉しいけど心配にもなる……もっと喜ぶ姿がみたいから、もっと美味いものを食べさせてあげたいな)

 ◇

 9月に入ると、俺は星野のために弁当も作り始めた。怖がらせないように気をつけて。

 月乃「あら、星野君の分?」

 香坂「……違う」

 月乃「嘘つき。あんたがそんなに丁寧に弁当作るの、初めて見るわ」

 ばあちゃんには何でもお見通しだ。

 ハンバーグには、ばあちゃんから教わったキャトル・エピスを忍ばせた。

 月乃「キャトル・エピス使うの?あんた、本気ね」

 香坂「……別にいいだろ、美味くなるから入れるだけだ」

 月乃「このフランスの四種のスパイスはね、昔から『想いを伝える香り』って言われてるのよ。何度も言ってるから知ってるわよね?蒼真」

 香坂「……うん」

 月乃「これは恋の媚薬よ。好きな相手に食べさせると、相手が自分のことを好きになるって言われてるんだから」

 香坂「……迷信だ」

 月乃「でも信じてるんでしょ、あんた。意外と可愛いとこあるわね。星野君があんたを好きになるように、ばあちゃんも応援してるから」

 香坂「うるせー」

 (確かに少しだけ信じている。ばあちゃんの言い伝えは案外当たるからな)

 星野が俺の弁当を完食してくれた時、俺は心の底から満足した。いつも少食で残してしまう星野が、全部食べてくれたから。

 (キャトル・エピスの効果があるといいな……)

 ◇

 ――文化祭当日。

 俺は朝からフランス風パンデピスを作った。星野のために心を込めて。もちろんキャトル・エピス入りだ。

 パンデピスはばあちゃんの店で人気のスウィーツ。砂糖の代わりに蜂蜜を使うから、健康志向の人に人気がある。スパイスが沢山入るが、案外バランスもとれているフランスの郷土菓子。

 春愛「今日のおすすめは、フランス風パンデピスと薬膳カレーです!」

 (星野が一生懸命説明してくれている。俺の作ったものを、こんなに誇らしげに紹介してくれるなんて)

 文化祭の料理は正直大変だったが、星野の笑顔を見ているだけで、疲れが吹き飛ぶ。

 休憩時間、星野が薬膳カレーが食べたいとおねだりしてきた。

 春愛「俺、金払うから……薬膳カレー食べさせて」

 (愛らしすぎる……こんな風におねだりされたら、あげないわけにはいかない)

 香坂「……金はいらない。ちょっと待ってろ」

 俺は小さなカップに薬膳カレーを盛って、星野を教室の裏に連れて行った。

 香坂「みんなには秘密だぞ」

 2人だけの秘密。特別な時間が始まる。

 春愛「うっま!やっぱりこの味だ!」

 春愛「めちゃくちゃ美味しい!もっと食べたい!」

 (星野がこんなに喜んでくれるなんて、幸せすぎるだろ)

 香坂「今度、うちに来い。いくらでも食べさせてやる」

 (思わず家に誘ってしまったけど、店だからいいよな?本当に家に誘うのはアウトだろう……)

 春愛「え?香坂の家?」

 香坂「……うちには、いつも薬膳カレーがあるから」

 家のことを話すのは初めてだ。でも星野なら招待してもいいと思った。店のことは来た時に説明しよう。

 春愛「マジで?行きたい!」

 香坂「……ああ。でも、これも秘密だ」

 また2人だけの秘密が増えた。星野との距離が縮まって嬉しくなる。

 ◇

 午後の休憩時間。田中が告白してきた。

 田中「あの……ずっとカッコイイなーって見てました。ずっと、好きなんです」

 香坂「……興味ない」

 (興味があるのは星野だけだ。他の誰にも興味はない)

 星野がこちらを覗いているのが見えた。なんだか複雑な顔をしている。

 (体調でも悪いのだろうか)

