「目を開けてください」
魂の抜けかけた彼女の額にロボコンが針を突き刺していた。それは、彼女の魂が自らの体から遊離する直前のことだった。目を開けた彼女にロボコンが告げた。
「今なら戻すことができます」
そして、100歳を迎えたその日に老衰で亡くなったこと、1回だけなら死ぬ直前に戻すことができること、を説明し、ロボコンが窓を指差した。
「あの電車で帰ることができます」
窓の外には〈過去行きの電車〉が停車していた。すると彼女は「すぐに」と言いかけたが、ハッとしたように口に手をやった。隣に座っているわたしの目が開いていないことに気づいたからだ。
「今仁さんの目も開かせて下さい」
しかし、ロボコンは頷かなかった。
「それはできません」
「何故?」
彼女は食い下がったが、「できないものはできないのです」と悲しそうな声を出した。それでも彼女は救いを求めるような目で訴えたが、ロボコンは取り合おうとしなかった。
「時間がありません。お一人で〈過去行きの電車〉に乗るか、それとも、このままここに残るか、今すぐ決めてください」
強い口調で促されたが、彼女は返事をしなかった。というより決められないのだろう。首を振るばかりだった。それでも、ロボコンは情を殺すようにカウントダウンを突き付けた。
「スリー、ツー、ワン、」
カウントダウンがゼロになった瞬間、わたしの魂が隣の電車に移動した。そして、ほぼ同時に電車が動き出した。先頭車両の上部にあるディスプレーには『過去行き』と表示されていた。車内のディスプレーにも同じ文字が並んでいた。
スピードが上がり、『音速モード』になった。更にスピードが上がり、『光速モード』に突入した。尋常ではないスピードで目的地に向かっていた。
先頭車両と車内のディスプレー表示が同時に変わった。断固として主張するような黒い太文字で『2020年駅行き』と表示されていた。
連結ドアが開き、ロボコンが入ってきた。そして、乗客を確認して、また連結ドアの先に消えた。しかし、その後姿を見送る乗客は誰もいなかった。



