店を出て南口のタクシー乗り場に向かうと、ずらりと並んだ客待ちのタクシーがあくびをしていた。どれも(あご)が外れそうなくらいの大きなあくびだった。ボディーに書かれた社名が〈暇〉という文字に変わって見えた。

 小型に乗るつもりだったが、行く先がそんなに遠いわけではないし、こんな素敵な女性に窮屈な思いをさせるわけにはいかないので、足元の広い中型にした。

 彼女を奥の席に通して自分はその横に座った。膝を揃えて座る彼女の足がドア側にすらりと伸びるのを見て、目を奪われた。それに、横から見る彼女の胸の膨らみがスリムな体に似合わない大きさに見えて、ハッと目を見開いてしまった。それでも、すぐに視線を前方に向けて運転手に住所を告げた。彼は「わかりました」と頷いて、ナビに住所を入力した。15分ほどで着くということだった。

 道中は無言だった。スタバでわたしが説明したことを頭の中で反芻しているのだろうか? 遠くを見つめるような目になっていた。

 対して、わたしの頭の中は不安が渦巻いていた。鍵がどこに隠してあるのかわからないからだ。ドラマなどでよく出てくるのは『郵便受けの中』『牛乳箱の中』『植木鉢の下』『玄関マットの下』『犬小屋の中』などだが、そんなところに置いていたら空き巣の餌食になるのは明白だ。高松さんがそんなことをするわけはない。

 ではどこだ? 
 エアコンの室外機の裏か? 
 それとも水道なんかのメーターボックスの中か? 

 いや、そこも空き巣が簡単に探し当てる。

 となると……、

 考えていたら目的地に到着した。慌てて料金を払おうとしたが、彼女に先を越されてしまった。自分が払うと言い張ったが、「スタバでご馳走になったのでタクシー代は払わせて下さい」と押し切られた。

        *

 古い二階建ての木造アパートだった。道路に面した北側に玄関があり、その前が駐車場になっていた。建屋の左側に〈く〉の字の形をした外階段があり、その脇に郵便受けが並んでいた。205号室が高松さんの部屋だった。

 階段を上がって高松さんの部屋の前に立つと、ホームセンターで売っているようなネームプレートがドアに貼り付けてあった。すぐに鍵を隠せそうなところを探したが、のっぺりとしたドアに隠す場所はなかったし、ドア前に植木鉢も牛乳箱もなかった。もしかしてドアが開く……訳はなかった。しっかり閉まっていた。窓も同じだった。わたしは思案に暮れた。

「何かヒントになるようなことを言っていませんでしたか?」

 責めないような口調で彼女が顔を覗き込んだが、力無く首を横に振るしかなかった。

「そうですか……」

 彼女も思案するような顔になったが、「多分違うとは思いますが、念のために下の郵便受けを見てみましょうか」と階段の方へ目を向けた。わたしもそれ以外考えつかなかったので、彼女の後ろから階段を下りた。

 郵便受けの前に立つと、受け口からチラシがはみ出していた。それを引っ張り出して中を覗くと、何かあるようだが、それが何かはわからなかった。万が一と思ってツマミを引っ張ったが、当然のように開かなかった。ツマミはダイヤル式になっていて、0~9までの数字が並んでいた。セットする目印の下には9が合わせられていた。
 開け方の予想は大体ついた。右へ1回転か2回転、そして左へ1回転。多分そういう開け方だろう。しかし、セットされた数字がわからない。それに、1回転か2回転かによっても違う。簡単ではないのだ。といって諦めるわけにはいかないので適当な数字で試そうかと思ったが、いい大人二人が郵便受けの前でガチャガチャやるわけにはいかない。安易な考えを振り捨てた。

 アパートの前の人通りは多くなかったが、それでも長居をしたら不審な目で見られるだろう。同じアパートの住人や近所の人の目もある。もし通報されて警察に事情徴収されたら、説明を信じてもらうのは難しい。夢という形の中で過去行きの電車に乗って中世のフィレンツェに行って、そこに友人がとどまっているなんて誰がまともに聞くだろうか。頭のおかしい人間と思われるのが関の山だ。そんなことになったら非常にヤバイ。だから、やるなら一発で決めなければならない。そのためには誰かが操作しているところを確認しなければならない。といっても、郵便受けの前に立って二人で観察するわけにもいかない。

 どうすべきか? 

 と考える間もなく閃いた。自分がどこかに隠れて観察する間、彼女に時間つぶしを兼ねてダイヤルの番号を予測してもらうのがいいのではないかと。
 それを伝えると、一も二もなく同意してくれた。近くでコンビニかカフェを探して、そこで待ってもらうことにした。