翌日の早朝。俺は珍しく目覚ましアラームより早く目が覚める。
いつも寝坊しがちな俺には滅多にないことだ。
春愛「なんか今日は体調いいな」
(昨日のカレーの効果かも。香坂のスパイス、まじで効いてる)
早めに登校して教室に入ると、香坂は既に席についていた。いつものように本を読んでいるが、時々俺の方をちらっと見てくる。
春愛「おはよう、香坂」
香坂「……おはよう」
(あ、返事してくれた。昨日より気まずさがなくなって、少し話しやすくなったかも?)
授業中。俺はぼんやりと昨日のカレーのことを、また思い出していた。
(あの本格的な香り、あのプロみたいな味、なんで香坂ってあんなに料理上手いんだろう……)
◇
昼休み。俺がいつものように子供用みたいな小さなコンビニ弁当を取り出す。何故子供用かと言うと、大人用だと残してしまうから、捨てるのが申し訳なくて……小さい物を買うことにしている。
おにぎり一個じゃさみしいし丁度いいから。友人の瑛斗には、「お前はキッズじゃねえぞ」って突っ込まれるけど、残すのがな……。
窓際の席の香坂が手作り弁当を食べているのが目に入った。近づいて覗いてみると、彩り豊かで、すごく美味しそう。野菜の配色が計算されていて、芸術作品みたいだ。
春愛「その弁当、美味しそうだな。すごく綺麗だ」
香坂「……大したことない」
俺は自分のコンビニ弁当を思い出してため息をつく。
(明らかに普通じゃない。あの彩りは。絶対に栄養バランスも愛情もたっぷりだ)
春愛「香坂のお母さんも、料理上手なんだな」
香坂「……いや、これは自分で作ってる」
春愛「えっ、こんなのも作れるの?ヤバい!やっぱり料理の天才だろ」
香坂「慣れれば、普通に作れる……」
春愛「それはお前だけだよ、才能に感謝しろよ」
瑛斗「こら~はるあ~!ちゃんと飯を食え!まだ残ってるぞ」
春愛「分かってるって。じゃあな香坂」
香坂「……」
俺は席に戻り、瑛斗に見張られながら小さな弁当を完食する。
瑛斗「お前、少なすぎるんだよ飯」
春愛「だって大きいと残すからさ……」
ふと見ると、香坂が俺の方を見て眉をひそめているのが分かった。
(あれ?なんか、心配そうな顔してる?)
午後の授業中、俺はまた頭痛に悩まされていた。
春愛「うー、また頭痛い……」
(朝はスパイスカレーのおかげで調子良かったのに、午後になって体調が悪くなってきた。やっぱり根本的な食生活を改善しないとダメかな……薬を飲むほどじゃないからな……この痛みの波を耐えよう)
下校時間にはなんとか持ち直して、帰路に着いた。
◇
翌朝。教室に到着した時、俺の机の上に小さな紙コップが置かれていることに気づく。
紙コップの蓋に使われたコースターに、黒ペンで「飲め!」と力強い字で書いてある。
春愛「え……これ、なに?」
瑛斗「うわ、誰が置いたんだこれ?お前のこと好きな女子とか?いや、この力強い字は女子じゃねえな」
俺はコースターの蓋を取って、恐る恐るお茶のような液体を飲んでみた。優しい甘さが口に広がっていく。
(初めて飲む味だ。薬草茶みたいで、喉がすっとする)
春愛「甘くて美味しい!薬草みたいな味だけど、レモンみたいないい匂いがする」
飲んでいると不思議なことに気づく。
(昨日のスパイスカレーと同じように、体の奥から温まる感じがする……)
春愛「なんか気分よくなってきた!」
俺が瑛斗に話すと、興味深そうに見てくる。
瑛斗「効果あるのか?」
春愛「うん、さっきより頭痛が治ってきてる!体も温かくなってきて……なんか、心がふわふわしてる感じがする」
窓側の席の香坂が、俺の様子を見て安心したような表情を浮かべているのを、俺は見逃さなかった。俺と目が合いそうになると、視線を逸らして本を読み始めた。
(やっぱり……香坂なのか?)
