龍宮洞は今日も雨だった。
透子と瑠璃茉莉の帰還から五日。帰還の夜から降り始めた雨は、一度もやむ気配がない。つまりは孟章林にも雨が降り続けていて、しかもそれは局地的なことではなかった。双龍の争いは広大な仙界全土を大雨で覆い尽くし、落雷や暴風、嵐を引き起こし続けていた。もしかしたら人界にすら影響が及んでいるかもしれないと飛梅などは言う。
そんな五日間を、透子は努めて普段どおりに過ごしていた。朝昼晩の三食をきちんと食べ、夜はぐっすりと眠る。雨模様に加えて鱗の加護を失ったため散歩などで身体を動かせないのは仕方がないが、読書や手芸で暇を潰し、そして時折、雲の彼方を望む目で空を見上げた。
「……元気そうなのはいいけど、アンタ、真君が心配じゃないの?」
土砂降りの眺めを遮る御簾に首を向けながら白味噌仕立ての山菜鍋を味わう透子に、夕餉の相伴の代打を務める瑠璃茉莉がやや渋い声で問いかける。一度箸を置いた透子は迷いなく答えた。
「薄氷様は勝つって仰ったもの。薄氷様がわたしに嘘ついたことはない」
薄氷はずっと透子を美味しそうだと言い続けていたし、透子に洞府内での自由を与え、洋装で帝都に連れて行ってくれた。だから、薄氷のために透子がすべきことは、心配の余り憔悴することではない。
「でもきっと無傷では済まないとも言ってた。だからわたしは、帰って来た薄氷様に美味しく召し上がっていただくために、体調を万全に整えておくの」
「ふうん……」
おそらく初めて、自らを仙果だと認める発言をした透子を、瑠璃茉莉はしげしげと見つめる。その視線を受け流して透子は蒸し寿司を口に運び、無意識にまた、透き通った眼差しで雨の向こうを見遣った。待ち人は、未だ帰らない。
「……飼主待ってるのか恋人待ってるのか判らない目ね」
「はあ?」
唐突な瑠璃茉莉の言葉に透子はぽかんと口を開けたが、言った当人は涼しい顔で続ける。
「ま、アタシは別に構わないわよ。仙果の世話も花嫁の世話も、どっちも似たようなものだしね。真君の仰せに従うだけよ」
「何言ってるの、誰が花嫁になん……っ」
妙なところで言葉を切って顔をしかめた透子に、瑠璃茉莉が怪訝に尋ねた。
「どうしたのよ」
「口の中噛んだ……」
「それは痛いやつだわ。大丈夫?」
痛みで涙目になった透子を慰めながら、瑠璃茉莉は耳が痛い忠告も遠慮なく口にする。
「だからそう簡単に血や涙を流すんじゃないの。アンタの涙は、もしかしたら藤裏葉のより貴重なんだからね」
真珠の涙をこぼすという鮫人を引き合いに出され、透子は少し笑った。
荒天に龍のような閃光が走り、低い唸り声が轟く。雷雨は今夜も収まりそうになかった。
透子と瑠璃茉莉の帰還から五日。帰還の夜から降り始めた雨は、一度もやむ気配がない。つまりは孟章林にも雨が降り続けていて、しかもそれは局地的なことではなかった。双龍の争いは広大な仙界全土を大雨で覆い尽くし、落雷や暴風、嵐を引き起こし続けていた。もしかしたら人界にすら影響が及んでいるかもしれないと飛梅などは言う。
そんな五日間を、透子は努めて普段どおりに過ごしていた。朝昼晩の三食をきちんと食べ、夜はぐっすりと眠る。雨模様に加えて鱗の加護を失ったため散歩などで身体を動かせないのは仕方がないが、読書や手芸で暇を潰し、そして時折、雲の彼方を望む目で空を見上げた。
「……元気そうなのはいいけど、アンタ、真君が心配じゃないの?」
土砂降りの眺めを遮る御簾に首を向けながら白味噌仕立ての山菜鍋を味わう透子に、夕餉の相伴の代打を務める瑠璃茉莉がやや渋い声で問いかける。一度箸を置いた透子は迷いなく答えた。
「薄氷様は勝つって仰ったもの。薄氷様がわたしに嘘ついたことはない」
薄氷はずっと透子を美味しそうだと言い続けていたし、透子に洞府内での自由を与え、洋装で帝都に連れて行ってくれた。だから、薄氷のために透子がすべきことは、心配の余り憔悴することではない。
「でもきっと無傷では済まないとも言ってた。だからわたしは、帰って来た薄氷様に美味しく召し上がっていただくために、体調を万全に整えておくの」
「ふうん……」
おそらく初めて、自らを仙果だと認める発言をした透子を、瑠璃茉莉はしげしげと見つめる。その視線を受け流して透子は蒸し寿司を口に運び、無意識にまた、透き通った眼差しで雨の向こうを見遣った。待ち人は、未だ帰らない。
「……飼主待ってるのか恋人待ってるのか判らない目ね」
「はあ?」
唐突な瑠璃茉莉の言葉に透子はぽかんと口を開けたが、言った当人は涼しい顔で続ける。
「ま、アタシは別に構わないわよ。仙果の世話も花嫁の世話も、どっちも似たようなものだしね。真君の仰せに従うだけよ」
「何言ってるの、誰が花嫁になん……っ」
妙なところで言葉を切って顔をしかめた透子に、瑠璃茉莉が怪訝に尋ねた。
「どうしたのよ」
「口の中噛んだ……」
「それは痛いやつだわ。大丈夫?」
痛みで涙目になった透子を慰めながら、瑠璃茉莉は耳が痛い忠告も遠慮なく口にする。
「だからそう簡単に血や涙を流すんじゃないの。アンタの涙は、もしかしたら藤裏葉のより貴重なんだからね」
真珠の涙をこぼすという鮫人を引き合いに出され、透子は少し笑った。
荒天に龍のような閃光が走り、低い唸り声が轟く。雷雨は今夜も収まりそうになかった。



