教室では秋の文化祭の話し合いが始まった。まだ6月だけど、夏休みを挟むから早めに始めるらしい。俺は後ろの席から議論を聞いている。
クラス委員「文化祭でやりたいことを挙げてください」
瑛斗「俺、カフェやりた~い」
(瑛斗はいつも発言してえらいな~俺はいつもただの傍観者だから)
クラス委員「他に何かありませんか?」
クラス中が静まり返る。
田中「カフェでいいんじゃないかな?」
クラス中から賛成の拍手が徐々に大きくなっていく。
(このクラス、いつも平和だよな~反発する人とかいないし。まあカフェが嫌な人はいないか)
クラス委員「はい。他に希望もないみたいだから、カフェに決定します。それでは、どんなカフェにしますか?他と被らない特徴があればいいと思います」
瑛斗「確かに。今って何が流行ってるの?普通すぎると埋もれそうだし」
俺は香坂の方を見る。相変わらず無表情で議論には参加していないが、耳は傾けているみたいだ。
(香坂、どう思ってんのかな。料理上手いから、きっと何かアイデアありそうだけど)
田中「薬膳カフェとかどうかな?最近流行ってるし、体にいいって聞くし、美肌にもいいらしいよ!痩せるかも~!」
女子達でわいわい盛り上がっている。男子達はピンときてない人もいそうだけど、人気のある田中さんに反対する人はいないだろう。
俺は頑張って手を上げた。
春愛「薬膳カフェ、いいじゃん!」
香坂がちらっと俺を見た。
(なんだか満足そうな表情に見える)
瑛斗「薬膳カレーとかもいいよな~この間スパイスカレー作ったじゃん?あんな感じだから普通のカレーよりお客さん来てくれそう。でも、あれ作れる人いる?」
みんなの視線が香坂に向く。調理実習での腕前を覚えているからだ。俺らの班のスパイスカレーの残りを、一滴も残さず食べた他の班の人たちも含まれる。
佐藤「まじで、香坂のカレーはヤバかった……あれなら金取れる」
みんながうんうんと頷いている。
クラス委員「香坂君、どうかな?」
香坂は、少し考えてから小さく頷く。
香坂「……やる」
田中「やったー!香坂君のカレーまた食べられる、薬膳カレー絶対美味しいよ!」
こうして、俺たちのクラスは「薬膳カフェ」をやることになった。
◇
あの話し合いから暫くすると、夏休みに入った。
クラスのグループチャットで薬膳カフェのスパイス話が盛り上がる。瑛斗が「カレー激辛にすっか!」とか騒ぐ中、俺も香坂に話しかけるけど、香坂の返信は「おう」「それでいい」とそっけない。
俺は勇気を振り絞って、一対一でチャットをしてみる。ただ一言「元気?」って。すると「飯食ってるか?」って返信が来た。俺は舞い上がっていっぱい自分の近況を返信する。
「うーん、アイスばっか!夏はついアイスばっか食べちゃう!」って返したら、「ダメだ。ちゃんと食べろ。次の登校日、なんか持って行く」だって。
(香坂、グループチャットではあんなにそっけなかったのに……俺のことやっぱり心配してくれるんだな……なんか、ドキドキするじゃん!)