◇
1限目の授業。俺は薬草茶のおかげでいつもより集中できた。でも、ずっと香坂のことが頭から離れない。
(あのお茶、絶対に香坂だよな。でも、なんで俺なんかに?)
休み時間。俺は勇気を出して香坂に話しかける。
春愛「香坂、今話していい?」
香坂「……うん」
春愛「あのさ……今日、机の上にお茶が置いてあったんだ。誰がくれたのかわからないけど」
香坂「……」
香坂の反応が微妙だ。挙動不審みたいになってる。
春愛「香坂だよな?なぁ、あのお茶!めっちゃ効いた!頭痛なくなったし、なんか心まで落ち着くんだよ」
香坂「……フランスのティザンヌだ。カモミールで緊張を和らげ、レモンバームで頭痛を鎮める。蜂蜜で味をまろやかにして、五分蒸らすのがちょうどいい」
春愛「え、え?ティザンヌ?カモミール?レモンバーム?」
(なんでこんなに詳しいんだ?まるで専門家みたい……)
香坂「うん……薬飲むほどじゃない不調はティザンヌで大体よくなる」
春愛「へぇ~すげえ!香坂って物知りだな!甘いのにスッキリして、気分も良くなるし最高だった!」
香坂「そうか……効果があったなら良かった」
春愛「でも!なんでそんなに詳しいんだ?」
俺が興奮して前のめりになると、香坂の頬が少し赤くなる。
春愛「あ……また顔赤くなってる」
(なんで香坂って、褒めると赤くなるんだろう。可愛いなあ)
香坂「最近疲れてるだろ」
香坂は視線を逸らしながら呟く。
春愛「え?」
香坂「……いつも寝不足だろ?顔色悪い」
(え、俺の体調のこと、見てくれてたの?なんで?)
春愛「あ、うん。まあ、ちょっと夜更かしが続いてて」
香坂「……体に悪い」
(なんか、心配してくれてるみたいだ。嬉しいな。でも、どうして俺なんかを?)
春愛「気をつけるよ。ありがとう、香坂」
香坂「……お前が体調悪そうだと、ほっておけない」
春愛「えっ?」
香坂「あっいや何でもない……」
(今の何だ?俺のこと、ほっておけないって……、優しいんだな。香坂ってクールに見えて、実は面倒見いいのかな)
◇
2限目の英語の授業中。俺は先生に当てられて、テキストを読むように言われた。
立ち上がった時、急に立ちくらみがして倒れそうになる。
春愛「うわ……」
視界が真っ白になって、俺はそのまま床に座り込んでしまう。
瑛斗「春愛!大丈夫か?」
瑛斗が慌てて駆け寄る。クラス中がざわつく。
先生「星野君、どうしました?」
春愛「すみません……ちょっと眩暈が……」
(寝不足だからかな?それとも朝食を抜いたからか?やばい、立てない)
その時、香坂が立ち上がったのが見えた。
香坂「保健室に連れて行きます」
先生「そうですね。香坂君、お願いします」
香坂が俺に近づいてくる。
春愛「あ、大丈夫……自分で歩け……」
でも立ち上がろうとした瞬間、また眩暈がした。
香坂「無理するな」
香坂が俺を背中におぶってくれた。
