最終的に薄氷は丸二日、透子の褥を占領していた。だが目を覚ましたあとは草薙の朝餉も残さず平らげ、龍宮洞には以前と変わらない日常が戻ってきた。

 少し変わったことと言えば、再び透子の額に授けられた鱗が三枚になったことと、小閣の座敷に帳台が据え置かれたことだろうか。

 何に味を占めたものか、その後も、薄氷はたびたび透子に膝枕や添い寝を所望した。恥じらった透子が拒否しようとしてしても、「おまえは俺のものだと自分で言ったくせに、浅葱に血を舐めさせただろう。罪を贖え」などと強引に丸め込まれ、鱗王のお気に召すままに枕や抱き枕を務める破目になったのである。一度瑠璃茉莉に愚痴をこぼしたら、なんとも形容しがたい顔で、「アンタが辟易してるのは解るし、溜め込むよりは吐き出すほうがいいから話はいくらでも聞くけど、正直、惚気にしか聞こえないわよ」と言われてしまった。

 最初の添い寝のときに寝惚けて舐めたり齧ったりしてこなかったことは評価してもいいだろうし、異性である前に応龍だと考えれば厩で馬と一晩明かしたこともあるし、と自分を納得させた透子も、時にはやけくそで子守唄や寝物語まで披露した。思えば、透子は薄氷の肩を枕にしていたのだから、透子も膝を枕に差し出すのが筋なのかもしれない。それでも、寝所での共寝ではなく座敷に設えた帳台での仮寝に留まっているのが、譲れない妥協点であった。

 浅葱であった鯉は、それほど日を置かずに、母親の壺菫が引き取りに来た。透子はその場に居合わせてはおらず、後日断片的に話を聞いた。薄氷が一切弁明をしなかったせいもあるが、怒り狂った彼女は息子である鱗王を一方的に罵倒し、絶縁宣言を投げつけて龍宮洞を出て行ったそうだ。薄氷曰く、「霊力の尽きた姿を一目で見分けられる程度には、母上は確かに浅葱を愛していたんだろう」とのことだが、その後程なくして、蒼い眼の鯉は玉骨洞から忽然と姿を消したと言う。今頃はどの川を悠々と泳ぎ、滝を登る日を待っているのだろうか。

 結局温泉の話は流れてしまったが、渓谷を埋め尽くした桜を愛でながら点茶したり、収穫した枇杷の実でジャムやシロップ煮をつくったりと、残り短い透子の龍宮洞での日々は、穏やかに、賑やかに過ぎていった。


 ────そして、運命の七月が来た。