「今日はここに来たのか、トーコ」
「薄氷様」
滝の裏の洞窟で天井を見上げていた透子に、流れ落ちる水の簾を背にした薄氷が声をかける。
あの透橋での一件から、既に三ヶ月近くが経過していた。間もなく、一年で最も昼の短い日が巡ってくる。
この間の出来事を辿ると、まず、瑠璃茉莉による鱗王と桃姑の接近禁止命令は一ヶ月ほどで解除された。薄氷は弟子の諫言に粛然と身を慎んでいて、区切りのいいところで透子のほうから許しを出したのだが、詫びの言葉のあとに早速猫吸いならぬ桃吸いをされて、もう少し隔離しておけばよかったと軽く後悔した。
その一ヶ月の間は、朝夕の食事も瑠璃茉莉と膳を並べていたが、彼女は潔くその座を師父に返上した。相席を再開すると、薄氷はぎりぎり鬱陶しくならない程度の頻度で、自らの箸で透子に給餌もとい食事をさせたがった。以前やったときに頗るお気に召したようなのだが、透子としては赤子か雛鳥になったようでこそばゆい。膝に乗せられそうになったときは断固拒否した。
朝の森を走ることをやめ、薄氷と外出することもなくなったため、代わりに透子は龍宮洞内を探索し、瑠璃茉莉や草薙の修行に付き合うようになった。勿論、瑠璃茉莉経由で洞主の許可は得ている。新しい着物を仕立てたり、菜園の収穫をしたり。特に食事の準備の手伝いは、桃瀬家では禁じられていたせいもあり、新鮮な気持ちで楽しめた。ただ、食に妥協しない薄氷は、「トーコと食べる飯は楽しい」ならともかく「トーコのつくる飯は草薙より美味い」という世辞は罷り間違っても言わないから、透子が携わるのは専ら自分の昼食である。
放し飼いの犬のように洞内を歩き回るおかげで、瑠璃茉莉と草薙以外の弟子たちとも顔見知りになった。鰐の飛梅、鯤の浅縹、守宮の三葉芹……。皆、気儘に見えて修行の邪魔にはならないよう心得ている透子を、鱗王の賓客として遇してくれた。
こう並べると桃なのか犬なのか猫なのか鳥なのかよく判らなくなってくるが、とにかく透子は、余命半年余りの囚われの身でありながら、それなりに龍宮洞での日々を満喫していた。
その中で、すっかり木々も淋しくなってしまった今日は、南郭の最奥にある巨大な滝、その裏側を見物に来た。
冬でも凍てつかない飛瀑が、豪快に紺碧の滝壺に流れ込む。そこから枝分かれした一部が、透子の暮らす渓谷にも、また小さな滝として流れ落ちてきているのだ。苔むした岩壁には蔦が這い、光芒の届かない暗がりに咲く小さな花が、星のような淡い燐光を放っていた。
「ここで滝行とかするんですか?」
「まあ、そうだな」
「滝を裏側から見るのは初めてです」
里の山にも大小様々な滝があったが、裏見の滝は見たことがなかった。
「ここは単なる空洞だが、中には温泉が湧いている滝もあるぞ」
「すごい、眺望抜群ですね」
「この季節はむしろ雪見温泉がいいだろう。……年が明けて一段落したら行ってみるか」
「やった、楽しみっ」
三ヶ月ぶりの外出の誘いに、透子は無邪気に喜んだ。仙界で言う「年明け」は太陰暦、まだ一ヶ月以上先のため、なかなか待ち遠しい。
「たまには俺が洗ってやろうか」
「そ! れは固くご遠慮しますっ」
「そうか、つまらん」
透子は赤面しながら反射的に断ったが、普通に残念そうな薄氷の顔を見るに、からかったのではなく本気だったらしい。多分、本性が応龍の彼にとっては、野菜や犬猫を洗うくらいの感覚なのだろう。動揺した透子のほうが意識過剰に思えてしまう。
その声の振動が鼻に伝わり、透子は小さくくしゃみした。
「……っはくしゅっ」
「いくら物珍しくても、滝の裏を見物する季節ではないな」
「んっ、すみません」