(うわ……おんぶされてる。恥ずかしい……でも、香坂の背中広いな……温かいし……なんだか安心するな)
クラスメイトの視線が気になるはずなのに、不思議と落ち着いていた。
瑛斗「お前なら力持ちそうだから安心だ。頼んだぞ香坂!」
◇
保健室。俺はベッドに横になっていた。香坂が付き添ってくれている。
保健の先生「空腹で倒れたようですね。朝食、食べました?」
春愛「あ……食べてないです」
保健の先生「それはダメですよ。体調不良の原因になります」
保健の先生は他の用事で席を外し、香坂と二人きりになった。
香坂「……朝食、なんで食べないんだ?」
春愛「あー、朝は食欲ないんだよね……」
(本当は朝、食べるの面倒くさいってだけなんだよな、まあ、本当に食欲もないんだけど)
香坂が鞄から何かを取り出した。手作りのサンドイッチだった。
香坂「これ食べろ」
春愛「え?でも、香坂の昼飯……」
香坂「今日いっぱい持ってきてるから遠慮するな。お前が倒れる方が困る」
差し出してくれたサンドイッチは、具沢山でとても美味しそうだ。
春愛「ありがとう……」
一口食べると、すごく美味しかった。ハムとチーズ、レタス、トマト、きゅうり等が絶妙なバランスで、パンもふわふわ。美味しすぎて涙がこぼれそうだ。
(手作りの温かさが伝わってくるな……こんなに美味しいサンドイッチ、初めて食べた)
春愛「美味しい……香坂、料理本当に上手いんだな」
香坂「……普通だ。なんで泣いてる?」
春愛「美味すぎて、ごめん……」
香坂「……気にするな。いっぱい食え」
春愛「うん。この草みたいなの何?」
香坂「あーディルだ。アクセントに使った」
春愛「なんか、スッとするし口の中が爽やかだ」
香坂は嬉しそうな顔をしている。俺が完食すると、さらに安心したような表情になった。
(身体が喜びすぎて泣くなんて、本当俺気持ち悪い……でも、香坂が優しい顔で俺のこと見守ってくれて、なんか嬉しい)
◇
3限目は美術。俺と香坂は美術室に遅れて入室した。
先生「あ、星野君と香坂君。星野君、体調は大丈夫?」
春愛「はい、すみません」
先生「今日は『モチーフ交換デッサン』です。みなさんもうペアは決まっているので、お二人でペアになってくださいね」
(ペアデッサンか……でも、今度は嬉しいかも)
先生「互いの顔をモチーフにして、デッサンしてください」
春愛「え……顔?」
(香坂の顔を描くの?恥ずかしい……でも、ちゃんと見ていいんだよな?)
俺たちは向かい合って座った。香坂が俺をじっと見つめる。
春愛「あー、恥ずかしい……」
(こんなにまじまじと見つめられると、心臓がうるさい)
でも俺も香坂の顔を見なければならない。改めて見ると、やっぱりすごくカッコいい。
春愛「香坂の顔ってやっぱカッコいいな……」
つい呟いてしまった。
香坂「……」
香坂の頬が少し赤くなった。俺まで顔が熱くなる。
(なんで口に出しちゃうんだよ!恥ずかしい!)
