――五時間目のHR後。
 美心は先ほど配布されたばかりの進路希望用紙を前に、シャープペンシルを回していた。
 進路に悩んでいるのかな、と思っていると、美心の向かいの席の栗田さんが振り返って、話しかけてきた。
 
「鈴奈さんも、進路に悩んでいるの?」

 彼女は佐知ちゃんの友達。 
 研修合宿中に、美心を一緒にランチに行くようにお願いした時は、あまりいい顔をしていなかった。
 だから少し心配していた。
 
「あ、うん。文系で考えてるんだけど、よくわからなくて……」

 美心は、少し戸惑った様子だった。
 普段はほとんど喋ったことのない栗田さんに加えて、不透明な進路話だから。
 栗田さんはその反応を見て、興味深そうに体の向きを後ろに固定させる。
  
「まだ進学して三ヶ月なのに、将来の夢なんてわからないよね」

 同調すると、美心は口角を上げた。
 ついこの前までは、人を突き放すことで精一杯だったのに、いまは楽しそうに笑っている。
 窓の外に流れている風が、次の季節を運んでくるかのように。
  
「わかる! 実はさ、夏休みにオープンキャンパスに行きたいんだけど、自分に合う学科がまだわからないから、迷ってて」
「うそっ、もうオープンキャンパスに? まだ一年の夏だよ」

 栗田さんは声をワントーン上げて聞き返した。
 まだ考えていなかった様子。

「母が早いうちがいいって話をして。塾、通わなきゃいけないかもしれないし……」

 美心がペン先を見つめていると、栗田さんは一旦振り返って、机からスマホを鷲掴みにした。

「それなら、オープンキャンパスの情報交換しない?」
「えっ? ……いい、の?」
「もちろん。気に入った大学があったら教えてよ。ねっ、自分でも調べてみるからさ」

 彼女はスマホをタップし始める。
 
「一番早い日程で、今月末かぁ……。私も何箇所か行って、いいところがあったら教えるね」
「ほんとに? 私も調べてみようかな」

 三週間前には想像できなかった、美心の笑顔。
 嬉しそうに笑っているところを見て、目線を外せなかった。
 目に焼き付けたかったので、僕は二人の席の方へ行き、通路にしゃがんだ。

「なんの話してるの?」

 美心の喜んでいる顔をもっと近くで見たいから、あえて知らないフリをした。
 
「鈴奈さんと、オープンキャンパスの情報交換する約束だよ。高槻くんは、将来の夢、決まってるの?」
「ううん。まだ決まってないけど」
「青空くんは、夢……あるの?」

 心臓をギュッとつねられたような気持ちになった。
 夢、はなんとなくある。
 叶えられないけど……。
 
「うん、もちろん。困っている人をサポートする仕事、とか」
「例えば?」

 美心は首を傾けて聞き返してきた。
 もしかして、参考にするつもりなのかな。

 僕はいまサポートしてくれている、神主さんを思い描いた。
 僕たちぬいぐるみが、人間界で幸せでいられるように、毎朝笑顔で送り出してくれる。
 人と人が笑い合える世界を作れたら、きっと嬉しい。
 
 机に頬杖をつきながら、そう思った。
 
「まだ具体的には決めてないけど……。人を笑顔にできたらなって」
「もっと詳しく教えてよ〜」
「あ、それって人材派遣会社みたいな感じ?」

 栗田さんはテンションが高いまま、僕に指を向けた。
  
「でも、最初の夢がサラリーマンなんて、ちょっと夢が小さくない?」
「確かに〜!」

 二人は腹を抱えながら笑っていた。
 そんな幸せそうな様子に、ついつられて笑う。

「あはは! 全然近くないよ。だって、まだ細かいこと決まってないもん」
「ってか、本当は言いたくないんでしょ〜」

 かつては笑わなかった美心も、僕や賢ちゃんと喋るようになり、佐知ちゃんとも仲直りした。
 
 そしていまは、次のステップに向かっている。
 想像以上に早いスピードで。
 自分で縁を繋げる美心を見て、僕の心配も少しずつ減っていった。

 目標を達成して嬉しいはずなのに、素直に喜べない。
 でも、それは乗り越えなければならない。
 美心が笑顔になってくれたように、僕も前に進まなければならないから。