苦笑しながら、薄氷は納戸色の羽織を紅白椿の肩に貸す。洟を啜りながら、透子は気を遣わせたことを詫びた。川に面した座敷は、夏は風通しがよくても冬はさぞ凍えるだろうと思っていたが、濡縁から身を乗り出さなければ年中快適な居心地だった。壺中天の洞府全体が酷暑や厳寒に縁がないとは言え、今、季節は冬真っ只中である。砕け散る飛沫は、冷涼を通り越して肌寒い。
「こういうときは、『すみません』より『ありがとう』のほうがいい。自らの非を認めない愚かさは醜いが、過剰な卑屈さは侮られる」
「……ありがとうございます」
桃瀬家で無数に繰り返した言葉と、一度も口にしなかった言葉。感謝の言葉は、謝罪の言葉より心が温かくなる。……遠からず自分を食べる相手だと言うのに。
また、どうせ死ぬのなら、という思いが浮かびそうになり、透子は急いで打ち消す。まだ半年もある。もう半年しかない。どちらが、今の自分の心情にはそぐわしいのだろう。
透子の無言の懊悩を知らず、薄氷は手を差し伸べてくる。
「戻るぞ。冷えたなら、夕餉の前に風呂に入ったらどうだ」
「うん……」
「足下に気をつけろよ」
「はい……っ!?」
「!」
言われた端から、透子は水に濡れた苔で足を滑らせ、薄氷の腕の中に飛び込む形になった。薄氷は驚きながらも片身変わりの袖で危なげなく抱きとめ、盛大に呆れる。
「言った傍からおまえは……」
「ご、ごめんなさい。ありがとうございます……」
僅か数十秒で二度も謝罪と感謝を口にする破目になった透子は、様々な羞恥に顔を赤らめて身を離そうとする。が、薄氷はむしろ、透子の頬を自らの胸元に押し付けるように引き寄せた。
「あの、薄氷様?」
「珍しくトーコのほうから抱きついてきたんだ、もう少しこのままで構わんぞ」
「いや別にそういうつもりでは……」
透子としては不可抗力の結果だったのだが、反論は受理されなかった。自分のほうから、と言われたせいか、薄氷の腕や着物越しの体温には慣れているはずなのに、妙に鼓動が早い。この動悸が伝わっていたら、と思うとますます早鐘を打つ。
寒さのせいばかりでない朱に染まっているだろう透子の耳を、どこか切なげな声がくすぐる。
「────とおこ」
「……!?」
錯覚だろうか。桃姑ではなく透子と呼ばれた気がした。三千年に一度の仙果ではなく、次の夏に十八歳を迎える高野家の娘としての名を。薄氷がその名前を知っていることは不思議ではない。まだ透子が桃瀬家で迫害されていた頃、式鬼の耳を介して聞いていたのだろう。
だがそのせいで、今自分を抱いているのが、肉を引き裂く龍の鋭い爪ではなく、活力漲る男の逞しい腕だと言うことに気づいてしまった。そして、その腕に包まれた自分が、仙果である前に女であることも否応なしに思い知らされる。
ずっと、自分たちの関係は食べる仙龍と食べられる仙果だという先入観があった。けれど同時に、男と女でもあるのだ。
それでも、龍宮洞に於ける自分の価値は、桃姑であることだけだと弁えている。だが両親とはまた違う手つきで宝物のように扱われ、愛しげに名を呼ばれると、勘違いしそうに……否、勘違いしたくなってしまう。
いつものように透子の髪に鼻先を寄せた薄氷は、やはりいつものように呟いた。
「相変わらず、食欲を唆る甘い匂いだ」
「はいはい、そうでしょうとも」
やっぱり錯覚だったな、と透子は結論付け、投げ遣りに相槌を打ったが、更に続きがあった。
「……煽るのはそれだけではない、と言ったらどうする」
「え?」
「…………いや、なんでもない」
これ以上問答を重ねる気はないと言わんばかりに、薄氷は抱擁を解いた。表情を隠すようにそのまま透子に背を向け、一足先に洞窟を出て行く。透子も一歩遅れて、滑らないよう慎重な足取りで、雄々しい律動を刻む滝を後にした。
(あれはなんだったんだろう……?)