8月下旬の登校日、文化祭のメニュー決めのため学校へ向かう。俺は暑さでバテて机に突っ伏した。
香坂「大丈夫か?」
香坂が冷たいペットボトルを俺のほっぺにピタッと当てて、心配そうな顔をする。でも、目が合うとサッと逸らす。
(今のなんだ?なんで目逸らすの?こっちまで恥ずかしくなる……)
春愛「あー冷たくて気持ちい……久しぶりだな香坂」
香坂「うん……これ」
おもむろに香坂がタッパーとコロンとした保冷タンブラーを俺の机に置いた。
春愛「なに?ティザンヌと弁当?」
香坂「違う。緑豆の冷たいポタージュと小さなおにぎり作って来た。弁当は食べれないって言われそうだから……食欲ないんだろ?」
春愛「えっ、そんなことないけど……いっぱいは食べられないかも」
香坂「これは、ナツメの小さなおにぎりと梅の小さなおにぎりだから、多分食べられる。それに冷製スープはポタージュにした……夏バテでも食べやすいように。カルダモンとかパクチーが入ってるけど」
春愛「そうなんだ!ちょっと食べてみる!」
ポタージュのスッキリした味に、カルダモンや複雑なスパイスの香りが混ざり合う。アクセントのパクチー、ちょっとライムみたいな酸味もあって、すごく飲みやすい。
おにぎりも小さいから残さず食べれて、久しぶりの栄養に俺は感動していた。また、目頭が熱くなりそうだったから、涙が溢れないように堪える。
(美味しいのも嬉しいけど、俺のために作ってくれた、香坂の気持ちが嬉しくて、泣きたくなるんだ)
夏休み中も、母さんは忙しくて帰ってこなくて……家でずっと一人でゲームしてたから、余計香坂の料理が心に染みてしまう。
その後みんなも登校して来て、メニューは香坂のアドバイスでスムーズに決まっていった。
◇
9月に入り新学期が始まる。
文化祭まで一週間。放課後の教室では、みんな準備作業をしている。
瑛斗「看板はこんな感じでどうかな?装飾も異国っぽくしよう」
春愛「えいと~これ重いよ~助けてっ」
俺は重い箱を運ぼうとして持ち上げた瞬間、思ったよりも重くてフラついた。
春愛「あっ……やばい、倒れそう……」
箱が手から滑り落ちそうになる。
香坂「……星野、重いのは俺が持つ」
香坂が箱を取って、俺の身体を支えてくれる。
(距離が近い!)
春愛「うわ、香坂、助かる……!ありがとっ」
俺は耳まで熱くなったけど、しっかりと目を見開いて香坂を見る。香坂は視線を逸らしたが頬が赤く染まっているのが分かった。
(香坂の優しさ、なんか心に効きすぎる……!でも、いつも近くにいて助けてくれるの何で?)
香坂「……無理するなよ」
春愛「ありがとう。助かった」
(調理実習の時も、体育の時も、いつも香坂が助けてくれる。なんでだろう?いつも俺のこと見てるの?)
瑛斗「はるあ~飯食わないからだぞお前。力なさすぎだろ」
春愛「へへっ、おう、ダメだな俺。鍛えなきゃ」
香坂が俺を心配そうな顔で見つめている。
(もっとしっかりしないとな……俺、か弱すぎる……)
荷物の整理が終わった頃、香坂が一人で厨房の準備をしていた。結局メインシェフを香坂がやることに。予想はしていたけど、かなり大変そうだ。俺も手伝いたいけど……何も出来ない。
テーブルに透明の瓶をいくつも並べて確認している。中には茶や赤、黄、黒色のスパイス、緑の乾燥した葉など色とりどりの瓶が並ぶ……まるで宝石箱みたいだ。
春愛「香坂、何それ?」
香坂、慌てて瓶を隠すが、見えてしまっている。
香坂「……調味料だ」
春愛「へー、すごく綺麗だね。これでお茶とか料理作るの?」
香坂「……うん」
(相変わらず素っ気ないけど、香坂が料理してるところを見てるのは面白い。手つきが本当にプロみたいなんだ。あの瓶の数、尋常じゃない)
春愛「手伝おうか?」
香坂「……いい。邪魔になる」
(ひどい言われようだけど、なんとなく嫌がってるわけじゃないのがわかる。むしろ、集中したいって感じ?)
