わたしは彼女に触れないように注意しながら、可能な限り間を開けて横になり、左手の甲を布生地にペタッと付けて、体から力を抜いた。しかし、今回は長く待つ必要はなかった。唾を飲み込むような微かな音が聞こえたと思ったら、布生地を擦るような音が続いた。そして遂にわたしの左手に温かいものが触れ、ふわっと手が重なってきた。彼女の右手がわたしの左手を握るのに時間はかからなかった。
「連れて行ってください」
わたしは天井を見ながら頷いて、手を握り返した。
「未来行きの電車を頭に思い浮かべてください。カウントダウンしますので、夢という形の中に同時に入りましょう。いいですね」
返事の代わりに手を握り返してきた。わたしはカウントダウンを始めた。
「スリー、ツー、ワン、ゼロ」
未来への旅路が始まった。
*
電車の中にいた。ドア上のディスプレーには『未来行き』とだけ表示されていた。わたしの隣には彼女が座っていた。徳島絵美。手は繋いだままだった。しかし、ベッドで握り合った時とは違っていた。わたしの右手と彼女の左手になっていた。
「これって……」
声が途切れた。彼女の目はディスプレーに釘づけになっていた。
「覚悟はいいですか?」
繋いだ手に軽く力を入れると、返事の代わりに握り返された。その時、突然、連結のドアが開き、頭がディスプレーになっているロボット車掌が現れた。ロボコンだ。名を名乗ったあと、ディスプレーに表示されている顔がお辞儀をした。松山さんの時とは違って丁寧な対応だった。
もしかしてロボコンの好みのタイプなのだろうか?
そんなことがチラッと頭をかすめた。すると、
「ピポパピパピポピパ」
音と共にディスプレーに文字が表示された。
『行先ジャンケン』
ん?
首を傾げていると、表示が変わった。
『勝てば2080年、負ければ明日』
なんだ?
「最初はグー」
ちょっと待って、
でも、待ってくれなかった。
「ジャンケンポン」
わたしはとっさにチョキを出した。ディスプレーもチョキだった。引き分けだ。ほっと息を吐いたら、ウイーンと音がして、彼女の方へ向いた。
「最初はグー、ジャンケンポン」
彼女はパーを出した。しかし、ディスプレーには何も映っていなかった。
んっ? どういうこと?
固唾を飲んで見つめていると、何かがゆっくりズームされてきて、それが一気に大きくなった。グーだった。
「お姉さまの勝ちです」
ディスプレーにニコチャンマークが映った。
「スケベ!」
わたしは小さな声で毒づいた。わざと勝たせるために後出しじゃんけんをするなんて、何を企んでいるんだ!
呆れて一瞥したあと、彼女の方へ視線を移した。当然ながら彼女も呆れていると思ったが、そうではなかった。嬉しそうにニコニコしながら鼻にかかった声を出した。
「わざと勝たしてくれるなんてロボコン素敵!」
その瞬間、ディスプレーが真っ赤になった。
「ピッポパッポピッポパッポピッピッピッピピ、ピッポパッポピッポパッポピッピッピッピピ、ピッポパッポピッポパッポピッピッピッピピ……」
真っ赤になったまま、浮かれたような機械音が止まらなくなった。呆れてロボコンと彼女を交互に見ると、今にも手を取り合うのではないかというほど仲睦まじい雰囲気を漂わせていた。
ロボット心と女心を理解するのは難しい……、
わたしはため息をつきながら何度も首を横に振った。でも、そんなことは関係ないというように、彼女が甘えたような声を出した。
「2080年に連れて行ってくれるのね」
それで我に返ったのか、ディスプレーの表示が変わった。
『2080年駅に出発』
同調するようにドア上ディスプレーの表示も変わった。
『2080年駅行き』
ロボコンはディスプレーの中で敬礼をして、連結ドアに向き直った。



