車から降りて、辺りを見回した。アパートの周りに人影はなかった。郵便受けの前にも誰もいなかった。チャンスだと思ったが、あの老人がどこから現れるかわからない。用心の上にも用心を重ねなければならない。気を引き締めながら近づいた。
205号の郵便受けは更にチラシで溢れていた。留守にしているのが一発でわかって不用心だったが、今回はそれを取り除かずに、開錠だけに神経を集中することにした。
わたしは彼女に背を向けて見張り役として周囲に目を配った。しかし、なんの気配も感じられなかった。だいじょうぶ、と頷いて、彼女にシグナルを送った。
彼女はダイヤル錠のツマミを右手の親指と人差し指で摘まんだ。
わたしは辺りを一瞥してからダイヤル錠に視線を戻した。
4で止まっていた。
わたしはまた辺りを一瞥して視線を戻した。
6で止まっていた。
彼女は、〈うん〉というように頷いた。
自信ありげだった。
わたしが固唾を飲んで見守る中、彼女がツマミを引いた。
しかし、開かなかった。〈えっ!〉というように目を見開いた彼女の顔が青ざめた。信じられないというふうに力なく首を横に振ったが、それでもツマミから指は離していなかった。今のは何かの間違いなのだと思っているに違いなかった。
彼女は小さく頷いて、もう一度引いた。でも、開かなかった。何かの間違いではなかった。予測した数字は外れていたのだ。ツマミから指を離した彼女は視線をわたしに向けたが、その目には落胆の色が濃く宿っているように見えた。自信満々で臨んだだけにショックが大きかったのだろう。でも、わたしは諦めきれなかった。何かが引っかかって開きにくくなっている可能性だってあるのだ。それに、女の力でダメでも男の力ならなんとかなるかもしれない。彼女に代わってツマミを摘まんで強く引っ張った。
しかし、びくともしなかった。それでも諦めずにもう一度思い切り引っ張ったが、結果は同じだった。ダイヤル錠は頑固な拒否の姿勢を貫いていた。ガッカリしてツマミから手を離した時、2階から音がした。ドアが開く音だった。
ヤバイ。
あの老人に違いない。
わたしは彼女の腕を取って小走りに道路へ出て右折し、後ろを振り返らず足を速めた。
電柱を通り越してその陰に隠れて様子を窺うと、姿が見えた。やはりあの老人だった。でも、こちらに近づいてくることはなかった。先週見たのと同じエコバッグを右手で揺らしながら遠ざかっていった。多分あのコンビニに買い物に行くのだろう。
よかった……、
安堵の息が口から漏れた。それでも、わたしたちには頭を冷やすための時間が必要だった。しかし、周りには店らしきものは何も無かった。落ち着ける店を探して歩き始めた。



