――今日は花火大会。
 私と佐知と賢ちゃんの三人で会場へ来た。
 薄暗い雲の下で、川沿いには露天がいくつか並んでいる。ざわざわと声が飛び交う会場。

 でも、笑い声の奥で胸が少しだけ傷んでいた。
 去年と同じじゃないから。

「美心、今年は一人で勝手にどっか行くなよ?」

 賢ちゃんは去年を思い出したように、口を尖らせたまま意地悪を言う。

「行かないよー! 賢ちゃんが花火を見惚れてる間に、美味しいものを買ってくるつもり!」
「ぷっ……。あたし、美心と同じこと考えてたんだけど?」
「おぉいっ! 花火メインで楽しまなきゃ意味がないだろ」
「きゃはははは!」

 私たちは相変わらず、夏空の下で笑い合う。
 心に小さな影を宿らせたまま。

 チリン……。
 
 聞き覚えのある鈴の音が聞こえた。
 右、左。確認したけど、どこで鳴っているかわからない。
 でも、確実に私の心を射止めている。
 
 早く気づいてと言わんばかりに、鈴が鳴った。

「佐知、賢ちゃん、ごめん……」

 紺色の浴衣姿で俯いたまま、ネックレスをぎゅっと握った。

「え、なにが?」

 佐知と賢ちゃんは知らない。
 私だけが知っている、恋の音を。
 
「私、行かなきゃ……。また、明後日学校で!」
 
 鈴の音に心が吸い寄せられ、足が自然に進んだ。
 露店の人混みをかきわけ、青空くんを探す。
 
 空は深い闇を被り、視界を阻む。
 それでも、音だけを頼りに探した。

「気のせい、だったかな……」

 今日なら会える気がしたけれど、一時間探しても見つからない。
 花火大会開始前のアナウンスが流れた時に、そう思った。
 震えた手でネックレスを触る。

 チリン……。
 風に溶けたような鈴の音が、また鳴った。
  
 焼きそばの香りが漂っている中、息を切らしながら首を左右させていると、若い女性と肩がぶつかった。
 「ごめんなさ……」と言いかけている最中、その人は先日ネックレスを拾ってくれた人と知る。

「あれ、美心ちゃん! こんなところで会うなんて偶然ね」

 彼女はわたあめを持ったまま、パアッと表情を明るくした。
 
「あなたは先日の……。あ、そうだ! 傘っ……」
 
 傘を返そうと思って、いろんな時間帯に神社へ行ったけど、会えずじまいに。

「いいよ。私のじゃないから。で、また落とし物?」

 夜風を浴びたまま目を伏せ、静かに首を振った。 

「鈴の音……いえ、大切な人を探してるんです。今日はなぜか会えるような気がして」

 クゥちゃんと鈴の音を頼りに、再び青空くんに会えることを信じていた。
 
「美心ちゃんがそう思ってるならきっと会えるよ。だって、特例……羨ましいな」

 彼女が前髪をかきあげた時、左手首にぶら下がっているブレスレットの隙間の傷に目線が止まった。
 
「……え。なんですか、それ?」
「ううん、なんでもない。ほら、行っといで」

 彼女は瞳にたっぷり涙を浮かべたまま、私を反転させて、背中を押した。
 私は振り返り、背中を見つめた。
 でも、その背中はこの前と同じ。

「……あ、あの、待って下さい」

 彼女の前へ行き、巾着からブドウ飴を出して、彼女に向けた。

「これは?」
「勘違いしてたら、ごめんなさい。でも、あなたが悲しそうな瞳をしているように見えたので」

 彼女は素直に飴を受け取ると、「飴?」と言って寂しげに笑った。

「これは強くなれる飴なんです。そう教えてもらったから」

 私が強くなれるように勇気をくれた、飴。
 あの時のこと、一生忘れられない。

「じゃあ、失礼します」

 頭を軽く下げて場を離れると、彼女は「待って!」と引き止めた。
 振り返ると、黄色い光に包まれた後、一発目の花火がドォォォンと音を立て、彼女は私の前へ。
 観客はわぁっと歓声が上げ、会場の雰囲気を湧かせる。

「教えてくれない? どうして私が悲しそうに見えたの?」

 彼女は口元だけ微笑ませて、首を傾けた。
 私は空に咲いた大輪の花に心を開かせ、彼女を見つめる。
 
「人間だからです」
「えっ」
「人間の瞳には感情が宿っているから、できる限り温めてあげたいんです」

 手を重ね合わせれば、笑顔が広がっていくことを教えてもらった。
 もし、私が青空くんだったら、きっとこうしていただろう。

 彼女は個包装をやぶり、飴を口の中へ。
 ブドウの香りが、私にも漂ってきた。

「ありがとう。……人、傷つけないようにしないとね」

 彼女の瞳は潤んでいた。
 私は首を振り、小さく息を漏らす。
 きょろきょろ見渡し、足を踏み出した。
 
「鈴の音が聞こえてくる場所、教えてあげようか」

 一瞬、空気が止まったように感じた。
 
「えっ、どうしてあなたがそれを……」

 返事をした瞬間、二発目の花火が上がった。
 赤く弾ける花火が、胸のざわめきを一瞬で溶かす。
 私たちは夜空に降り注ぐ赤い閃光を浴びたまま、お互いの目を見つめ合った。

「さぁね。でも、わかるんだ。きっと、その人が一番自分らしくいられる場所だと思う」

 彼女はブドウ飴の個包装を顔の高さまで上げて、ニコッと笑った。
 
「一番自分らしくいられる場所……? どうして、そう思ったんですか?」

 彼に関して、なにも語っていない。
 にも関わらず、なにかを知ってそうな口っぷりに、心が引き止められた。
 
「ただの勘。私ならそうしてあげたいと思うから。……じゃあ」

 彼女はそう言うと、人混みの中に紛れて行った。 
 一番自分らしくいられる場所と言われても、すぐに思い浮かばない。
 
 学校以外にあるのだろうか。
 だけど、唯一本心をさらけ出していたところなら思い当たるかも。
 もしかして、あの場所かな……。

 チリン……。
 花火が上る隙間に、再び鈴の音が届いた。
 私は首を左右させる。
 
 最初は幻聴だと思っていたのに、今度はちゃんと聞こえる。
 僕はここにいる、と。