田中さんが俺たちの様子を見て、少しモヤモヤした顔をしていた。
瑛斗は無駄にニヤニヤしている。
瑛斗「春愛、顔真っ赤だぞ」
春愛「うるさい!」
(でも、香坂の顔を見ていると、なんだか落ち着くな……)
俺は仕切り直して集中し、一生懸命描いた。
(香坂の切れ長の目、高い鼻筋……うまく描けるかな……)
時々目が合うたび、心臓が跳ねる。お互い照れてしまうけど、目を逸らしたくない。こんなに誰かの顔をじっと見つめるなんて初めてで、とても特別な時間だった。
授業の終わりが近づいた頃、香坂が俺の絵を覗き込む。
香坂「俺ってこんな顔なんだ……」
春愛「もう、下手だから見るなよ」
本当に下手で酷すぎる絵だ。素材を全くいかせていない……。
香坂「なんか味があるな」
そう言って笑ってくれた。俺は香坂と仲良くなれたみたいで嬉しかった。
◇
放課後。帰り際に、俺は香坂に話しかけた。
春愛「香坂、今日はありがとう。保健室まで運んでくれて、サンドイッチまで……」
香坂「……別に」
また照れてるのか顔が少し赤い。
春愛「俺、こんなに誰かに親切にしてもらったの久しぶりだから、すごく嬉しかった」
香坂「……そうか」
香坂の表情が少し柔らかくなる。
春愛「あっ、引き止めてごめん……また明日!」
香坂「……うん」
最後は珍しく笑顔を見せてくれた。
◇
その日の夕方。買い物中に商店街を歩きながら、今日のことを振り返る。
(あいつ、料理上手いし、なんか俺の体調まで気にかけてくれて、クールに見えて実は優しいし……)
(それに、あの知識の豊富さ。ティザンヌとか、普通の高校生が知ってる?絶対に何か秘密があるよな……)
家に着くころには、体調はすっかり良くなっていた。
春愛「あのティザンヌとサンドイッチのおかげだな。あー香坂のサンドイッチ、また食いたい……」
(泣いたの、引かれてないといいんだけど……それと、気になることがある……)
香坂が俺を背負ってくれた時の温かさ、保健室で心配してくれた優しさだ。
(香坂って、なんであんなに俺を気にかけてくれるんだろう?優しすぎるだろ……明日、もう1回聞いてみようかな。いや、でも追求しすぎると嫌がられるかも)
俺はふと気づいた。
春愛「あれ……俺、香坂のことばかり考えすぎでは?」
頬に手を当てる。
春愛「なんか、体が熱い……風邪かな?」
でも、これは風邪とは違う気がする。
(香坂の顔を思い浮かべると、胸が苦しくて、ソワソワする)
春愛「まさか俺……」
その先の言葉は、まだ口にするのが怖かった。
でも胸の奥で、何かが確実に変わり始めているのは分かる。
(香坂ともっと仲良くなりたい……それと、なんでこんなに優しくしてくれるのか知りたい……ティザンヌの秘密も、あの優しい手も、俺を見つめる瞳の意味も……全部わかりたいんだ)
いつも寝坊しがちな俺には滅多にないことだ。
春愛「なんか今日は体調いいな」
(昨日のカレーの効果かも。香坂のスパイス、まじで効いてる)
早めに登校して教室に入ると、香坂は既に席についていた。いつものように本を読んでいるが、時々俺の方をちらっと見てくる。
春愛「おはよう、香坂」
香坂「……おはよう」
(あ、返事してくれた。昨日より気まずさがなくなって、少し話しやすくなったかも?)
授業中。俺はぼんやりと昨日のカレーのことを、また思い出していた。
(あの本格的な香り、あのプロみたいな味、なんで香坂ってあんなに料理上手いんだろう……)
◇
昼休み。俺がいつものように子供用みたいな小さなコンビニ弁当を取り出す。何故子供用かと言うと、大人用だと残してしまうから、捨てるのが申し訳なくて……小さい物を買うことにしている。
おにぎり一個じゃさみしいし丁度いいから。友人の瑛斗には、「お前はキッズじゃねえぞ」って突っ込まれるけど、残すのがな……。
窓際の席の香坂が手作り弁当を食べているのが目に入った。近づいて覗いてみると、彩り豊かで、すごく美味しそう。野菜の配色が計算されていて、芸術作品みたいだ。
春愛「その弁当、美味しそうだな。すごく綺麗だ」
香坂「……大したことない」
俺は自分のコンビニ弁当を思い出してため息をつく。
(明らかに普通じゃない。あの彩りは。絶対に栄養バランスも愛情もたっぷりだ)
春愛「香坂のお母さんも、料理上手なんだな」
香坂「……いや、これは自分で作ってる」
春愛「えっ、こんなのも作れるの?ヤバい!やっぱり料理の天才だろ」
香坂「慣れれば、普通に作れる……」
春愛「それはお前だけだよ、才能に感謝しろよ」
瑛斗「こら~はるあ~!ちゃんと飯を食え!まだ残ってるぞ」
春愛「分かってるって。じゃあな香坂」
香坂「……」
俺は席に戻り、瑛斗に見張られながら小さな弁当を完食する。
瑛斗「お前、少なすぎるんだよ飯」
春愛「だって大きいと残すからさ……」
ふと見ると、香坂が俺の方を見て眉をひそめているのが分かった。
(あれ?なんか、心配そうな顔してる?)