春愛「じゃあ、見てるだけならいい?」
香坂「……勝手にしろ」
俺は椅子に座って、香坂の作業を眺めた。瓶から粉を少しずつ計量して、丁寧に混ぜ合わせている。
(料理している時の仕草、すごく綺麗でカッコいいな)
春愛「香坂って、いつから料理やってるの?」
香坂「……小さい頃から」
春愛「お母さんに教わったの?」
香坂「……ばあちゃんに」
(おばあちゃん子なのかな。なんか意外だ。クールな香坂がおばあちゃんと料理している姿、想像できない)
春愛「おばあちゃん、料理上手なんだ」
香坂「……まあ」
香坂の表情が少し柔らかくなった。
(おばあちゃんの話は好きみたいだ)
◇
翌朝。俺の机の上に、いつものティザンヌと一緒に弁当箱が置かれていた。コースターには黒ペンで「食って飲め!」と書いてある。
春愛「え……今度は弁当まで?」
恐る恐る弁当箱を開けてみる。綺麗に詰められたおかずが並んでいて、彩りも完璧だ。卵焼き、きんぴらごぼう、ハンバーグ、鶏の照り焼き、焼き魚の切り身、ほうれん草の胡麻和え……。
瑛斗「うわー、すげー豪華!誰が作ったの?春愛のお母さん?」
春愛「い、いや……母さんは忙しくて……俺はいつもコンビニ弁当だから」
(誰がこんな手の込んだ弁当を……?まあ、一人しかいないか)
香坂の方をチラッとみると、目を逸らされた!恥ずかしいのかもしれない。俺はあまり香坂を見ないように、一口食べてみる。
(ヤバい、すごく美味しい。優しい味付けで、ほっとする味だ)
少し視界がぼやけて来たけど、なんとか堪えた。教室で泣いたらもう、洒落にならないから。
(普段はコンビニやスーパーの惣菜ばかりだから、手作りの温かさに感動してしまうんだよな……心のこもった料理に)
春愛「美味しい……すごく美味い!」
(いつもは少食で残してしまうのに、今日は全部食べきれそうだ。1つ1つのおかずが丁寧に作られていて、食べてると幸せな気持ちになる)
(あれ?このハンバーグ、不思議なスパイスの香りがする。これ、香坂のカレーみたいな香りだ……すごく美味い)
ふと香坂の方を見ると、彼がこちらをちらっと見ていた。俺がちゃんと食べてるのを見て、安心したような表情をしている。
(香坂……俺なんかのために……なんで、ここまでしてくれるんだ……)
心が震える。ティザンヌの時と同じ字体。「食って飲め!」という乱暴な言葉遣い。でも、その乱暴さの裏に優しさが隠れているような気がした。
(香坂……本当に俺のこと心配してくれてるのかな?でも……なんで?)
心臓が激しく脈打ち始めて止まらない。完食する勢いだったけど、1限が始まりそうだったから、残りはランチの時に頂いた。
放課後になり、香坂が帰ろうとした時、俺は勇気を出して洗った弁当箱を返すことにした。
春愛「香坂、今日は弁当ありがとう。これ返すね」
香坂「……おう。ちゃんと全部食えた?嫌いな物なかったか」
春愛「全部美味しかった!ハンバーグ最高だった。俺泣きそうになったもん」
香坂「泣きそう……?明日も作って来るから……じゃあな」
春愛「あっ、うん……」
香坂はそう言って、そっけなく去っていく。でも、彼の頬から耳まで淡いピンクに染まっていた。
(なんでこんなことしてくれるの?って聞きたかったのに……勇気がでなくて、何も言えなかった~でも、明日も作ってくれるって言った!嬉しい!だけど、どうやってお返ししたらいいんだろう?貰いっぱなしじゃダメだよな……)
考えても答えは出ない。香坂に直接聞かなくては。明日は頑張る。
あれから毎日、香坂は俺に弁当を作ってくれた。毎朝、机にティザンヌと一緒に置いてある。しかし、俺は、あまり話が出来ていない。なんだか恥ずかしくて。弁当箱を返す時に少し感想を言う位で。香坂も長く話すのを避けているみたいだから、空気を読む。
◇
文化祭当日。教室は「薬膳カフェ」に変身していた。木の看板、暖色系の照明、薬草の香りが漂う異国情緒あふれる空間。
春愛「いらっしゃいませ!」
俺は接客担当。香坂は厨房でお茶とスイーツを作っている。厨房では女子たちが香坂を囲みキャッキャしているのが見えた。真面目に手伝っている人も数人いるけど……。
