――四時間目の体育の授業が終わり、教室に戻ってる最中。
 私は、青空くんと同じクラスの半田さんが、体育館の横に入っていく姿が見えた。
 思わず目で追ってしまう。

 青空くんは制服に着替え終えてるけど、半田さんはジャージ姿。
 気になってついていくと、半田さんの声が耳に飛び込んできた。

「あの……。えっと……」

 半田さんの緊張しているような声が届く。

「うん、どうしたの?」
「実は……、高槻くんのことが前から気になってました。私と付き合ってください!」

 予想外の事態に、びっくりして壁に貼りつく。
 胸が焼けるように熱くなる。
 震えた手を握りしめたまま、耳を澄ませた。

「半田さんと、あまりしゃべったことないけど」

 青空くんは、少し戸惑っているかのように、ふっと息を吐く。

「高槻くんはみんなに明るく接してくれるし、優しいし。部活のチラシを配ってる姿も頑張ってて、いいなと思ってて」

 半田さんは、青空くんのいいところをしっかり見ている。

「でも僕、半田さんのことよく知らないし」
「いいの。これから少しずつ知ってくれればいいかなって、思ってて」

 青空くんは、なんて答えるんだろう。
 半田さんは押しが強いタイプだから、引かないだろうし。
 喉をゴクリと鳴らし、壁の横から顔を覗かせた。

 青空くんはイケメンだし、半田さんもクラスで一番と言っていいほどかわいい。
 思わず拳をぎゅっと握った。
 
 青空くんは風に煽られ、俯いていた。
 私の鼓動が、風に乗って、彼に届いてしまうのではないかと思うくらい、ドキドキしている。
 
 やだ、私……。
 友達が好かれて嬉しいはずなのに、喜んでいない。
 校舎から溢れている声を浴び、再び壁の後ろに隠れて、ぎゅっと目を閉じた。

「ごめん。僕、誰とも恋愛する気ないんだ」

 届いたのは、青空くんの穏やかな声。
 私の肩の力がすっと抜けていく。

 私を見る目も、賢ちゃんを見つめる時と変わらないから、多分……無関心。
 喉の奥が詰まる感覚がした。
 
「どうして?」
「恋愛に興味ないから」

 えっ、恋愛に興味がない?
 高校生なのに?
 
「私と付き合ってくれたら楽しくしてあげる、絶対、ぜったいに! 自信あるよ!」

 半田さんの声は意気込んでいた。
 私の心臓は押しつぶされていく。

「……でも、ごめん。いま、自分のことで精一杯」
「私が隣で支えるから! これからもバレー部を応援したいし」

 半田さんは、一歩も引かない。
 本気で青空くんのことが好きなんだね。

「ありがとう。……でも、気持ちは受け取れない」 

 青空くんはそう伝えると、足音を立てた。
 気配を察し、汗の香りが残っている体育館の扉裏にサッと隠れる。
 雑草を踏みしめる音が近づくと、心臓がドキドキと揺れた。

 息を整えて、気持ちを落ち着かせる。
 青空くんが校舎に入っていく背中を見届けると、すっと腰を落とした。
 そうだよね。引っ越してきたばかりで、勉強や部活で大変だもんね。

 両手を口元に当て、深い溜息をついた。
 でも、半田さんを断った瞬間、なぜか心がすっと軽くなった。
 これが何を意味しているか、わからない。

 真っ青な空に浮かぶ雲を見つめる。
 そこには、私の心のように未来が不透明だった。