薄氷の助言どおり、夕餉前に柑子湯に浸かって四肢を伸ばしながら、透子は裏見の滝での会話を反芻する。身体を温めてほっと一息、とは言いがたい表情に、同じく湯船で寛ぐ瑠璃茉莉が不審そうな目線を向けた。
「どうかした? トーコ」
「ううん、大丈夫」
菊湯の頃から、透子の髪を洗ったり躰を磨いたりするついでに、瑠璃茉莉も一緒に入浴するようになっていた。勿論、瑠璃茉莉が図々しく入り込んできたわけではなく、透子から提案し薄氷の許可も得た上でのことで、きちんと世話係として一定の節度は保っている。
そんな彼女も、親しみを込めて透子を呼んでくれるが、先程の薄氷の声には、それ以上の感情が揺蕩っていた気がした。……そう思うのは、透子の自惚れだろうか。
以前、囚われた者が捕らえた者に覚える愛憎に思いを馳せたように、共に過ごすことで狩人が獲物に感じる愛惜にも名前があるのだろうか。
気難しい表情のまま座敷に戻り夕餉になったが、根菜の白菜包み蒸しや湯葉の薄葛汁、百合根の汁粉などを前に、薄氷は少なくとも表面上、普段となんら変わりなかった。だから透子も、やっぱりこのひと色気より食い気だ、と割り切って、深く考えることから逃げる。
けれど、いずれきちんと自分の心と向かい合わなければならないだろうことは解っていた。
「薄氷様」
滝の裏の洞窟で天井を見上げていた透子に、流れ落ちる水の簾を背にした薄氷が声をかける。
あの透橋での一件から、既に三ヶ月近くが経過していた。間もなく、一年で最も昼の短い日が巡ってくる。
この間の出来事を辿ると、まず、瑠璃茉莉による鱗王と桃姑の接近禁止命令は一ヶ月ほどで解除された。薄氷は弟子の諫言に粛然と身を慎んでいて、区切りのいいところで透子のほうから許しを出したのだが、詫びの言葉のあとに早速猫吸いならぬ桃吸いをされて、もう少し隔離しておけばよかったと軽く後悔した。
その一ヶ月の間は、朝夕の食事も瑠璃茉莉と膳を並べていたが、彼女は潔くその座を師父に返上した。相席を再開すると、薄氷はぎりぎり鬱陶しくならない程度の頻度で、自らの箸で透子に給餌もとい食事をさせたがった。以前やったときに頗るお気に召したようなのだが、透子としては赤子か雛鳥になったようでこそばゆい。膝に乗せられそうになったときは断固拒否した。
朝の森を走ることをやめ、薄氷と外出することもなくなったため、代わりに透子は龍宮洞内を探索し、瑠璃茉莉や草薙の修行に付き合うようになった。勿論、瑠璃茉莉経由で洞主の許可は得ている。新しい着物を仕立てたり、菜園の収穫をしたり。特に食事の準備の手伝いは、桃瀬家では禁じられていたせいもあり、新鮮な気持ちで楽しめた。ただ、食に妥協しない薄氷は、「トーコと食べる飯は楽しい」ならともかく「トーコのつくる飯は草薙より美味い」という世辞は罷り間違っても言わないから、透子が携わるのは専ら自分の昼食である。
放し飼いの犬のように洞内を歩き回るおかげで、瑠璃茉莉と草薙以外の弟子たちとも顔見知りになった。鰐の飛梅、鯤の浅縹、守宮の三葉芹……。皆、気儘に見えて修行の邪魔にはならないよう心得ている透子を、鱗王の賓客として遇してくれた。
こう並べると桃なのか犬なのか猫なのか鳥なのかよく判らなくなってくるが、とにかく透子は、余命半年余りの囚われの身でありながら、それなりに龍宮洞での日々を満喫していた。