午後の授業中、俺はまた頭痛に悩まされていた。
春愛「うー、また頭痛い……」
(朝はスパイスカレーのおかげで調子良かったのに、午後になって体調が悪くなってきた。やっぱり根本的な食生活を改善しないとダメかな……薬を飲むほどじゃないからな……この痛みの波を耐えよう)
下校時間にはなんとか持ち直して、帰路に着いた。
◇
翌朝。教室に到着した時、俺の机の上に小さな紙コップが置かれていることに気づく。
紙コップの蓋に使われたコースターに、黒ペンで「飲め!」と力強い字で書いてある。
春愛「え……これ、なに?」
瑛斗「うわ、誰が置いたんだこれ?お前のこと好きな女子とか?いや、この力強い字は女子じゃねえな」
俺はコースターの蓋を取って、恐る恐るお茶のような液体を飲んでみた。優しい甘さが口に広がっていく。
(初めて飲む味だ。薬草茶みたいで、喉がすっとする)
春愛「甘くて美味しい!薬草みたいな味だけど、レモンみたいないい匂いがする」
飲んでいると不思議なことに気づく。
(昨日のスパイスカレーと同じように、体の奥から温まる感じがする……)
春愛「なんか気分よくなってきた!」
俺が瑛斗に話すと、興味深そうに見てくる。
瑛斗「効果あるのか?」
春愛「うん、さっきより頭痛が治ってきてる!体も温かくなってきて……なんか、心がふわふわしてる感じがする」
窓側の席の香坂が、俺の様子を見て安心したような表情を浮かべているのを、俺は見逃さなかった。俺と目が合いそうになると、視線を逸らして本を読み始めた。
(やっぱり……香坂なのか?)
◇
1限目の授業。俺は薬草茶のおかげでいつもより集中できた。でも、ずっと香坂のことが頭から離れない。
(あのお茶、絶対に香坂だよな。でも、なんで俺なんかに?)
休み時間。俺は勇気を出して香坂に話しかける。
春愛「香坂、今話していい?」
香坂「……うん」
春愛「あのさ……今日、机の上にお茶が置いてあったんだ。誰がくれたのかわからないけど」
香坂「……」
香坂の反応が微妙だ。挙動不審みたいになってる。
春愛「香坂だよな?なぁ、あのお茶!めっちゃ効いた!頭痛なくなったし、なんか心まで落ち着くんだよ」
香坂「……フランスのティザンヌだ。カモミールで緊張を和らげ、レモンバームで頭痛を鎮める。蜂蜜で味をまろやかにして、五分蒸らすのがちょうどいい」
春愛「え、え?ティザンヌ?カモミール?レモンバーム?」
(なんでこんなに詳しいんだ?まるで専門家みたい……)
香坂「うん……薬飲むほどじゃない不調はティザンヌで大体よくなる」
春愛「へぇ~すげえ!香坂って物知りだな!甘いのにスッキリして、気分も良くなるし最高だった!」
香坂「そうか……効果があったなら良かった」
春愛「でも!なんでそんなに詳しいんだ?」
俺が興奮して前のめりになると、香坂の頬が少し赤くなる。
春愛「あ……また顔赤くなってる」
(なんで香坂って、褒めると赤くなるんだろう。可愛いなあ)
香坂「最近疲れてるだろ」
香坂は視線を逸らしながら呟く。
春愛「え?」
香坂「……いつも寝不足だろ?顔色悪い」
(え、俺の体調のこと、見てくれてたの?なんで?)
