アパートの近くの電柱のところで止まった。彼女もすぐに追い付いてきたが、汗を浮かべている上に息が上がっているようだった。キュレーターとして静かな環境で仕事をしている彼女に運動の機会は少ないのかもしれない。
「様子を見ましょう」
電柱の陰に隠れて、あの老人の姿を探した。しかし、コンビニの方角から歩いてくる人の姿は見えなかった。買い物を終えて部屋に戻っているかもしれないと思ったが、用心のためにしばらくそこにとどまった。
どれくらい見ていただろうか、それはわからなかったが、どうも大丈夫そうなので、そろりそろりとアパートに近づいた。
郵便受けの前にも1階の戸口にも階段にも誰もいなかった。
彼女に向き直って、耳打ちをした。
自分がダイヤル錠を回すので見張っていて欲しいと。
彼女は不安そうな表情で頷いた。
ダイヤル錠のツマミに右手を伸ばした。指が少し震えていたので、音を立てないように鼻から大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせた。
ツマミを持った親指と人差し指に力を入れた。
右に回して4。
数字がきちっと印のところで止まっていることを確認した上で、左に回して6で止めた。
これも正確な位置で止まっていることを確認した。
あとは引っ張るだけだ。開くことを祈って引っ張るだけだ。
お願いします!
強い気持ちを込めてツマミを引っ張った。すると、ググっという感触が指に伝わった。
開きそうだ。
わたしは期待を込めて彼女を見た。彼女は信じられないというような目をしていた。更にツマミを引っ張ろうと思ったが、開けた瞬間に受け口のチラシが落ちて音がしたら怪しまれるので、彼女にチラシを押さえてもらうことにした。
彼女は大丈夫というふうに頷いた。表情が元に戻っていたので、少し安心した。
指先に力を入れて真っすぐに引くと、ギギッという擦れた音が辺りに響いた。実際には大した音ではなかったはずだが、心臓が止まるかと思うほど驚いた。なので、しばらくそのままじっとして辺りを見回した。
大丈夫そうだ、
誰かがドアから出てくる気配は感じられなかったので、もう一度強く弾いた。今度はしっかり開いた。
90度開いてから中を見ると、チラシなどで溢れていた。それをかき分けて鍵を探した。底、正面、左右、天井と手を這わせた。しかし、それらしきものはなかった。がっかりした。それでも、念のために探す役割を彼女と交代した。
彼女はチラシをすべて取り除いて探したが、やはり見つからなかった。郵便受けは開いたが、鍵は見つけられなかった。空っぽの郵便受けがわたしを嘲笑っていた。
「万事休す!」
思わず声が出てしまったわたしは首を横に振りながら扉を戻し、最後に一押しして閉めようとした。その時だった、「待って」という声がかかった。思わず指を離すと、彼女の指がツマミを持ち、ゆっくりと引き上げた。
最大限開くと、扉の裏側が見えた。すると、テープで貼り付けられた真鍮色の物体が現れた。鍵だった。



