――僕は、賢ちゃんにジュースを奢ってから、渡り廊下へ移動した。
ガラス窓からは、雲の隙間から薄日が差している。
僕たちは淀んだ空気に包まれ、まばらに目の前を通り過ぎていく生徒たちを眺めていた。
「学校内でお姫さま抱っこなんて噂になるだけだろ。行動する前に考えなかったの?」
賢ちゃんはペットボトルの蓋を開き、ジュースで喉を潤した。
どうやら、僕の心配をしてくれているらしい。
僕はふっと笑い、ペットボトルを口にした。
「美心の足が痛そうなこと以外、考えてなかった」
「ばーか! 普通考えるだろ。誰になにを言われるかくらいはさ。ネタに尾ヒレをくっつける奴ばかりだぞ?」
賢ちゃんの噂を真に受けないスタイルが、僕の心を滑らかにしていく。
言葉は乱暴だけど、まるでオーラに包まれているかのように温かい。
「普通……か。人って、噂になることを避けるんだね」
僕は小さくため息をつく。
「当たり前だろ? みんなメンドーなことに巻き込まれたくないからさ」
「あはは。覚えとく」
美心の為にした行動が、まさかクラスメイトの感情を動かすことになるなんて。
僕は、先ほどの美心の表情を思い浮かべていた。
「でもさ、どうして鈴奈ばかりにかまうの? 全然相手してもらえねぇし、庇っても黙ってるし」
賢ちゃんは体を反転させ、窓枠に手をかけ、外の景色を眺めた。
雲は流れ、賢ちゃんの体に影を被せてくる。
「目立たないし、誰とも話さない。それに、愛想がいいわけでもない。おまえは転校生だから、まるっきり接点がないんじゃない?」
傍から見た美心のイメージはきっとみな同じ。
少し距離を置きたいタイプに見えるかもしれない。
僕も外の方へ向いた。
口に含んだジュースは、今日までの思い出のようにほろ苦かった。
いまのままじゃ、きっと明日も同じ味がするだろう。
「実は、昔から縁があってね。お礼も兼ねて力になってあげたいなぁ〜なんて」
「マジ? おまえたち、知り合いだったのかよ」
「でも、それは秘密ね」
美心にバレたら、僕は同じ景色が見れなくなる。
それを守らなければ、彼女の隣にいられなくなるから。
僕には大きな目的がある。
それは、彼女の笑顔を生み出して、たくさんの光を浴びること。
もちろん、達成させるのは簡単じゃない。
残された時間を、彼女の笑顔の為だけに燃やすつもりだ。
無駄な時間なんて一秒もない。
これが、一生に一度きりの輝きだから。