その中で、すっかり木々も淋しくなってしまった今日は、南郭の最奥にある巨大な滝、その裏側を見物に来た。
冬でも凍てつかない飛瀑が、豪快に紺碧の滝壺に流れ込む。そこから枝分かれした一部が、透子の暮らす渓谷にも、また小さな滝として流れ落ちてきているのだ。苔むした岩壁には蔦が這い、光芒の届かない暗がりに咲く小さな花が、星のような淡い燐光を放っていた。
「ここで滝行とかするんですか?」
「まあ、そうだな」
「滝を裏側から見るのは初めてです」
里の山にも大小様々な滝があったが、裏見の滝は見たことがなかった。
「ここは単なる空洞だが、中には温泉が湧いている滝もあるぞ」
「すごい、眺望抜群ですね」
「この季節はむしろ雪見温泉がいいだろう。……年が明けて一段落したら行ってみるか」
「やった、楽しみっ」
三ヶ月ぶりの外出の誘いに、透子は無邪気に喜んだ。仙界で言う「年明け」は太陰暦、まだ一ヶ月以上先のため、なかなか待ち遠しい。
「たまには俺が洗ってやろうか」
「そ! れは固くご遠慮しますっ」
「そうか、つまらん」
透子は赤面しながら反射的に断ったが、普通に残念そうな薄氷の顔を見るに、からかったのではなく本気だったらしい。多分、本性が応龍の彼にとっては、野菜や犬猫を洗うくらいの感覚なのだろう。動揺した透子のほうが意識過剰に思えてしまう。
その声の振動が鼻に伝わり、透子は小さくくしゃみした。
「……っはくしゅっ」
「いくら物珍しくても、滝の裏を見物する季節ではないな」
「んっ、すみません」
苦笑しながら、薄氷は納戸色の羽織を紅白椿の肩に貸す。洟を啜りながら、透子は気を遣わせたことを詫びた。川に面した座敷は、夏は風通しがよくても冬はさぞ凍えるだろうと思っていたが、濡縁から身を乗り出さなければ年中快適な居心地だった。壺中天の洞府全体が酷暑や厳寒に縁がないとは言え、今、季節は冬真っ只中である。砕け散る飛沫は、冷涼を通り越して肌寒い。
「こういうときは、『すみません』より『ありがとう』のほうがいい。自らの非を認めない愚かさは醜いが、過剰な卑屈さは侮られる」
「……ありがとうございます」
桃瀬家で無数に繰り返した言葉と、一度も口にしなかった言葉。感謝の言葉は、謝罪の言葉より心が温かくなる。……遠からず自分を食べる相手だと言うのに。
また、どうせ死ぬのなら、という思いが浮かびそうになり、透子は急いで打ち消す。まだ半年もある。もう半年しかない。どちらが、今の自分の心情にはそぐわしいのだろう。
透子の無言の懊悩を知らず、薄氷は手を差し伸べてくる。
「戻るぞ。冷えたなら、夕餉の前に風呂に入ったらどうだ」
「うん……」
「足下に気をつけろよ」
「はい……っ!?」
「!」
言われた端から、透子は水に濡れた苔で足を滑らせ、薄氷の腕の中に飛び込む形になった。薄氷は驚きながらも片身変わりの袖で危なげなく抱きとめ、盛大に呆れる。
「言った傍からおまえは……」
「ご、ごめんなさい。ありがとうございます……」
僅か数十秒で二度も謝罪と感謝を口にする破目になった透子は、様々な羞恥に顔を赤らめて身を離そうとする。が、薄氷はむしろ、透子の頬を自らの胸元に押し付けるように引き寄せた。
「あの、薄氷様?」
「珍しくトーコのほうから抱きついてきたんだ、もう少しこのままで構わんぞ」
「いや別にそういうつもりでは……」