春愛「あ、うん。まあ、ちょっと夜更かしが続いてて」
香坂「……体に悪い」
(なんか、心配してくれてるみたいだ。嬉しいな。でも、どうして俺なんかを?)
春愛「気をつけるよ。ありがとう、香坂」
香坂「……お前が体調悪そうだと、ほっておけない」
春愛「えっ?」
香坂「あっいや何でもない……」
(今の何だ?俺のこと、ほっておけないって……、優しいんだな。香坂ってクールに見えて、実は面倒見いいのかな)
◇
2限目の英語の授業中。俺は先生に当てられて、テキストを読むように言われた。
立ち上がった時、急に立ちくらみがして倒れそうになる。
春愛「うわ……」
視界が真っ白になって、俺はそのまま床に座り込んでしまう。
瑛斗「春愛!大丈夫か?」
瑛斗が慌てて駆け寄る。クラス中がざわつく。
先生「星野君、どうしました?」
春愛「すみません……ちょっと眩暈が……」
(寝不足だからかな?それとも朝食を抜いたからか?やばい、立てない)
その時、香坂が立ち上がったのが見えた。
香坂「保健室に連れて行きます」
先生「そうですね。香坂君、お願いします」
香坂が俺に近づいてくる。
春愛「あ、大丈夫……自分で歩け……」
でも立ち上がろうとした瞬間、また眩暈がした。
香坂「無理するな」
香坂が俺を背中におぶってくれた。
(うわ……おんぶされてる。恥ずかしい……でも、香坂の背中広いな……温かいし……なんだか安心するな)
クラスメイトの視線が気になるはずなのに、不思議と落ち着いていた。
瑛斗「お前なら力持ちそうだから安心だ。頼んだぞ香坂!」
◇
保健室。俺はベッドに横になっていた。香坂が付き添ってくれている。
保健の先生「空腹で倒れたようですね。朝食、食べました?」
春愛「あ……食べてないです」
保健の先生「それはダメですよ。体調不良の原因になります」
保健の先生は他の用事で席を外し、香坂と二人きりになった。
香坂「……朝食、なんで食べないんだ?」
春愛「あー、朝は食欲ないんだよね……」
(本当は朝、食べるの面倒くさいってだけなんだよな、まあ、本当に食欲もないんだけど)
香坂が鞄から何かを取り出した。手作りのサンドイッチだった。
香坂「これ食べろ」
春愛「え?でも、香坂の昼飯……」
香坂「今日いっぱい持ってきてるから遠慮するな。お前が倒れる方が困る」
差し出してくれたサンドイッチは、具沢山でとても美味しそうだ。
春愛「ありがとう……」
一口食べると、すごく美味しかった。ハムとチーズ、レタス、トマト、きゅうり等が絶妙なバランスで、パンもふわふわ。美味しすぎて涙がこぼれそうだ。
(手作りの温かさが伝わってくるな……こんなに美味しいサンドイッチ、初めて食べた)
春愛「美味しい……香坂、料理本当に上手いんだな」
香坂「……普通だ。なんで泣いてる?」
春愛「美味すぎて、ごめん……」
香坂「……気にするな。いっぱい食え」
春愛「うん。この草みたいなの何?」
香坂「あーディルだ。アクセントに使った」
春愛「なんか、スッとするし口の中が爽やかだ」
香坂は嬉しそうな顔をしている。俺が完食すると、さらに安心したような表情になった。
(身体が喜びすぎて泣くなんて、本当俺気持ち悪い……でも、香坂が優しい顔で俺のこと見守ってくれて、なんか嬉しい)
◇
3限目は美術。俺と香坂は美術室に遅れて入室した。
先生「あ、星野君と香坂君。星野君、体調は大丈夫?」
春愛「はい、すみません」
先生「今日は『モチーフ交換デッサン』です。みなさんもうペアは決まっているので、お二人でペアになってくださいね」
(ペアデッサンか……でも、今度は嬉しいかも)
先生「互いの顔をモチーフにして、デッサンしてください」
春愛「え……顔?」
(香坂の顔を描くの?恥ずかしい……でも、ちゃんと見ていいんだよな?)