 その後、俺は星野に差し入れをしたくて探したけど、なかなか見つからない。やっと見つけた彼は教室の裏で、雑用を1人でやっていた。

 (星野はこういうところがあるよな。1人で抱え込むところが……)

 俺は差し入れを持って話しかける。

 香坂「星野、パンデピス持ってきた」

 俺は星野のために特別に作ったパンデピスを作業台に置いた。キャトル・エピスに願いを込めて焼き上げたパンデピス。

 春愛「わあ、綺麗!いただきます」

 星野が一口食べて、目を輝かせる。

 春愛「うっま!このパンデピス、甘くて……それに、ドキドキする!」

 (俺の作ったもので、星野がドキドキしてるのか?)

 春愛「あれ?なんか変……なんか……体が熱くなる……」

 香坂「……どんな味だ」

 俺は星野の顔を見つめた。

 春愛「甘くて……でも、なんか……胸が苦しい……?」

 香坂「……そうか、キャトル・エピスが効いてるのかも」

 (完璧だ。俺の想いが、料理を通して星野に伝わっている)

 春愛「キャトル・エピス?」

 香坂「うん。4つのスパイスが……」

 (ばあちゃんから教わった、恋の媚薬の話。でも、これ以上は説明できない……恥ずかしすぎる)

 香坂「……いや、何でもない」

 春愛「香坂も食べなよ」

 香坂「……俺はいい」

 春愛「なんで?自分で作ったのに」

 香坂「……お前が食べてるのを見てる方がいい」

 (本音を言ってしまった。引いてないかな?気持ち悪くなってないといいが)

 星野が少し驚いたような顔をしている。言い過ぎたかもしれない。でも、後悔はしていない。

 春愛「このパンデピス、なんか……香坂みたいだ」

 (え?俺みたいって何?)

 春愛「あ、いや……変な意味じゃなくて!香坂が作ったから、なんか……安心するっていうか……」

 (星野の中では俺って安心できる存在ってこと?キャトル・エピスが効いているのか?)

 意外な言葉に俺の心は燃え上がった。

 香坂「……そうか」

 (嬉しすぎる……多分、星野が俺のことを意識してくれている?)

 ◇

 文化祭が終わって、片付けをしながら俺は思った。

 (今日は、星野と近づけた気がする。星野の自然な笑顔もたくさん見れたし)

 春愛「香坂、今日はありがとう。みんな喜んでたよ」

 香坂「……俺も楽しかった」

 春愛「また今度、一緒に料理しようよ」

 香坂「……ああ」

 (もう断ることができない……距離を取ってあげられない……星野ともっと同じ時間を過ごしたいという願望が勝ってしまう)

 家に帰る途中、俺は考えていた。

 (俺の想いは、星野に届いているのか?星野は俺のことを、どう思っているのか……)

 答えを聞くのが怖い。

 (きっと、ただのクラスメイトとしか、思われてないだろう……)

 でも今日の星野の反応を思い出すと、少しだけ希望が見えてきた。

 (もしかしたら、星野も俺のことを……?そんなわけないか……)

 月乃「おかえり。今日はどうだった?」

 香坂「……まあまあだ」

 月乃「星野君には会えた?」

 香坂「……うるさい」

 月乃「素直じゃないのね。でも、いい顔してるじゃない。恋してる顔」

 俺は何も答えない。でも、確かに今日は充実していた。

 星野との距離が、少し縮まった気がする。クラスメイト以上になることが俺の目標だから。

 そして俺は気づいた。

 俺は、星野春愛に恋をしている。

 中学の時から、ずっと気になっていたけど、今は確信している。

 星野のことが好きだ。あの笑顔を守りたい。美味しいものをもっと食べさせたい。そして……俺だけのものにしたい。

 そんな想いを胸に、俺は明日の弁当の仕込みを始めた。

 (明日も星野に会える。それだけで、俺は幸せだ)