裁判が始まった。しかし、それは犯人を裁くというよりも、被害者を追い詰める行為のように思われた。遮蔽されて姿は周りから見えないようになっていたが、加害者と同じ空間にいるということだけで犯行時の恐怖が蘇ってきた。それに、声を聞かれてしまうことも問題だった。口にハンカチを当てて声色を変えて証言したが、それでも心配は増すばかりだった。
それだけではなかった。加害者に氏名と年齢を知られたことがわかったのだ。加害者に送達する起訴状にそれを記していることを知って、真っ青になった。それ以来、復讐という言葉が頭に住みつくようになった。刑を終えた加害者がいつ再び襲ってくるかもしれないのだ。世の多くの被害者が起訴を断念している現状がその恐怖を物語っていた。加害者だけでなく刑法からも酷い仕打ちを受けることになるのだ。
そんな恐怖に耐えながら続けた裁判だったが、ようやく結審を迎え、有罪判決と共に両名に対して懲役13年が言い渡された。求刑通りだった。複数の輪姦事件を重く見た裁判官が求刑通りの判決を下したのだ。
しかし、余りにも軽すぎると思った。犯人たちは13年後に刑務所を出てくるのだ。それもまだ30代の若さで出所してくるのだ。輪姦癖のある彼らが大人しくなる年齢ではないし、間違いなく精子製造能力は高いレベルを維持しているはずだ。だから、精子を副睾丸にいっぱい貯めて出てくるはずなのだ。
そんな彼らに自分の名前を知られている。それを手掛かりに探し出されるかもしれない。しつこく付け狙われてまた襲われるかもしれない。そう思うと、身の毛がよだった。
もし襲われたら、もう生きてはいけない。今でさえ死んだも同然なのに、これ以上の被害に耐えることは絶対にできない。判決を聞きながら声を殺して泣いた。
被害に遭って以来、特に裁判が始まってからは、一人の女性の人生を滅茶苦茶にする強姦という行為は殺人と変わらないという思いを強くした。だから強姦犯は死刑になるべきだと強く思った。人の命を奪うに等しい行為をした野獣に情状酌量はあり得ないと強く思った。税金を使って一生面倒を見る無期懲役も有りえないと強く思った。
しかし、その思いは無残にも打ち砕かれた。たったの13年で刑を終えて何食わぬ顔をして出てくるのだ。「単発の強姦事件だと刑期は4年から5年くらいだからかなり重い判決だ」と弁護士から聞かされても、嬉しいという感情は何も湧かなかった。被害者はカウントダウンに怯えることになるからだ。
あと10年で出てくる、
あと5年で出てくる、
あと1年で出てくる、
あと半年で出てくる、
あと1か月で出てくる、
あと1週間で出てくる、
あと1日で出てくる、
あと1時間で出てくる、
そんなことを考えたら気が狂わない方がおかしい。控訴をして厳罰を求めようと弁護士に掛け合ったが、控訴をしてもこれ以上の量刑を獲得することは難しいと言われ、諦めざるを得なかった。それでもやり場のない怒りが収まることはなかった。
「犯罪に対する日本の刑は軽すぎます! 被害者に冷たくて加害者に優しすぎます!」
しかし、弁護士はただ首を横に振るばかりで、それ以上の反応は何も示さなかった。とっさに舌を嚙み切ろうと歯を当てた。でも、できなかった。自分を傷つける行為は犯人を喜ばせるだけだからだ。絶望の中で生きていくしかないと諦めた。



