浅蜊の釜飯、金鶏の南蛮漬け、海老と帆立の刺身、山芋の肉巻き、蕪と油揚げの含め煮、出汁巻き卵、旬菜の胡麻和え、枝豆豆腐の清まし仕立て、苺の寒天、白玉団子……

 父母が健在の頃もそれほど裕福な暮らしをしていたわけではない透子にとって、龍宮洞の食事は盆と正月、ついでに冠婚葬祭が一緒に来たかのような豪勢さであった。贅沢よりも我慢に慣れた身には持て余す量で、勿体ないとは思いつつ半分以上棄てるのが常であったが、今夜から風向きが変わった。

 落日の庭に御簾を下ろし、ふわふわと浮かぶ大小の提灯に霊火を入れた座敷には、命令どおり、薄氷と透子、二人分の夕餉の膳が運び込まれていた。皿や鉢だけでなく、破子(わりご)や籠も使って盛り付けにも余念がない。透子はいつものように給仕の様子をぼんやり眺めていたのだが、そこに着流し姿の薄氷の容赦ない声が飛んでくる。

「ぼうっとするな。どのくらいなら食いきれそうなんだ」
「え? ええと……」

 汁物は仕方がないとして、釜飯は半分、副食と甘味に至っては二口三口分ほどを残して大半を薄氷の膳に移してもらうと、鱗王は半ば本気で驚いたようだった。

「……本当にそれだけで足りるのか?」
「お昼にたくさん食べたので、これで充分です」

 昼餉は茄子や赤茄子、秋葵など具財たっぷりの素麺で、やや季節を先取りした感はあるものの、さっぱりと食べられて腹持ちがよかったのだ。

「そうか……。まあ無理のない程度にしっかり食べて、健やかに育てよ」

 薄氷は釈然としない様子ながらも口調を和らげてそう言ったが、やはり扱いは家畜か野菜としか思えない。

 そのくせ、今この時は一年後の仙果よりも目の前の夕餉なのか、給仕を終えた瑠璃茉莉と草薙が退室すると、薄氷は透子に構わず黙々と箸を動かし始めた。見ているほうも気持ちいいくらいの健啖家である。透子も、食べきれる量を自分で量った手前、どうにか器を空にすることができた。

 しかし互いの間に会話は殆どなく、続く二日は地獄のような食卓だった。強いて言うのであれば、さすがは王と言うべきか、薄氷は箸が早いのに所作のひとつひとつに品があり、透子はつい見惚れる瞬間が幾度かあった。

 そして意外にも、それは透子だけではなかった。

「トーコは所作が綺麗だな」
「え?」

 三度目の夜、思いがけない賞讃に、透子は箸を止めた。斜向かいに座した薄氷の目許が好ましげに和む。

「箸運びが丁寧だし、姿勢もいい。それに食前食後にはきちんと手を合わせている。おまえ自身の心映えのよさは勿論だが、両親の教えがしっかりしていたんだな」
「……ありがとうございます」

 山里では「蟲喰い」の透子や「泥棒猫」の母のみならず、桃瀬家の元跡取りであった父さえ侮蔑の対象だった。自分だけでなく育ててくれた両親も褒められ、一旦箸を置いた透子は面映くも嬉しく礼を言った。

 思えば、父には勉強よりも礼儀作法を教え込まれた気がする。因習に縛られた家は捨てても、身につけた教養や礼節は忘れていなかったのだ。母の手料理も、鱗王の料理番には及ぶべくもない素朴なものだったが、どれも優しい味だった。

「これは結構重要なことだぞ。食いかたが見苦しいと、せっかくの料理の美味さも半減するからな」

 どうやら透子は、食に妥協しない鱗王の相伴に与る者として、及第点をいただけたらしい。