香坂が考案したメニューは、本当にカフェみたいに洗練されていた。
春愛「今日のおすすめは、フランス風パンデピスと薬膳カレーです!」
香坂が朝から作ったパンデピスが、黄金色に輝きを放っている。蜂蜜の甘い香りとスパイスの香りが混じり合い、食欲がそそられる。
客「へー、フランス風パンデピス?」
春愛「あ、えーっと……フランスの伝統的なスパイスケーキらしいです」
客「薬膳カレーは?」
春愛「スリランカのアーユルヴェーダを取り入れた、体調を整えるカレーです。スパイスが色々入ってます」
客「この、ブッダボウルは?」
春愛「雑穀米と、スパイシーな豆と野菜が入ったサラダボウルです。ヘルシーですよ」
(よくわからないけど、香坂が説明してくれたのをそのまま言ってみる)
お客さんからの料理の評判はかなり良かった。
(香坂って料理の天才だよな~高校生とは思えないよ。もうカフェ開けるレベルじゃん)
お客さんがパンデピスを食べて「美味しい!」って言ってくれるたびに、厨房の香坂がちらっと覗き、満足そうな顔をしたのを俺は見逃さない。
(香坂、お客さんに褒められて嬉しいんだ。普段はクールなのに、こういう時は素直でちょっと可愛い)
休憩時間。
春愛「香坂、お疲れ様!」
汗を拭いながら振り返る香坂は、エプロン姿が妙に似合っていて、かなりイケメンだった。女子が騒ぐのも無理はない。
香坂「……疲れた」
春愛「でもみんな喜んでるよ。香坂のお陰だ」
香坂「……そうか」
香坂の口角があがる。
(そんな顔出来るんだ……でも香坂の笑顔って、珍しいから見てると俺まで嬉しくなる)
春愛「俺も手伝うよ。スパイス計量とか、簡単なことなら」
香坂「……危険だ」
春愛「ひどっ!」
香坂が目を細めて笑う。
(笑うとすごく可愛いんだよな。本当にギャップがやばい)
香坂が水を飲んで一息ついているのを見て、俺は思い切ってお願い事をする。
春愛「あのさ、香坂」
香坂「……なんだ」
春愛「俺、金払うから……薬膳カレー食べさせて」
香坂が驚いたような顔をする。
春愛「調理実習の時のスパイスカレー、めちゃくちゃ美味しかったから……また食べたくて」
(なんか恥ずかしいけど、香坂のカレーがまた食べたいんだ。あの時の衝撃が忘れられない)
香坂「……金はいらない。ちょっと待ってろ」
香坂が厨房に戻って、小さなカップに薬膳カレーを盛ったものをくれる。
香坂「教室の裏で食え。みんなには秘密だぞ」
俺たちは人目のつかない場所に移動した。カレーを一口食べると、あの懐かしいスパイスの味が口に広がる。
春愛「うっま!やっぱりこの味だ!」
(体の奥から温まる感じ。このカレー、本当に魔法みたいだ)
香坂「……美味いか?」
春愛「めちゃくちゃ美味い!もっと食べたい!」
香坂は柔らかい表情で言う。
香坂「今度、うちに来い。いくらでも食べさせてやる」
春愛「え?香坂の家?」
香坂「……うちには、いつも薬膳カレーがあるから」
(えっ、いつも薬膳カレーがあるって、天国じゃん)
春愛「マジで?行きたい!」
香坂「……ああ。でも」
香坂が俺に近づく。
香坂「これもみんなには秘密だぞ」
その時、耳に囁かれた香坂の声と吐息のせいで、俺は変な気持ちになってしまう。
(なんだか特別な約束をしたみたいで、胸がざわざわする)
春愛「う、うん……秘密」
(でもすごく幸せ。俺しか知らない香坂の特別な秘密を教えてもらえたみたいで……)
◇
午後の休憩時間。俺が水を買いに行こうとしていた時、角の向こうから女子の声が聞こえた。
田中「香坂君!」
覗いてみると、田中さんが香坂の前に立っていた。頬を赤らめて、なんだか真剣な表情をしている。
田中「あの……ずっとカッコイイなーって見てました。ずっと、好きなんです」
(告白だ)
俺は息を呑んだ。そして、なぜか胃の奥がキリキリと痛くなった。
(香坂は確かにイケメンだし、料理も上手くてモテるのも当然だよな……田中さんは結構人気ある女子だし、香坂ともお似合いかも……)
俺は自分の身体から気力が失われていくのを感じた。
(でも、なんで胃の奥がこんなにも痛いんだろう……また体調悪くなってきたのかな?)
