彼女の乗るひかり511号は定刻通り13時27分に浜松駅に着いた。今回は先頭を切ってエスカレーターを降りてきた。化粧直しは新幹線の中で済ませてきたのだろう。わたしが右手を胸の前に上げて小さく手を振ると、満面の笑みが返ってきた。
改札を抜けた彼女の服装は前回とがらりと変わっていた。黒っぽいジーンズにくすんだようなライトグリーンの長袖を合わせていた。靴はペッタンコのローファーだった。女性の場合はパンプスというのだろうか? 前回のピンヒールとは様変わりだった。
「お待たせしました」
「お疲れさまでした」
改めて彼女のシャツとジーンズに目をやった。
「服がまったく違いますね」
ひょんな顔をしていたせいだろうか、彼女がくすっと笑った。
「荷物の片づけがあるかもしれないので、汚れてもいい服にしたんですよ」
「なるほど」
わたしを少し見上げる視線に頷きで返した。前回は目の高さがほぼ一緒だったが、今回はわたしの鼻の頭くらいになっていた。
「行きましょうか」
女性らしい服装を期待していたわたしは少しがっかりしたが、それでもおくびにも出さないように話題を変えて、彼女を促した。番号のことも敢えて訊かなかった。現場に着けばすべてわかるからだ。
*
南口のタクシー乗り場は先週同様あくびの連鎖が続いていた。コロナ不況で大変なのだろうなと思いながら中型タクシーに乗り込んだ。
走り出すと、彼女がスマホを出して、なにやら操作を始めた。指が止まると、画面をわたしの目の前に持ってきた。写真だった。でも、なんのことかわからなかった。首を傾げていると、「レディッチ」と彼女が言った。「アッ!」と大きな声がわたしの口から飛び出した。慌てて口に手をやりながら写真に焦点を合わせると、銅像が目に入った。ジョン・ボ―ナムの銅像だろうか、その足元には写真らしきものが置かれていた。彼女が指でスクロールして、次の画面を出した。足元の写真が拡大され、松山さんと彼女の顔がはっきりと見えた。口を手で押さえたまま視線を彼女に移すと、彼女は笑みを浮かべて小さく頷いた。
わたしが頼んだ翌日にバーミンガム美術館の知人にメールを送ったところ、二つ返事でOKしてくれたので、すぐに写真をラミネートして航空便で送り、受け取った知人は間髪容れず現地へ持って行ってくれたのだという。
「お二人になんとお礼を言ったらいいか……、本当にありがとうございます」
松山さんの喜ぶ顔が目に浮かんだわたしは胸がいっぱいになって、彼女に頭を下げた。
「良かったです、喜んでいただけて。あとでメールを転送しますね」
「ありがとうございます。大切に保存します」
知り合いのキュレーターさんにくれぐれも御礼を伝えて欲しいとお願いした時、タクシーが止まった。目的地に着いたのだ。喜びに浸っている場合ではない。わたしは頭を切り替えて、臨戦態勢に入った。