俺たちは向かい合って座った。香坂が俺をじっと見つめる。
春愛「あー、恥ずかしい……」
(こんなにまじまじと見つめられると、心臓がうるさい)
でも俺も香坂の顔を見なければならない。改めて見ると、やっぱりすごくカッコいい。
春愛「香坂の顔ってやっぱカッコいいな……」
つい呟いてしまった。
香坂「……」
香坂の頬が少し赤くなった。俺まで顔が熱くなる。
(なんで口に出しちゃうんだよ!恥ずかしい!)
田中さんが俺たちの様子を見て、少しモヤモヤした顔をしていた。
瑛斗は無駄にニヤニヤしている。
瑛斗「春愛、顔真っ赤だぞ」
春愛「うるさい!」
(でも、香坂の顔を見ていると、なんだか落ち着くな……)
俺は仕切り直して集中し、一生懸命描いた。
(香坂の切れ長の目、高い鼻筋……うまく描けるかな……)
時々目が合うたび、心臓が跳ねる。お互い照れてしまうけど、目を逸らしたくない。こんなに誰かの顔をじっと見つめるなんて初めてで、とても特別な時間だった。
授業の終わりが近づいた頃、香坂が俺の絵を覗き込む。
香坂「俺ってこんな顔なんだ……」
春愛「もう、下手だから見るなよ」
本当に下手で酷すぎる絵だ。素材を全くいかせていない……。
香坂「なんか味があるな」
そう言って笑ってくれた。俺は香坂と仲良くなれたみたいで嬉しかった。
◇
放課後。帰り際に、俺は香坂に話しかけた。
春愛「香坂、今日はありがとう。保健室まで運んでくれて、サンドイッチまで……」
香坂「……別に」
また照れてるのか顔が少し赤い。
春愛「俺、こんなに誰かに親切にしてもらったの久しぶりだから、すごく嬉しかった」
香坂「……そうか」
香坂の表情が少し柔らかくなる。
春愛「あっ、引き止めてごめん……また明日!」
香坂「……うん」
最後は珍しく笑顔を見せてくれた。
◇
その日の夕方。買い物中に商店街を歩きながら、今日のことを振り返る。
(あいつ、料理上手いし、なんか俺の体調まで気にかけてくれて、クールに見えて実は優しいし……)
(それに、あの知識の豊富さ。ティザンヌとか、普通の高校生が知ってる?絶対に何か秘密があるよな……)
家に着くころには、体調はすっかり良くなっていた。
春愛「あのティザンヌとサンドイッチのおかげだな。あー香坂のサンドイッチ、また食いたい……」
(泣いたの、引かれてないといいんだけど……それと、気になることがある……)
香坂が俺を背負ってくれた時の温かさ、保健室で心配してくれた優しさだ。
(香坂って、なんであんなに俺を気にかけてくれるんだろう?優しすぎるだろ……明日、もう1回聞いてみようかな。いや、でも追求しすぎると嫌がられるかも)
俺はふと気づいた。
春愛「あれ……俺、香坂のことばかり考えすぎでは?」
頬に手を当てる。
春愛「なんか、体が熱い……風邪かな?」
でも、これは風邪とは違う気がする。
(香坂の顔を思い浮かべると、胸が苦しくて、ソワソワする)
春愛「まさか俺……」
その先の言葉は、まだ口にするのが怖かった。
でも胸の奥で、何かが確実に変わり始めているのは分かる。
(香坂ともっと仲良くなりたい……それと、なんでこんなに優しくしてくれるのか知りたい……ティザンヌの秘密も、あの優しい手も、俺を見つめる瞳の意味も……全部わかりたいんだ)