透子としては不可抗力の結果だったのだが、反論は受理されなかった。自分のほうから、と言われたせいか、薄氷の腕や着物越しの体温には慣れているはずなのに、妙に鼓動が早い。この動悸が伝わっていたら、と思うとますます早鐘を打つ。
寒さのせいばかりでない朱に染まっているだろう透子の耳を、どこか切なげな声がくすぐる。
「────とおこ」
「……!?」
錯覚だろうか。桃姑ではなく透子と呼ばれた気がした。三千年に一度の仙果ではなく、次の夏に十八歳を迎える高野家の娘としての名を。薄氷がその名前を知っていることは不思議ではない。まだ透子が桃瀬家で迫害されていた頃、式鬼の耳を介して聞いていたのだろう。
だがそのせいで、今自分を抱いているのが、肉を引き裂く龍の鋭い爪ではなく、活力漲る男の逞しい腕だと言うことに気づいてしまった。そして、その腕に包まれた自分が、仙果である前に女であることも否応なしに思い知らされる。
ずっと、自分たちの関係は食べる仙龍と食べられる仙果だという先入観があった。けれど同時に、男と女でもあるのだ。
それでも、龍宮洞に於ける自分の価値は、桃姑であることだけだと弁えている。だが両親とはまた違う手つきで宝物のように扱われ、愛しげに名を呼ばれると、勘違いしそうに……否、勘違いしたくなってしまう。
いつものように透子の髪に鼻先を寄せた薄氷は、やはりいつものように呟いた。
「相変わらず、食欲を唆る甘い匂いだ」
「はいはい、そうでしょうとも」
やっぱり錯覚だったな、と透子は結論付け、投げ遣りに相槌を打ったが、更に続きがあった。
「……煽るのはそれだけではない、と言ったらどうする」
「え?」
「…………いや、なんでもない」
これ以上問答を重ねる気はないと言わんばかりに、薄氷は抱擁を解いた。表情を隠すようにそのまま透子に背を向け、一足先に洞窟を出て行く。透子も一歩遅れて、滑らないよう慎重な足取りで、雄々しい律動を刻む滝を後にした。
(あれはなんだったんだろう……?)
薄氷の助言どおり、夕餉前に柑子湯に浸かって四肢を伸ばしながら、透子は裏見の滝での会話を反芻する。身体を温めてほっと一息、とは言いがたい表情に、同じく湯船で寛ぐ瑠璃茉莉が不審そうな目線を向けた。
「どうかした? トーコ」
「ううん、大丈夫」
菊湯の頃から、透子の髪を洗ったり躰を磨いたりするついでに、瑠璃茉莉も一緒に入浴するようになっていた。勿論、瑠璃茉莉が図々しく入り込んできたわけではなく、透子から提案し薄氷の許可も得た上でのことで、きちんと世話係として一定の節度は保っている。
そんな彼女も、親しみを込めて透子を呼んでくれるが、先程の薄氷の声には、それ以上の感情が揺蕩っていた気がした。……そう思うのは、透子の自惚れだろうか。
以前、囚われた者が捕らえた者に覚える愛憎に思いを馳せたように、共に過ごすことで狩人が獲物に感じる愛惜にも名前があるのだろうか。
気難しい表情のまま座敷に戻り夕餉になったが、根菜の白菜包み蒸しや湯葉の薄葛汁、百合根の汁粉などを前に、薄氷は少なくとも表面上、普段となんら変わりなかった。だから透子も、やっぱりこのひと色気より食い気だ、と割り切って、深く考えることから逃げる。
けれど、いずれきちんと自分の心と向かい合わなければならないだろうことは解っていた。