香坂「……興味ない」
あっさりと断られた田中さんが、落ち込んで去っていく。香坂は何事もなかったように厨房に戻ろうとしている。
(なんで俺、ホッとしてるんだろう……?でも、すっごく変な気持ちだ)
俺は慌ててその場から立ち去る。
◇
教室の裏で荷物の整理をしていた時のことだ。
香坂「星野、パンデピス持ってきた」
香坂が俺の前にある作業台に皿を置く。黄金色のケーキが美しく盛り付けられている。アーモンドスライスと赤いベリーが輝いて、芸術作品みたいだ。
春愛「わあ、綺麗!いただきます」
一口食べると、蜂蜜の甘さとスパイスの風味が口の中に広がった。
(ピリッとした刺激、深くて温かくて、爽やかで、絶妙なバランスだ)
春愛「うっま!このパンデピス、甘くて……それに、ドキドキする!」
春愛「あれ?なんか変……」
俺は胸に手を当てた。
春愛「このスパイス、なんか……体が熱くなる……」
香坂「……どんな味だ」
香坂が俺の顔を見つめてくる。その眼差しで、俺の心を貫く。
春愛「あ、あの……えーっと……」
(なんて答えればいいのかわからない。香坂の視線が近すぎて、頭が真っ白になる)
春愛「甘くて……でも、なんか……胸が苦しい……?」
香坂「……そうか、キャトル・エピスが効いてるのかも」
香坂の頬が少し赤くなった。
(えっ、なんでそんな真っ赤になるんだ?)
春愛「キャトル・エピス?」
香坂「うん。4つのスパイスが……」
香坂が急に口を閉ざす。何か言いかけてやめた。俺は気になって聞いてしまう。
春愛「4つのスパイスがなに?」
香坂「……いや、何でもない」
(なんで途中でやめたんだろう?また香坂の秘密が増えた)
春愛「えっ何なんだよ?それに、香坂も食べなよ」
香坂「……俺はいい」
春愛「なんで?自分で作ったのに」
香坂「……お前が食べてるのを、見てる方がいい」
俺は驚く。すごく真剣な顔で言われたから。
(え?なんか、すごい熱い視線……顔が熱くなってきた。俺を見てる方がいいって、何で……?)
春愛「そ、そう?」
(香坂のスパイス、俺の心に効いてる……不思議な感じだ。この人といると、普段と違う自分になりそう)
春愛「このパンデピス、なんか……香坂みたいだ」
思わず口に出してしまった。香坂が驚いた表情を見せる。
春愛「あ、いや……変な意味じゃなくて!香坂が作ったから、なんか……安心するっていうか……」
(何を言ってるんだ俺!恥ずかしい!)
香坂の頬がさらに真っ赤になった。
香坂「……そうか」
でも、嫌そうじゃない。むしろ嬉しそうに見える。
◇
文化祭が終了し、片付け中のこと。俺は掃除をしながら、今日のことを振り返っていた。
(今日の香坂、いつもより表情豊かだった気がする。お客さんに喜ばれて嬉しそうだったし、俺がパンデピスを褒めた時もすごく嬉しそうだった)
(でも田中さんを断った時は、本当に興味なさそうだった。香坂って、恋愛に興味ないのかな?)
香坂が俺を見ているのを感じたので俺から話しかける。
春愛「香坂、今日はありがとう。みんな喜んでたよ」
香坂「……俺も楽しかった」
珍しく素直な返事。
(香坂のこういうところ、もっと見てみたい。普段はクールなのに、時々見せる素直さが癖になってきた!)
春愛「また今度、一緒に料理しようよ」
香坂「……ああ」
今度は断られなかった。なんか嬉しい。
(前は手伝わせてもくれなかったのに……俺たち、少しずつ距離縮まってるのかな?)
家に帰る途中、夕陽を眺めながら俺は香坂のことばかり考えていた。
(あいつの作る料理は、なんでこんなに心に響くんだろう。ただ美味しいだけじゃなくて、なんか……温かいんだ。食べてると、大切にされてるような気がする)
(パンデピスの秘密も気になる。キャトル・エピスってなんだろ?美味しいんだけど……空を飛んでるみたいに心が軽くなるんだよな)
そんなことを考えながら歩いてると、胸の奥がギュッと締め付けられる。
(これって、まさか……?香坂のせい?それに、香坂は俺のことどう思ってるんだろう)
(今日の「お前が食べてるのを、見てる方がいい」って、あれはどういう意味だったんだ?)
夕陽と重なって香坂の笑顔が浮かんできた。
(今夜も眠れない夜になりそうだ)



